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ないとめあです。

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 「今の物価高や実質賃金の低迷は、長年のデフレから脱却するための一時的な移行期(過渡期)に過ぎない」――政府・日銀の説明はおおむねこの論理に立っています。しかし、この説明に対しては「実際には一部の輸出大企業と政府財政だけが構造的に得をし、大多数の内需事業者や将来のリタイア層にツケが回っているのではないか」という懸念が根強く存在します。

 円安の恩恵は本当に「一部」に偏っているのか?

 みずほリサーチ&テクノロジーズの試算によれば、円安は大企業の経常利益を1.9%押し上げる一方、中小企業の経常利益は1.3%押し下げる効果を持ち、対象27業種のうち23業種で中小企業の利益にマイナスに働いています。中小企業は原材料・エネルギーの輸入コスト増加を吸収しきれず、また海外進出企業のような対外直接投資の収益増加メリットも得にくいことが要因とされています。

出典:みずほリサーチ&テクノロジーズ「円安で広がる企業の規模間格差」
https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/2024/pdf/insight-jp240618.pdf

 帝国データバンクが実施した企業アンケートでは、円安によって「利益にマイナスの影響」を受けたと回答した企業が全体の63.9%にのぼり、うち3割超は売上高・利益ともに悪化したと回答しています。適正な為替水準として企業が挙げたのは「1ドル=110~120円台」が半数を占め、現実の為替水準とは大きく乖離しています

出典:帝国データバンク「円安に関する企業の影響アンケート」
https://www.tdb.co.jp/report/economic/hbceuk7wo/

一方で恩恵を受ける側を見ると、

 日本の対外直接投資残高は2012年頃の70兆円台から2024年末には351.8兆円へと4.5~5倍に拡大しており、円安はこの海外資産の円建て評価額や、海外子会社から親会社への配当金の円換算額を押し上げています。その結果、自動車や半導体製造装置、メモリー半導体といった業種の大手企業の業績が拡大基調にあると報じられています

出典:ダイヤモンド・オンライン「円安で『潤う大企業』『新NISAで儲かる人』と物価高で苦しむ中小企業や庶民の『格差拡大』」
https://diamond.jp/articles/-/397190?page=3

 これらを総合すると、円安のメリットは輸出比率が高く海外展開も進んだ一部の大企業に集中しやすく、内需依存度の高い中小企業や家計はコスト増という形でむしろデメリットを被りやすい構造になっていると考えられます。冒頭で述べた「構造的な偏り」という懸念は、少なくとも企業規模間の格差という点では、複数の公的統計・民間調査によって裏付けられているといえるでしょう

政府財政への「隠れた恩恵」――インフレ税という視点

 もう一つの論点は、政府財政への影響です。

 既発の国債は基本的に固定金利で発行されているため、インフレが進むとその実質的な負担(実質債務残高)は目減りします。この効果は経済学・財政学の文献では「インフレ税」と呼ばれ、日本銀行のワーキングペーパーでも、名目金利がインフレ率に見合って上昇しない限り、政府債務の実質的な負担軽減効果は大きいことが指摘されています

出典:日本銀行「『調整インフレ』による政府債務の負担軽減は可能か?」
https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/wps_2000/kwp00j07.htm

 東京財団の論考は、インフレが財政に与える影響を「家計に痛み、財政に益」という二面性として整理しています。物価上昇は所得税・法人税の名目ベースの税収を押し上げる(ブラケット・クリープ)と同時に、既発国債の実質的な負担を軽減するため、2~3%程度の緩やかなインフレであれば財政には明確なプラスに働く一方、家計部門では名目賃金の伸びが物価上昇に追いつかず、実質的な生活水準の低下につながりやすいと分析されています

出典:東京財団政策研究所「インフレ下の財政が直面する課題は何か」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4820

 第一生命経済研究所の分析でも、2023年度における政府債務残高対GDP比の低下幅のうち、9割以上がインフレ率要因によるものであり、財政収支そのものの改善(歳出削減や増税)による寄与は小さかったことが示されています

出典:第一生命経済研究所(永濱利廣氏)「基礎控除引上げの財源を考える」
https://www.dlri.co.jp/report/macro/387730.html

 政府が「デフレ脱却」を掲げながら金融緩和的な政策運営を粘り強く続けてきた背景には、財政再建そのものを歳出削減や増税という「痛みを伴う改革」ではなく、インフレという形で事実上進めることができるという構造的なインセンティブが働いていた可能性があります。これは陰謀論的な「意図」を主張するものではなく、あくまで制度的なインセンティブ構造の指摘です

しわ寄せは誰に向かうのか――高齢世帯・年金生活者への影響

 大和総研の分析によれば、インフレによる財政再建は資産構成の違いを通じて高齢者世帯に不利に働きます。政府は実物資産や株式など、インフレに連動しやすい資産を保有する一方、負債(国債)はインフレで実質的に目減りするため純債務が縮小します。これに対し家計部門、とりわけ現預金比率の高い高齢世帯では、資産価値がインフレによって実質的に目減りしやすい構造にあります

出典:大和総研(末吉孝行氏)「インフレによる財政再建は高齢者世帯にしわ寄せ」
https://www.dir.co.jp/report/column/20231206_012043.html

 第一生命経済研究所の熊野英生氏も、家計金融資産のうち1000兆円超が現預金であり、インフレ率5%であれば現預金の実質価値は約4.8%目減りすると試算しています。これは国の借金がインフレで目減りする分、国民の金融資産に事実上課税しているのと同じ効果であると指摘されています

出典:経済産業研究所(佐藤主光氏)「インフレで財政は健全化するのか」
https://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/sato-motohiro/31.html

 年金給付は物価スライドの仕組みを持つものの、マクロ経済スライドによる調整幅を考慮すると、実質的な購買力の目減りを完全には相殺できません。現役時代に築いた預貯金や固定額の年金収入に依存する割合が高いリタイア層・将来のリタイア予備軍ほど、インフレ税の負担を実質的に負いやすい構造にあると考えられます

高齢化ピークと内需消失リスク――「移行期」で片づけられない構造問題

 内閣府の推計では、65歳以上人口は令和25年(2043年)に約3,953万人でピークを迎え、その後は減少に転じるとされています。総人口が減少する中でも高齢化率自体は上昇を続け、令和19年(2037年)には33.3%に達し、国民の3人に1人が65歳以上になると見込まれています

出典:内閣府「令和6年版高齢社会白書」
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2024/html/zenbun/s1_1_1.html

 第一生命経済研究所の熊野英生氏は、世帯主60歳以上の割合が2024年の45.9%から2040年には51.7%まで上昇すると推計されていることを踏まえ、高齢世帯の増加が家計の所得形成能力を低下させ、マクロの消費市場の成長力を制約していく可能性を指摘しています

出典:第一生命経済研究所(熊野英生氏)「家計構造の変化:高齢化による消費減退圧力 ~もう1つの『2025年問題』~」
https://www.dlri.co.jp/report/macro/481200.html

 内閣府の「選択する未来」報告書では、少子高齢化の進行によって家計・企業の純貯蓄が減少する一方、財政赤字が十分に削減されなければ経常収支黒字が構造的に縮小し、国債の消化を海外投資家に依存せざるを得なくなる可能性が指摘されています。この場合、利払い費負担の増加や、財政健全化が進まなければ財政破たんリスクが急速に高まる可能性にも言及されています

出典:内閣府「選択する未来」(3)人口急減・超高齢化の問題点
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/sentaku/s2_3.html

 インフレによる財政改善が「税収の名目的な増加」と「債務の実質的な圧縮」という会計上のトリックに近い形で進む一方、その負担を実質的に負う現役世代・高齢世帯の消費余力が高齢化のピークとともに構造的に縮小していくとすれば、政府財政の見かけ上の改善と、実体経済(内需)の疲弊が同時進行するという矛盾したシナリオが現実化するリスクがあります。この場合、インフレによる財政改善は持続可能な解決ではなく、問題の先送りに過ぎない可能性があります

 NIRA総合研究開発機構の長期展望では、基礎的財政収支をゼロに近づけるシナリオにおいて、現役世代のみが負担を負う場合には2060年度時点で所得の6.1%相当の追加負担(社会保険料等の負担率が現在の20.3%から25.4%へ上昇)が必要になると試算されています。負担が現役世代に偏る設計が続けば、労働意欲や消費意欲のさらなる低下を通じて、内需の縮小と財政の悪化が相互に強め合う悪循環に陥るリスクも指摘できます

出典:NIRA総合研究開発機構「人口減少下の日本経済と財政の長期展望」
https://www.nira.or.jp/paper/opinion-paper/2024/76.html

「移行期」論はたんなる言い訳にすぎない

 「デフレ脱却の過渡期」という説明そのものは、名目成長率の押し上げや税収増による財政改善効果という点では事実の一部を捉えています。しかし、この説明が暗黙のうちに前提としている「痛みは一時的で、いずれ全体に恩恵が及ぶ」というシナリオが成立するためには、(1)賃上げが継続的に物価上昇を上回り家計の実質購買力が回復すること、(2)中小企業・内需企業への価格転嫁環境が整うこと、(3)高齢化ピークまでに社会保障制度の負担構造が世代間でバランスよく再設計されること、という複数の条件が満たされる必要があります。現時点でこれらの条件が十分に整っているとは言い難く、「過渡期」という説明だけでは、構造的な分配の偏りという論点への十分な反論にはなっていないと考えられます

まとめ

  • 円安メリットは輸出比率・海外展開の進んだ大企業に集中しやすく、内需依存度の高い中小企業・家計にはコスト増としてのしかかりやすい(複数の公的統計・調査で確認)
  • インフレは既発国債の実質負担を軽減し、名目税収を押し上げるため、政府財政には構造的な追い風となる(日銀・東京財団・第一生命経済研究所等が指摘)
  • その負担は現預金比率の高い高齢世帯・年金生活者に「インフレ税」として実質的に転嫁されやすい(大和総研・RIETI等が指摘)
  • 高齢化のピーク(2043年頃)に向けて内需の担い手そのものが縮小していく見込みであり、財政の見かけ上の改善と実体経済の疲弊が同時進行するリスクがある
  • これらを踏まえると、「単なる過渡期」という説明だけで済ませるのではなく、分配構造そのものの見直しが政策論議の中心に据えられるべきだと考えられます

主な参考文献・データ出典

  • みずほリサーチ&テクノロジーズ「円安で広がる企業の規模間格差」リンク
  • 帝国データバンク「円安に関する企業の影響アンケート」リンク
  • ダイヤモンド・オンライン「円安で『潤う大企業』…格差拡大」リンク
  • 日本銀行「『調整インフレ』による政府債務の負担軽減は可能か?」リンク
  • 東京財団政策研究所「インフレ下の財政が直面する課題は何か」リンク
  • 第一生命経済研究所(永濱利廣氏)「基礎控除引上げの財源を考える」リンク
  • 大和総研(末吉孝行氏)「インフレによる財政再建は高齢者世帯にしわ寄せ」リンク
  • 経済産業研究所(佐藤主光氏)「インフレで財政は健全化するのか」リンク
  • 内閣府「令和6年版高齢社会白書」リンク
  • 第一生命経済研究所(熊野英生氏)「家計構造の変化:高齢化による消費減退圧力」リンク
  • 内閣府「選択する未来」リンク
  • NIRA総合研究開発機構「人口減少下の日本経済と財政の長期展望」リンク

 

では、また!