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高市首相は2026年1月6日の新年互礼会で「日本にはキラキラ光るような技術が眠っている。成長のスイッチを押しまくりたい」と述べ[1]、同年2月20日の施政方針演説では「とにかく成長のスイッチを押して、押して、押して、押して、押しまくってまいります」と繰り返した[2]。
AI、半導体、造船といった分野への「危機管理投資」「成長投資」を掲げ、「責任ある積極財政」を政権の本丸に据える発言だ。
一見すると、停滞する日本経済を力強く牽引してくれるかのような頼もしさを感じさせる。しかし、私たちは一度冷静に立ち止まって考える必要がある。そもそも、国(政治家や官僚)に「成長のスイッチ」の場所などわかるのだろうか。これまで何度も同じような試みをしては税金を溶かしてきた歴史を、彼らは忘れてしまったのだろうか。今回は、政府主導の「積極財政・産業支援」に潜む決定的な欺瞞について、3つの視点から切り込む。
1. 最大の欺瞞:「どれがスイッチか」は誰にも分からない
「この産業を支援すれば、将来の日本を支える大樹に育つはずだ」――政府がそうやって特定の技術や企業にお墨付きを与え、巨額の補助金を投じることを、経済学では「勝ち馬選び(Picking the Winners)」と呼ぶ。
しかし、歴史が示しているのは「お上の選んだ勝ち馬は、しばしば惨敗する」という冷酷な事実だ。
平成以降の「失われた30年」を振り返ればわかる。国が主導した「日の丸半導体」再建プロジェクトの代表格が、1999年にNECと日立製作所のDRAM事業を統合して発足したエルピーダメモリだ。
同社は2009年、経済産業省の認定を受けて日本政策投資銀行から公的資金約300億円の出資を受けたが、2012年に経営破綻し、最終的に約230億円が国民負担となった[3][4]。
液晶パネルでも同じ構図が繰り返された。
ソニー・東芝・日立の液晶事業を統合して2012年に発足した「日の丸液晶」ジャパンディスプレイ(JDI)には産業革新機構が2000億円を出資したが経営不振が続き、有機ELパネルのJOLEDには約1390億円が投融資されたのち2023年に経営破綻した[5]。
これらの失敗に共通するのは、単なる資金不足ではない。複数企業の寄り合い所帯ゆえの意思決定の遅さ、政府が関与することで生じる経営責任の希薄化(モラルハザード)、そして「何が市場に求められているか」という情報を政府が事前に把握できないという構造的限界である。
「何がヒットするか」「何が人々に求められているか」という情報は、現場の起業家、エンジニア、そして消費者が織りなす市場のダイナミズムの中でしか見つからない。霞が関の机の上で、あるいは政治家のスピーチの中で、その「スイッチ」が見つかるとは考えにくい。
2. アメリカの「成功例」に隠された、不都合な真実
積極財政や国策による技術開発を擁護する論者は、しばしば「iPhoneの基盤技術」を例に挙げる。経済学者マリアナ・マッツカートが著書『企業家としての国家』で示した主張が典型である。
iPhoneを構成するインターネット(ARPANET)、GPS、タッチスクリーン、音声アシスタントSiriはいずれも米国防総省やDARPA、国立科学財団などの公的資金によって開発された技術に由来する[6]。「だから国によるイノベーション投資は必要なのだ」という論法である。
しかし、これは決定的な論理のすり替えだと言わざるを得ない。米国政府は、数十年後に民間企業が画期的なスマートフォンを作って経済成長するようにと願って投資したわけではない。GPSもARPANETも、冷戦期における「軍事・安全保障上の死活的な必要性」から生まれたものであり、iPhoneへの転用はあくまで副産物(スピンオフ)にすぎない。
死に物狂いの軍事開発の結果として偶発的に生まれた果実を、あたかも「政府が計画的にコントロールできる経済政策の成果」であるかのように語るのは、いささか不誠実である。日本が同じ再現を狙うなら、米国並みの天文学的な防衛予算と軍産複合体のエコシステムという前提が必要になる。その前提を無視し、単なる「産業支援の補助金」として模倣したところで、予算を食いつぶすだけのプロジェクトが量産されるリスクは小さくない。
3. 「積極財政」の裏で蠢く、政商と利権の影
では、なぜ政治家たちは「成長のスイッチを押す」という大義名分を掲げて補助金を配りたがるのか。ここに、「政商との癒着」という構造的な問題が浮かび上がる。
政府が巨額の予算や補助金を配る権限を持てば持つほど、企業側は「製品の質を上げる努力」よりも「政治家や官僚にロビー活動をして、自社に有利な補助金やルールを作ってもらう努力」を優先するようになる(経済学でいう「レントシーキング」)。
- 「成長産業」という美名のもとに作られる、複雑な出資構造を持つ外郭団体や官民ファンド
- そこへ天下る官僚たち
- 補助金の恩恵を受け、政治家へ資金や選挙支援を還流させる関係者たち
財源のあてもないのに「あれもこれも国が支援する」と袖を振る姿勢は、こうした利権構造を維持・拡大するための口実になりかねない、という疑念は拭い去れない。
私たちが本当に求めるべき政策とは
政府がすべきことは、「どれがスイッチか分からない暗闇の中で、他人の金(税金)を使って手当たり次第にスイッチを押し回ること」ではない。国民や企業が本当に求めているのは、もっとシンプルだ。
- 余計な税金(所得税、消費税、社会保険料など)を取るのをやめること
- 既得権益を保護するだけの、不透明な補助金を原則として削減すること
国が「取って配る」のをやめ、国民や企業の手元にきちんとお金を残す。これこそが、市場に活力を取り戻し、民間が自らの意思で「本物の成長のスイッチ」を探し当てるための、最も健全で確実な方法ではないだろうか。
円安と物価高がこれ以上加速する前に、私たちは政府の「押して押しまくる」手の動きを、厳しく監視していかなければならない。
- 日本経済新聞「高市首相『成長のスイッチ押しまくりたい』 危機管理投資を強調」2026年1月6日 nikkei.com
- 東京新聞「〈全文〉高市早苗首相の施政方針演説」2026年2月20日 tokyo-np.co.jp
- nippon.com「エルピーダ破綻に見る産業政策の『不在』」 nippon.com
- 日本総研(木内登英)「ラピダス支援を念頭に政府は10兆円の半導体・AI支援を決定」2024年11月12日 nri.com
- ZAITEN「経産省の懲りない『日の丸エレクトロニクス』」 zaiten.co.jp
- WIRED.jp「経済学者マリアナ・マッツカートがイノヴェイションの神話を打ち破る」 wired.jp


