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ホルムズ海峡はまた封鎖された。革命防衛隊は「追って通知するまで」と宣言し、米中央軍は同じ日にイランへの攻撃再開を発表した。2月28日の「エピック・フューリー作戦」以来、これで数えるのも面倒なほどのエスカレーション・サイクルである。
それでも聞くべき問いは「戦争がいつ終わるか」ではない。「なぜ株価はこれに反応しなくなったのか」である。
株価はむしろ「戦争再開」の翌日に反発している
7月8日、地政学リスクの再燃を受けてS&P500と米国債は下落、原油は上昇した。トランプ大統領は「(停戦は)もう終わったと思っている」と述べ、追加攻撃の可能性を示唆した。S&P500構成銘柄では約400銘柄が下落したが、トランプ氏が「戦争は再開しない」との見方も同時に示したことで下げ幅は縮小した。
その翌々日、7月9日のS&P500は前日比+0.81%高の7,543.64ポイントで取引を終えた。理由は「米国によるイランへの攻撃が終了し、中東情勢を巡る過度な警戒が和らいだ」こと。原油先物の下落でインフレ懸念が後退し、米国債利回りも低下。半導体株・金融株中心に資金が幅広く流入した。
これは初めてのパターンではない。2月28日の対イラン攻撃開始直後、S&P500は寄り付き直後に一時▲1.19%まで下落したが、エネルギー株・防衛株(ボーイング、ロッキード・マーチン等)への「有事の買い」が入り、結局その日は前週末比+0.04%とわずかにプラスで終えている。
市場は「イラン疲れ」を起こしている
大和アセットマネジメントの分析は重要な視点を提供している。第二次大戦後、湾岸地域周辺の動乱をきっかけにS&P500が長期間(100営業日規模で)低迷したのは、第四次中東戦争・イラン革命・湾岸戦争(イラクのクウェート侵攻)の3例のみ。共通するのは、いずれも「石油供給への実害」が現実に生じたケースだったという点である。
2月末以降、市場は既に4回前後の「攻撃→海峡封鎖→株安→有事の買いで反発」というサイクルを経験している。1回目は本物の恐怖だったが、2回目以降は「学習効果」が働き、株式市場参加者は「実際の供給途絶に至らない限り、株価への実害は一時的」というパターン認識を強めている可能性が高い。これはLeonさんの「戦争では株価は下がらない」という直感の、市場マイクロストラクチャー的な裏付けと言える。
では何が本当に株価を動かしているのか──FRBの政策パス
7月3日発表の6月米雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月比5.7万人増と市場予想(11万人)を大幅に下回った。この結果を受け、週内の株価指数先物は上昇した。理由は「FRBが近い将来に利上げを行う必要性への懸念が和らいだ」ため。
これは単純な「弱い経済指標→株安」ではない。むしろ逆で、6月FOMC(6/16-17)ではウォーシュ新議長のもとで政策金利見通し(ドットチャート)の中央値が年内追加利上げを示唆する方向に上方修正されており、市場はインフレ再燃・利上げを警戒していた。そこに雇用の弱さが確認されたことで、利上げ観測が後退し、株価には追い風となった。
2026年前半の株式市場を動かしている本当の変数は「戦争のニュースフロー」ではなく「原油高がインフレを再燃させ、FRBの利下げ(あるいは追加利上げ)パスをどちらに振らせるか」という、間接的だが強力な経路である。ホルムズ海峡の緊迫化は、直接的な地政学リスクとしてではなく、原油価格を通じたインフレ経路としてのみ、株価にとって意味を持つ。つまり「戦争が悪化した」こと自体はもはやニュースではなく、「戦争悪化→原油高→インフレ再燃→FRBが利下げできない(or 利上げを迫られる)」という連鎖が成立するかどうかだけが問われている。
「株価が下がるのはいいニュースが出てFRBの利下げが意識された時」という命題は、正確には次のように分解できる。①経済指標が「強すぎる」(=雇用や賃金が底堅い)と、FRBの利下げ観測が後退し、金利上昇を通じて株価の重しとなる。②逆に経済指標が「弱すぎる」場合、短期的には利下げ・利上げ観測後退への安心感で株価は上昇するが、それが行き過ぎると「景気後退シグナル」として捉えられ、企業収益懸念から株価が下落に転じるリスクがある(2026年7月時点ではまだこの反転は明確に観測されていない)。いずれのケースでも、トリガーは「戦争のニュース」ではなく「マクロ指標とFRBの反応関数」である。
4. リスク:このパターンが崩れる条件
大和アセットマネジメントが指摘する通り、過去にS&P500が長期低迷した3例はいずれも「石油供給への実害」を伴っていた。今回、革命防衛隊が機雷を海峡に敷設した場合、掃海には相当の時間を要するとされており、単なる「警告射撃・拿捕」の段階を超えて物理的な航行不能状態が長期化すれば、これまでの「有事の買いで吸収」パターンは通用しなくなる可能性がある。
原油高が長期化・高止まりした場合、インフレ経由でFRBが利下げに動けない、あるいは利上げを迫られる「同時进行型の悪材料」(原油高+金融引き締め+成長鈍化)が生じるリスクがある。これはスタグフレーション的な組み合わせであり、「有事の買い」で吸収できる性質の下落ではない。
労働市場の弱さが「利上げ観測後退=株高材料」として消化される局面は、労働市場の悪化が一定の閾値を超えると「景気後退シグナル」として逆に株安材料に反転する可能性がある。第一生命経済研究所の分析では、7月雇用統計の下方修正を受けて9月利下げ確率が80%まで上昇したとされ、労働市場の減速がどこまで進むかが今後の焦点となる。
まとめ
事実:ホルムズ海峡の封鎖・戦争再開のニュース単体では、S&P500は数日内に反発するパターンを2月末以降繰り返している。長期的な株安につながった過去の中東動乱は、いずれも実際の石油供給途絶を伴っていた。
推論:市場はイラン情勢に対して「学習効果」による耐性を獲得しており、株価を実際に動かしているのは戦争そのものではなく、それが生む原油高→インフレ→FRBの政策パスという間接経路である。
リスク:この耐性は「実害のない緊張」を前提にしている。機雷敷設などによる物理的・長期的な供給途絶、あるいはインフレと成長鈍化が同時に進むスタグフレーション的展開になれば、これまでの楽観パターンは崩れる。


