ステーブルコイン、ジーニアス法、そして米国債の未来

 米国で成立した「ジーニアス法」は、ステーブルコインを規制下に置くことで、米ドルの地位を強化し、米国債市場に新たな需要をもたらします。この変革の全貌を、分かりやすく解説します。

全体像の把握

 このブログ記事の中心的なテーマは、ステーブルコインの成長が、ジーニアス法という規制を通じて、いかにして米国債の安定的な需要源へと繋がるか、という点にあります。このメカニズムは、デジタル時代における米国の金融戦略の新たな柱となる可能性を秘めています。

 

関係性の流れ:

 

 ステーブルコイン市場の成長 → ジーニアス法による準備金義務 → 米国債への安定的需要

 

主要な数値:

  • ステーブルコイン市場規模: 2500億ドル超

  • Tether社の米国債保有額: 1210億ドル(世界7番目の規模に相当)

  • ジーニアス法 賛成票 (上院): 68-30(超党派の支持で可決)

ステーブルコインとは?

 価格の安定を目指す暗号資産です。その価値を安定させる仕組み(メカニズム)によって、いくつかの種類に分類されます。

法定通貨担保型

 米ドルや国債などの法定通貨や低リスク資産を1:1の比率で裏付けとして保有し、価格を安定させます。

  • 代表例: USDC, USDT

  • 特徴: 比較的安定性が高く、透明性が重要視される。

  • 主なリスク: 発行者の信用リスク、準備資産の管理状況や透明性の欠如。

暗号資産担保型

 ビットコインやイーサリアムなど、他の暗号資産を担保にして価格を安定させます。価格変動リスクに備え、発行額以上の担保(過剰担保)を必要とします。

  • 代表例: DAI

  • 特徴: 非中央集権的な性質を保ちやすい。

  • 主なリスク: 担保資産の価格暴落リスク、システムの複雑さ。

アルゴリズム型

 裏付け資産を持たず、アルゴリズムによって供給量を自動調整し、価格を1ドルに維持しようと試みます。

  • 代表例: TerraUSD (UST) - 崩壊事例

  • 特徴: 理論上は資本効率が高いが、非常に高いリスクを伴う。

  • 主なリスク: 設計の欠陥によるアルゴリズム破綻リスク、市場の信頼喪失。

コモディティ担保型

 金(ゴールド)や原油などの現物資産(コモディティ)を裏付けとして価格を安定させます。

  • 代表例: PAXG (金)

  • 特徴: デジタル形式で現物資産への投資を可能にする。

  • 主なリスク: 現物資産の保管・監査コスト、市場価格の変動。

「ジーニアス法」の核心

 米国初の包括的なステーブルコイン規制法です。消費者保護と金融安定を目的とし、発行者に厳格なルールを課します。

1対1 準備金要件

 発行された全てのステーブルコインは、米ドルや短期米国債など、高品質で流動性の高い資産によって少なくとも100%裏付けられなければなりません。準備資産の再利用(リハイポシケーション)は原則禁止です。

厳格な発行者要件

 発行者は、銀行規制当局(OCCなど)または州規制当局からライセンスを取得した「許可された決済ステーブルコイン発行者(PPSI)」でなければなりません。これにより、信頼性の低い事業者の参入を防ぎます。

開示義務と監査

 発行者は、準備資産の構成を毎月ウェブサイトで公開し、公認会計事務所による監査を受ける必要があります。これにより、透明性を確保し、市場の信頼を高めます。

消費者保護

 発行者が破産した場合、ステーブルコイン保有者は準備資産に対して優先的な請求権を持ちます。また、保有者への利息支払いは禁止され、決済手段としての位置づけが明確化されます。

「証券」からの除外

 許可されたステーブルコインは「証券」や「コモディティ」の定義から除外されます。これにより、SECではなく銀行規制当局の管轄となり、法的な不確実性が解消されます。

不正利用防止 (AML/CFT)

 発行者は、マネーロンダリング対策(AML)やテロ資金供与対策(CFT)など、銀行秘密法(BSA)の義務を負い、金融システムの健全性を維持する責任があります。

米国債の需要の延命

 ジーニアス法は、債務上限を直接引き上げる法律ではありません。しかし、準備資産として短期米国債の保有を義務付けることで、市場に「持続的な需要」を創出し、間接的に米国債市場を支えます。これは、市場の流動性を高め、政府の資金調達を安定させる「延命」効果とも言えるでしょう。

 

スコット・ベッセント財務長官の発言:

 

 "ステーブルコインは、ドルの国際準備通貨としての地位を強化し...ステーブルコインの裏付けとなる米国債の需要を急増させる。"

 

Tether社の米国債保有額の驚くべき規模:

 

 ステーブルコイン発行最大手であるTether社(USDT)は、その準備資産として大量の米国債を保有しています。2024年時点のTether社の米国債保有額は約1210億ドルに達し、これはドイツ(約980億ドル)、カナダ(約700億ドル)、オーストラリア(約550億ドル)といった主要国の保有額をも上回る規模です。このデータは、ステーブルコインがすでに米国債市場において無視できない存在となっていることを明確に示しています。ジーニアス法により、この傾向はさらに加速する可能性があります。

イノベーションとリスク

 ジーニアス法は市場の健全な発展を促す一方、新たなリスクも浮き彫りにします。イノベーションの可能性と、金融システムが直面する課題を天秤にかける必要があります。

機会とイノベーション

  • 伝統的金融機関(銀行、フィンテック)の市場参入促進

  • より速く、安価な決済オプションとしての普及拡大

  • 金融包摂の推進(特に途上国での送金コスト削減)

  • 規制の明確化による市場全体の信頼性向上

リスクと課題

  • デジタル取り付け騒ぎのリスク(銀行システムの脆弱化)

  • マネーロンダリングや不正利用への対策強化の必要性

  • 預金保険がなく、消費者保護が不十分との懸念

  • 大手発行者への市場集中によるシステミックリスク

まとめ

 

 ジーニアス法は、ステーブルコインの規制を通じて、米ドルの国際的な地位を強化し、米国債市場に新たな安定的な需要をもたらす画期的な法律です。これにより、デジタル金融の未来が大きく変わる可能性がありますが、同時に新たな課題にも目を向ける必要があります。