1クール
で、終了するアニメ作品が、
最近は、非常に多い気がする。
30(分)×12(話)=360もとい、
実質20(分)×12(話)=240分で、
作品の放送が一旦、終了する。
放送中、1話1話をおいかけると、
当然ながら、来週はどうなるんだとか、
あるいは、原作が手元にあるならば、
確認してみたり、あるいは、
原作が手元になかったら、
買いにはしったり、
など、いろいろと、ファンは
気忙しいが、終わってみれば、
がっかりしたかどうかは別として、
なんだか、小さな、ときには、大きな
穴のようなものが心に
浮かんでしまうという症状が出る。
それでも、そんな症状が
わかっているのに、
視てしまうのは、
きっとヒマだから、という理由以外の、
なにかがあるのだろうと、
感じる今日このごろである。
さて、本題の「1クール」という単位に
話を戻すとする。
今までのデータをみる限り、
1クールという長さは、一回で、
ある完結した物語の、
すべてのストーリーを
記述、表現しきるには、
間違いなく、短い
と感じるケースが多い。
これには、ADV系ゲームが
原作の場合は間違いなく、
多くの分岐ストーリーを、
ごちゃまぜにしたい欲求に、
原作や製作側がかられ、
結果、あれもこれも、と
組みこむうちに足らなくなるケースが、
割りとあるからではないか、と感じる。
しかし、である。
それ以上に、
原作の評判はよかったのに、
原作があるアニメ作品が原作ファンに
受け入れられることが、
あまり多くはなさそうと感じる原因には、
実際に、「短い」だとか、
「原作の理解不足」だとか、という
要素以上に、「1クール」の放送を
みることでは、そもそも、
原作ファンの欲求がみたされる
「時間」として短すぎるのではないか、と
いう考察はありうる。
たとえば、の話である。
原作小説の第一巻を、第一巻が出て
まもない時から、次は、まだか、
次は、まだか、というストレスに
常に悩まされ続ける長いスパンの中で、
原作に対する解釈・理解(妄想ともいえる?)
もとい読み手独自のイメージが膨らむ。
その後、アニメ化がされて、
その理解と食い違うと、不満が
通常は生まれてくる。
原作がある作品を、アニメ化する際、
アニメ制作側が、気にするべき、
もとい汲み取ろうと意識を
働かせるべき視点は、
おそらくは、原作の古くからのファン、
それも忠実に原作のイメージを
正確に理解しようと努め、
作者の考え(立場)を知ろうと
常日頃から、想像力を働かせている、
ファンの視点ではなかろうか。
その意味で、原作者の意向そのものを
忠実に反映しようとすればするほど、
前述の、原作のコアなファンの
意識からかけはなれていくことなり、
結果として、原作ファンの視点は
捨て去られ、原作者とアニメ製作側の
世界観だけが記述されてしまって、
不満が残るのではないだろうか。
という考察の一方で、
実際に、不満の原因には、
別のものがある、という考えがある。
一巻ごとに数か月以上のスパンの
原作待ちという長い放置プレイを
味わう原作ファンにとって、
わずか2~3週間で、原作の一巻の話が
終わり、さらに、
どんどん話が進んでしまう、というのは、
Mな原作ファンにとっては、
「放置(プレイ)時間」が短すぎることで
欲求が満たされず不満がたまる。
Mでないファンにとっても、
きっと、どこかで違和感を感じる気もする。
これこそが、先述の
『1クール」の放送を
みることでは、そもそも、
原作ファンの欲求がみたされる
「時間」として短すぎるのではないか、と
いう考察』の主旨のひとつである。
つまり、1話1話の間が1週間しか、
あいていないことに、不満を抱いている、と、
かくいう考察なのである。
さて、この手の話は、キリもないので、
不満の原因の話は、ここらで、わきにおく。
最近は、第1期1クールで一旦、区切り
また第2期以降を1クールで放送する
作品が出現している。
これは、ひょっとすると制作側が、
第一期のDVDの売れ行きなどで、
原作のコアなファンがどれだけ
支持しているか、を調査しているのでは?
と、疑われるフシがある。
なぜ、かく疑うかといえば、
原作ファンにとって、原作に忠実、
それもファンからみた点での「忠実」さが、
アニメに反映されると、アニメ作品は、
別の作品ではなく、原作と「接続」された
初めて『コレクションアイテム』となる。
こうして、「狩りの獲物(ターゲット)」として
認識されると、DVDが売れる、という
仮説が容易に成立するからである。
さらに、1クールの作品であれば、
2クール作品と比べて、
不測の事態が生じることも、
作業期間の長い2クール作品と比べれば、
途中の原画くずれ、などが少ない
と考えることも可能である。
その意味で、1クール作品は、
作画レベルのクオリティでも
ファンにとって、貢献していると
考えることも不可能ではなかろう。
(続く)