
『亦一本木ヲ襲ニ、敵丸腰間ヲ貫キ、遂ニ戦死シタモフ。土方氏、常ニ下万民ヲ憐ミ、軍二出ルニ先立テ進シ故ニ、士卒共ニ勇奮フテ進ム。故ニ敗ヲトル事ナシ。(立川主税戦争日記)』
昨日、6月20日は土方歳三の命日だとされています。
『吾れこの柵に在りて、退く者は斬らん』
そう言って強く仲間を鼓舞した歳三でしたが、ついに函館の地にて戦場の露と消えたのでした。
土方歳三の菩提寺、高幡不動尊は紫陽花の名所でもあり、七夕の日まであじさいまつりが開催されています。歳三と紫陽花といえば、司馬遼太郎氏の『燃えよ 剣』、歳三が恋した未亡人、雪とのエピソードを思い起こす方も少なくないでしょう。
「紫陽花は、狭い庭に似逢いますな」
皮肉ではない。
「そうでしょうか」
お雪は、糸を噛んだ。
「わたくしは、江戸定府の御徒士の家にうまれておなじ家格の家に嫁いだものですから、庭といえばこういう狭い市中の庭しか存じませぬ。実家にも、嫁家にも、紫陽花は植わっていました」
「ああ、そういえば、お雪さんは紫陽花ばかりを描いているようだ」
「飽きもせずに」
お雪は、肩で笑ったが、声をたてないから背をむけている歳三にはわからない。
「御亭主も紫陽花がお好きでしたか」
歳三には、淡い嫉妬がある。
皮肉ではない。
「そうでしょうか」
お雪は、糸を噛んだ。
「わたくしは、江戸定府の御徒士の家にうまれておなじ家格の家に嫁いだものですから、庭といえばこういう狭い市中の庭しか存じませぬ。実家にも、嫁家にも、紫陽花は植わっていました」
「ああ、そういえば、お雪さんは紫陽花ばかりを描いているようだ」
「飽きもせずに」
お雪は、肩で笑ったが、声をたてないから背をむけている歳三にはわからない。
「御亭主も紫陽花がお好きでしたか」
歳三には、淡い嫉妬がある。
「どこかに言伝はありませんか。お雪さんのためなら、飛脚の役はつとめます」
「たたみいわし」
と不意にいって、お雪は赤くなった。
白魚の干物で、京にはないたべものである。
「たたみいわし?」
歳三は声を出して笑った。お雪らしい。お雪のうまれた下級武士の家の、台所、茶の間のにおいまで、暮らしの温かみをもって匂ってくるようであった。
「お雪さんは、あんなものがすきですか」
「だいすき」
「たたみいわし」
と不意にいって、お雪は赤くなった。
白魚の干物で、京にはないたべものである。
「たたみいわし?」
歳三は声を出して笑った。お雪らしい。お雪のうまれた下級武士の家の、台所、茶の間のにおいまで、暮らしの温かみをもって匂ってくるようであった。
「お雪さんは、あんなものがすきですか」
「だいすき」
この「だいすき」には…どんな意味があったのか…この歳になって、わかったこともあるような気がするのです。
引用文献:『燃えよ 剣』 新潮文庫 司馬遼太郎
『土方歳三日記 下』 ちくま学術文庫 菊地明 編著