ドクターChoの診察室 【オムニバスSF短編小説】 -9ページ目

ドクターChoの診察室 【オムニバスSF短編小説】

ドクターChoの診察室。それは誰にも言えない悩みを持つ「患者」が最後にたどり着く場所。そこで明らかになる事実は、誰の心の中にも、ほんの少し潜んでいるかもしれない真実・・・。シニカルでブラックでユーモア溢れて、ホロリ。貴方もどうぞ、診察室へお入り下さい。

こんにちは。ドクターChoです。

夏の暑さもいよいよ本番ですが、

賢明な読者の皆さんは如何お過ごしですか?

夏バテで体力がダウンしてくると、

同時にメランコリックになる人も増えたりするのでしょう。

つい先日も、こんな女性患者が訪ねて来ました。



「失礼します。」


物腰の柔らかい、上品で知的な雰囲気のする女性が入ってきました。


「どうぞおかけ下さい。」


「はい、失礼します。」


改めて彼女を見ると、清楚な中にも


意志の強さと頭の良さを感じさせる落ち着きがありました。


「どうかされたんですか?」

「・・・噂に聞いて来たのですが、ドクターChoの専門は何なんですか?」

「・・・何なんでしょうね(苦笑)私にもよく分らないんですよ・・・」

「・・・よく分らないって・・・ドクターとして、それって変ですよね。」

「・・・た、確かに・・・」



彼女はしばらく黙って何かを考えている様子でした。


「ドクターCho!
専門は何でもいいのかもしれませんね・・・

私自身が何の専門医に診て貰うのがいいのか分らないので・・・」

「余り深く考えないで下さい。
気軽に、もし気が向けば少しづつ話を始めてくれればいいですよ(笑)」

「は、はい・・・でも、いくら考えても自分でも分らないのです・・・」

「・・・何が分らないのですか?ご自身の事ですか?」



それから、また暫く沈黙が続きました。

聞こえるのは時々診察室で流している「4PAX」という


既に解散しているバンドのCD音だけでした。


「・・・わ、私・・・最近ある人に言われたのですが・・・」

「何て言われたのですか?
あっ、気にしないで下さいね。無理に言う必要はありませんよ。
別のお話をしてもいいんですよ。」

「・・・あ・・・あ・・・粗息女と呼ばれたのです・・・」

「粗息女?
あ・ら・い・き・お・ん・な ですか?」

「はい・・・」

「誰が、そんな変な事言ったのですか?」


「・・・言わなくてはいけませんか?」

「いえいえ、とんでもない。
言いたくないのなら全然言う必要はないですよ」

「はい・・・」

「で、どんな状況でそんな事を言われたのですか?」

「・・・仕事で重要なプレゼンミーティングがあり・・・
プレゼンミーティングって、分りますか?」

「ええ、分りますよ(笑)」

「よかった・・・そのプレゼンミーティングは

私にとって初体験になる大きな、私の仕事のレベルを試される、

私の力を証明する大事な場でした・・・」

「なるほど・・・それで、どうかしましたか?」

「・・・いよいよ私の企画をプレゼンする時がきました・・・」

「・・・落ち着いて話して下さいね。」

「はい・・・企画の主旨を説明し始めました。
出席しているエライさんや皆の視線が私に向いていました・・・
わ、私、凄く緊張してしまい、喉がカラカラになって、

上手く声が出なくなってしまいました・・・でも、何とか声を出そうとしました・・・
そこからよく覚えていないのです・・・」

「プレゼンは上手くいったのですか?」

「・・・分らないのです・・・ただ・・・」

「何か?」


「自分なりに必死で説明が終わったと思った瞬間・・・

ふと我に返った様な感覚になりました。
ただ、会議テーブルの上を見ると、

企画資料の紙が乱雑に散らばった様になっていました・・・」

「最初は散らばっていなかったんですよね・・・?」

「はい・・・
そしてある人が私を指しながら、粗息女!と叫んだのです・・・」

「・・・・・・・う~っむ・・・一体何があったのでしょうね・・・」

私は暫く考えてから、机の引き出しを開け、薬の紙包みを取り出しました。

「○○さん、これはあくまで私の仮説ですが、

プレゼンの時、○○さんは極度の緊張状態にあったと思うのです。
緊張の高まりと共に喉がカラカラになり、

その後はっきりとした意識がなくなっている。
しかしプレゼン説明は何とかこなしている。
でも書類が乱雑に散らばったあとが残っている・・・
極度の緊張状態と何か関係があると思うのです。」

「は、はい・・・」

「これは最近入手した新しい薬です。アメリカのNASAで開発された薬です。
宇宙飛行士の訓練時、わざと緊張状態を作り出し、

極度の緊張状態でも対応が出来るようにする為開発された薬です。
生薬ですので副作用は一切ありません。
もし良ければ私を信じてこの薬を飲んでみませんか?」

「・・・・」

「極度の緊張状態になった時○○さんがどうなるのか?
実際の様子をみないと何とも診断出来ないと思うのです。
○○さんも事実を知るべきだと思いますよ。
どうですか?」

「・・・わ、分りました。飲んでみます・・・」



彼女は一気に、白い粉末のその薬を飲みました。

5分もしない内に薬は効き始めたようでした。


「○○さん、何でもいいから話をして下さい!」

「は、は、はっい・・・・」


明らかに彼女は緊張状態にありました。

喉はカラカラなのか、声が詰まり上手く出てきません。

その時です、突然 グォ~ という音が聞こえてきました。

その音は何と彼女から発せられていました。

彼女が何かを喋ろうとする度にその音は大きくなり、


遂に私の髪や壁にかけてあるカレンダーが動き始めました。

まさしく風になびいている感じです。

そして私の机の上にある書類が舞い上がり始めました。

彼女が呼吸する度に、グォ~ という音が生じ、


強力な吸引力と排出力で部屋の中が

弱めの暴風圏内みたいになっていくのでした。


薬の効力は短いみたいで、ものの1~2分で彼女は落ち着いてきました。

書類が乱雑に散らばった私の机の上を見て、


彼女は驚きと失望の念で悔しそうに涙を浮かべました。

まさかと思っていた事実の断片を察知し確信したのでしょう。

無言の彼女に私は話しかけました。



「○○さん、粗息女の実態がわかりましたよ!
まだまだ全然大した事ないですよ」

「・・・どういう事ですか・・・

私・・・やはりおかしいんですよね・・・変なんですよね」

「自分を勝手に責めてはいけません。
全然おかしくないし、変じゃないですよ。
○○さんは、緊張し過ぎた時、昔から喉がカラカラになったりするでしょ。
私もそうです。
その後無理に話そうとするとどんどん息が荒くなるみたいです。
それだけですよ。
だから粗息女じゃなくて荒息女だったのです。」

「それって、あ~~~やはり、変じゃないですか・・・・」

「全然変じゃありません!!
荒息女になった○○さんは呼吸の度に風を巻き起こし
近くにある書類とかを散らばらせる能力があります。
だから、プレゼンルームでも書類が説明後乱雑に散らばっていたのです。
しかし、私から言わせればその能力は正直まだまだだと思います。」

「・・・ドクターCho!一体何を言ってるのですか?
私を馬鹿にしてるのですか?」

「馬鹿にするなんてとんでもない!
私は○○さんの特殊能力をもっともっと伸ばして欲しいのです。」

「あ~~~訳が分かりません・・・どういう事なんですか?」

「先程、私は実際の○○さんの荒息振りを経験しました。
その時音の凄さからして、窓際にある私の大事な

CDコンポも風力で落とされるのかと心配しました。
しかし、実際はそこらの書類が少し舞い上がっただけでした。
荒息女と呼ぶには余りにそのパワーは弱過ぎます。
どうせなら、CDコンポや本棚がぶっ飛び、壊れる位、

もしくは壁が風圧で落ちてくる、

そこまで荒息パワーを上げて欲しいと思いました。」

「・・・・・・・・・・」

「その為には、今後ご自身で緊張し始めていると感じた時、

自動的に頭の中でまず、CDコンポ位ラックから落としてやる、

本棚のガラス戸位割ってやると強くイメージングするのです。
今度こそ、そこ迄荒息パワーを増してやると決意して

緊張状態を迎えるのです。
緊張と同時に即座にイメージングするのが大切です。
ここがポイントです。
どんな緊張状態を迎えても今度こそやってやると

明確にその状況をイメージングするのです。
どうです?
なかなか血が燃えてきませんか?(笑)」

「・・・ドクターCho!・・・
あなたって人は・・・
最低ですね!失礼します!」


彼女は憤りにまかせ、

バタンと力一杯診察室のドアを閉めて部屋を出て行きました。

私はタバコに火をつけ、ゆっくりと深く一服しました。


彼女の理性と感性なら今の私の話が心に大きく刻まれる筈。

今後彼女が緊張状態を迎える度に私の馬鹿げた診察内容を思い出し、


腹立たしさとリアルに浮かぶ情景に、彼女の神経は分散され、


荒息女が登場する緊張状態に達し難くなる事を願いました。


賢明な読者の皆さんは既にお気付きでしょうが、


無免許のもぐり医者の私には薬剤は扱えません。

彼女が飲んだNASA開発の新薬の正体は市販のメリケン粉でした。


---【第2話】荒息女(終)---