今日は妙に暖かい・・・いや暑過ぎる秋の日です。
患者も来ないし、こんな昼下がりは伸び放題の無精髭でも剃ってみます。
先日購入した姿見がやっと役に立ちます。
・・・と思ったその瞬間診察室のドアが開きました。
「ドクターCho!ドクターCho!?いらっしゃる?」
「は、はい・・・」
「・・・・・あなたがドクターCho?そうなの?あなたなの?」
「は、はい・・・」
突然入ってきたその女性は、まるでモデルの様な体型で、
ミドルフトップのタンクトップにヒップハンガーのショートパンツを履き、
引き締まったウエストと長い足が眩しいほどでした。
長い髪が似合う小顔も美しく、診察室の入り口に立つ彼女の姿は、
まるで”掃き溜めに鶴”そのものでした。
颯爽と診察室に入った彼女は長い足を組んで腰掛けました。
座ってもウエストのくびれはそのままで、
タンクトップとショートパンツの間から見える、
オヘソも形はキープされたままシワの1本もありませんでした。
「どうかされたんですか?」
「・・・にしても、何だか汚い、怪しげな診察室ね!」
「・・・・・・・」
「噂を聞いてきたんだけど・・・あなた、本当に優秀なの?」
「・・・さ~・・・」
「何だか観た限り、頼りないみすぼらしい感じがするんだけど・・・
ホント大丈夫?」
「・・・大丈夫?と言われても・・・何が大丈夫なんですか?」
「えっ!だって、あなたドクターでしょ?
ドクターだったら何でも治せるとか、どんな悩みでも解決できるとか・・・
だからそういうの全部大丈夫なの?」
「・・・・・・・・」
「何、黙ってんのよ?大丈夫なの?大丈夫なんでしょうね!?」
「・・・とても大丈夫だとは言えませんけど・・・」
「え~っ!!大丈夫じゃないの!?一体それってどういうことなの?
あなたドクターでしょ?噂じゃ凄いドクターだとか言われてるのに・・・」
「・・・噂がどうか知りませんが、正確にはもぐりのドクターですし・・・」
「え~っ!!も、もぐりなの!?どういう事?それってどういう事?」
「正規の教育も受けていない、
医師免許も持たないもぐりの医者という事です。」
そこまで話をした時、彼女は呆れかえった表情で
診察室を飛び出して行きました。
しかし、1分も経たない内に、また戻ってきました。
そして先程と同じ姿勢と表情で再び腰掛けました。
「まっ、いいわ!私○○っていうの!私も大人だし、
あなたみたいな変なドクターを経験するのも一興かもしれないし、
話のネタにはなるでしょ!診察してみてよ!」
「・・・実際怪しげでみすぼらしい頼りないドクターですが、
いいんですか?(笑)」
「な、何よ、その不気味な笑いは?
変なドクターね・・・とにかく何でもいいわ!1回診察してみてよ!
大体私がこんな所に来るなんて事自体がおかしいんだし・・・」
「・・・で、一体どうしたというんですか?」
その質問と同時に、女性の口からは
機関銃の様に言葉が連射されました。
内容は彼女が今までに付き合った男達の話・・・
というより悪口雑言ばかりでした。
「大体、世の中の男なんて皆最低よね。
そりゃ私を観て私に惹かれて私をどいつもこいつも
求めてくるのは分るけどさ・・・
でも許せないのは1度や2度ベッドインしてやっただけで、
妙に馴れ馴れしくなって、オマエ呼ばわりになったり、
説教する奴もいたりで・・・
一体何様のつもりなのか、本当に男って馬鹿ばかりで付き合いきれないわ!
私を何だと思ってるの?ったく!
そんな馴れ馴れしい態度が我慢出来ないし、
分った様な事言う奴に限ってセックスは下手だし・・・
そして何よりも許せないのは、私が頭にきて、
あんた何言ってるのよ!とやり返し始めると皆、どいつもこいつも、
急にひきつったみたいな顔になって、ちゃんと私を観ようとしないのよ!
一体どういう事?
それまでは、君は世界一美しいとか君は魅力的とか、
私の気を惹こうと、でも体が欲しくて欲しくてたまらないといった目で
撫でる様に私の全身を見ていたくせに・・・
セックスした途端妙に馴れ馴れしくなって、
そして私がそんな男の態度に頭にきて、切れて喋りだした途端、
目をそらすだけで・・・そして私を置いて消えてしまうのよ!
信じられる?この私をよ!どういうつもりなの?」
付き合った男達に対する怒りの言葉と
自分は正しいという言葉が延々続きました。
そして時間の経過共に私の目の前では
信じられない光景が起きていたのでした。
彼女の美しい顔と肉体は、
彼女が悪口雑言を繰り返せば繰り返す程、どんどん崩れていくのでした。
今や私の目の前に居る女性は、顔の頬は下がり果て、
アゴは3重4重に重なり、まるでブルドッグの様な顔になり、
あれ程美しかったウエストラインも無くなり、
タンクトップの下に見えた腹の肉は緩みまくり、
ショートパンツのウエストラインに覆い被さるだけの醜い
「腹被り女」に変身していました。
彼女の話はまだ続いていました。
完全に自分の世界に入っている様子でした。
話をしている間も再三、彼女はメイクアップ用の手鏡を取り出し、
自分のメイクをチェックしていました。
しかし彼女の手鏡には彼女の実際の姿が映らない様です。
「○○さん、少し待って下さい!!
世界に一つしかないと言われている、真実を映す鏡を、
先日私はフランスに住む古い友人の骨董商から譲り受けました。」
「へっ!な、何の話?失礼な男ねドクターChoも!
私の話ちゃんと聞いてるの?」
「聞いていますよ。そして男連中の悪口を言いまくっている
○○さんの真の姿もちゃんと観ていますよ!!」
「・・・な、何よ、何が真の姿なのよ!?」
「この鏡にちゃんと映っているのです!!」
私はその言葉を発すると同時に、姿身を彼女の真正面に置きました。
「・・・ぎゅぇっ~ぐぐぐぅぇっ~~~!!!!!」
彼女の断末魔の叫び声が診察室に響き渡りました。
そしてそのまま彼女は診察室を飛び出してしまいました。
木漏れ日の中、やっと戻った静寂の中では、
4PAXというバンドの2nd CDが心地良く流れていました。
残念ながら4年前に解散したバンドですが、
特に2nd CDは私のお気に入りの1枚です。
10分も経った頃でしょうか突然診察室のドアが開きました。
涙で目を腫らした腹被り女が立っていました。
しかし、彼女の顔や身体は元に戻っていました。
最初と異なり今度は力なく腰掛け、脚を組む様子も窺えませんでした。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・どうします?何か話をしますか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・診察室を出て何処へ行っていたのですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・あ、あ、あれって、あれって、私じゃない・・・私じゃないよね?」
「真実の鏡に映った先程の女性ですか?腹被り女ですか?」
「・・・は、は、腹被り女!?」
「そうです。腹被り女です。彼女は紛れもなく○○さんご自身です!!」
「ち、違う!!あんなの、あんなの私じゃない!!違うわよ!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「大体ね、ドクターCho か何か知らないけど、何なのよ、あんた!
もぐりのくせに・・・最初から怪しいと思ったけど・・・私に恨みでもあるの!?
ほ、ホントは私が欲しいんじゃないの!?
だったら、ちゃんとそう言いなさいよ!
何よ、あんな訳の分らない鏡用意して・・・
何よ、あの顔、あの体、誰なのよ、あれは!!??」
「・・・あなたご自身です!!」
「まだ、言うの!?あんたもそこらの男と一緒ね!!
最低だわ!!○×△◇×・・・」
また、彼女の連射言葉が始まりました。
今度はどうもその矛先は私に対してのものみたいです。
そして、彼女の正当性をアピールすればするほど、
私への批判の言葉を連ねれば連ねるほど、
またしても彼女の顔はブルドッグ化していき、
全身の肉は垂れる様に緩んでいき、腹被り女に逆戻りしました。
今回は私が敢えて姿見を彼女の前に置かなくても、
やはり気になったのか自然に目がいった様で、
彼女自身が自分の変わり果てた醜い姿に気付きました。
「・・・ぎゅぇっ~ぐぐぐぅぇっ~~~!!!!!」
彼女の断末魔の叫び声が再び診察室に響き渡りました。
そしてまた、彼女は診察室を飛び出してしまいました。
今度こそ4PAXの2nd CDをじっくり聞く事が出来そうです。
しかし、聞けば聞く程、突然の解散が惜しまれます・・・
う~む!!と、感慨深く聞き入りだして10分も経った頃でしょうか・・・
またしても診察室のドアが開きました。
腹被り女が立っていました。
更に泣いたのか目は大きく腫れ上がり、
アイラインの色落で頬の上は模様化していました。
そして彼女の顔と身体はまた元に戻っていました。
更に力無く診察室に入った彼女は倒れるように腰掛けました。
「○○さん、いくら泣いても、いくら怒っても腹被り女は出てきますよ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「まず心を落ち着けて、自分に正直に、普通に私の話を聞く気がありますか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうしても納得出来ない、どうしても私が信用出来ない、
どうしても怒りが収まらない・・・としたら、
ここに戻ってきても、いくら居座っても無駄ですよ。」
「・・・・・な、何よ・・・・偉そうに・・・・あんた一体何様なのよ・・・・」
「何様でもない、ただのもぐりのドクターですよ。」
「・・・・・あれって、あれ本当に私なの??・・・・」
「そうです!!あの醜い腹被り女はあなた自身です!!」
「・・・・・い、嫌だ!!
私はあんなんじゃない!嫌だ!違う!絶対違う!」
「○○さん、もう2度と言いませんよ。あれはあなたです。
そしてそれを今認める事から始めないと、
一生○○さんは腹被り女になってしまいますよ。」
「・・・・・い、嫌だ!!・・・・・どうしたらいいの?どうしたら・・・・」
「真実の鏡に映った醜い腹被り女はあなた自身なのです!!分りましたか?」
「・・・・・い、嫌だ!!・・・・・ほ、本当に私なの?私、私・・・私なの?」
「そうです。何回尋ねても同じです。○○さんが腹被り女なのです!!」
「・・・・・・・・・・・・」
やっと彼女は少しだけ落ち着いたようです。
私は静かに、毅然と話を始めました。
エピローグへ続く
---【第5話】腹被り女 -プロローグ-(終)---