「○○さんはいつも自分は美しい、
自分は素晴らしいと思い込んでいますね。
でも、その反面、誰よりも○○さんご自身が
永遠では無い美しさ・・・見た目の美しさ、カッコよさが、
いずれ衰えていく事を恐れています。
しかし○○さんはその自分、つまり事実を事実として受け入れようとしない、
受け入れたくない怯えている自分を正直に観ようとしない。
ある意味逃げているだけです。
男がひれ伏す美しさを誇示するだけで、
いつしか心の中は、真の自分、弱い自分を誤魔化す為の
傲慢な思い、言葉が占拠しているだけになりました。」
「・・・・う~~~黙って聞いていたら、
何を勝手な事ばかり言ってんのよ!!」
連射言葉が飛び出しかけたその瞬間、
私は再び姿見を彼女の正面に置きました。
彼女の顔や肉体がほんの少しだけ垂れかけた瞬間でした。
「ぶぅぁっあああああ!!!!」
彼女は瞬間的に顔を伏せましたが、断末魔の叫びほどではなく、
部屋から駆け出していくほどのショック度でもありませんでした。
「今、少しだけ分ったと思いますが・・・
○○さんの心の中に渦巻いているご自身を誤魔化す為の邪悪さ、
傲慢さを活性化させる口汚い言葉の数々・・・
○○さんの邪心が虚構の美しさをキープさせるどころか、
むしろ崩していくのです。
○○さん自身の邪悪さが、傲慢さが
○○さんの1番恐れる醜い姿を実際のものにさせていくのです。」
「・・・そんなのおかしい・・・ぜったいにおかしい・・・
私は邪悪じゃない!!」
「ストップ!!暫く自己肯定をやめませんか?
また、腹被り女になるだけですよ」
「うぐっ・・・・・・・・・・・」
「どぎつい化粧も涙でとれた今の○○さんの顔、
腹被り女を恐れている・・・
不安に直面しながら正直な気持が出ている顔、
真実の鏡でもう一度みてみませんか?」
「・・・・・・・・・・・」
私は素早く姿見を彼女の前に置き直しました。
そして私自身も彼女の横に行き一緒に鏡を覗き込みました。
「何が見えますか?」
「・・・・変な顔の私と・・・ドクターCho・・・」
「私の顔も変ですか、実際の私と比べてどうですか?」
「・・・鏡の中の顔の方が、恐そうな厳しそうな感じがする・・・」
「そうですか。で、○○さんの今の顔は
凄く優しそうな純粋な顔をしてますよ。」
「・・・こんな、腫れぼったい顔が・・・全然奇麗じゃないし・・・」
「そうですか?私は今の○○さんの顔が1番美しく見えますよ。」
「・・・・・・・・・・・」
姿見から離れ、彼女の前に再度座り直して私は言葉を続けました。
「最初来られた時、過去付き合った何人もの男連中の話を、
悪口雑言を連射してましたよね。
その中で1人だけ凄く気になった男の話がありました。」
「・・・どうせロクな男としか付き合ってないとか思ってるんでしょ・・・」
「ハハハ、確かにそうですね!!」
「ほ、本当に失礼な人よね、ドクターChoって・・・」
「私は過去、失礼仮面とか呼ばれていた時代もありましたから・・・
と私の話はさておき、
気になった男の話をもう一度復習したいのですが。」
「どの男の事?好きな様にしてくれればいいわよ・・・」
「○○さんの語気が一段と荒くなった男の事です。
確か田舎・・・故郷でしたっけ?
とにかくそこから出てきたばかりの風采の上がらない男で、
同級生だけど元来が美しい○○さんが相手にする様な男じゃないと・・・」
「あいつの話・・・やめてやめて、聞きたくないわ!他の男にしてよ!」
「何をそんなに興奮しているのですか?
心を落ち着けて聞いて下さい。
ちょっとでも傲慢な怒りを発しだすと、また、腹被り女が迎えに来ますよ」
「くぅ~~~何よ何よ何よ!!!
もうもうもう!!!勝手にしてよ!!」
「勝手にします。
その彼が余りにドン臭くて、余りに惨めなので、
思わず同情してしまい、○○さんからデートに誘ったんですよね。」
「・・・そうよ!!」
「そして彼はデートの間中、
満面の笑みで○○さんの話を楽しそうに聞いていた。」
「・・・・・・・うん!!」
「○○さんも初めてといっていい位の安心感というか
心の落ち着きを感じた・・・そうですね?
でもその後、こんな男誰も相手にしないだろうな~と
邪悪な好奇心でその男をホテルに誘った・・・そうですね?」
「やめて!!本当にもうやめて、
自分で言うのはいいけど人に話されたくないの!!」
「我慢してください。これは非常に重要な話なのです。
我慢してご自身の過去の話に向き合って下さい!!
逃げては駄目です!!」
「う~~~本当に、あんたって一体なになのよ!?う~~~」
彼女はある意味けなげに、いつもの連射言葉を堪えていました。
腹被り女の恐怖が彼女を我慢させていたとも言えます。
「○○さんは既に気付いているでしょうが、
○○さんが付き合った男達それぞれに
傲慢な思いを言葉で連射した時、
間違いなく腹被り女に変身していたのです。
だからどの男も連射する○○さんを正視出来なかったし、
余りの醜さに驚き、恐怖を感じその場からとっとと去っていったのです。
そして先程の風采の上がらない同級生の男も
同じ類として話をしていました。そうですね?」
「・・・そうよ!もうどうでもいいでしょ!
やめませんか~?ドクターCho~」
「そんな、突然男を誘うような口調に転換してもやめませんよ(笑)」
「くぅ~~~何よ何よ何よ!!!もうもうもう!!ぷんぷん!!」
私はタバコに火をつけ深く一服してから話を続けました。
「ここからが重要なのですが・・・
私にはどうしても理解出来ない事があります。
いいですか、その風采の上がらない同級生以外の男達の
悪口雑言は全てセックス後の話として語られています。
それこそ聞くに堪えないセックスのテクニックの話から始まり、
その後の対応等を汚くののしっている内容ばかりです。
しかし、その同級生とのセックス描写はありませんでした。
○○さんがホテルに誘い、
あんたみたいな男が私を抱けるなんて夢みたいでしょ、と
誘惑する辺りで話が飛んでいるのです。
誘惑した後、他の男と同じ様に目をそらして
突然○○さんを置き去りにした、それも泣きながら部屋を出て行った・・・
信じられない失礼な奴、と超怒りモードで
彼の事が表現されて話は終わっています・・・」
「・・・ほ、ほんとに・・・そ、その話・・・も、もう・・・や・め・て・・・」
「○○さん、ウソをついていますね!!」
「・・・な、な、何言ってるのよ!!ウソなんてついて無いわよ!!
あんな奴!下手なだけで、お、女もマトモに抱けない・・・
何よ何よ何よ!!!」
「何をそんなに動揺しているんですか?
○○さんはとんでもない間違いをしている。
というか○○さんの感性は実は知っている筈です。
真実を、○○さん自身を・・・」
私はくゆらせていたタバコを深く吸い直し話を続けました。
「○○さんが、その風采の上がらない同級生が泣いている事を
確認出来る筈がないのです。
もし腹被り女になっているなら・・・
邪悪な怒りと傲慢に満ち溢れた腹被り女は
上瞼の肉も緩み目を覆い被すし、
何より悪口雑言を連射している時の○○さんは
真実の鏡でも見ない限り自分の姿さえ認知出来ない・・・
実際メイク用の手鏡を何度見ても
腹被り女に変身している事さえ見えなかった。
余りの激情に全てが見えなくなる。
しかし腹被り女の余りの醜さに全ての男が正視出来ず
思わず目を背けてしまう。
多分どの男の時も実際に部屋から出て行った瞬間でさえ
○○さんは分っていないでしょう。
ふと我に返った時そこには男の姿が無いだけです。
しかしその風采の上がらない同級生だけ泣いていたと認知している。
何故でしょうか?答は簡単です。
その男の前では○○さんは腹被り女に変身していなかったからです。
彼は目を背けたどころか○○さんの目をじっと見つめながら
そして涙したのです。
だから○○さんは正確に彼が泣いているのが分ったし、
鮮明に記憶もしているのです。
彼はおそらく本当に○○さんを愛していたのでしょう。
ホテルに黙ってついて来たものの、突然妖艶な笑みを浮かべ、
私を抱きたいでしょう、と誘いをかける、服を脱ぎ捨てていく、
或いは男のシャツのボタンに手を掛ける、
それらを当たり前の様に振舞う○○さんを見て、
純粋に涙したのだと思います。
そんな○○さんを見て彼は純粋に悲しんだ・・・
そんな風にして欲しくない、○○さんが元来もっている筈の、
彼がずーっと心深く愛してきた○○さんの純真に気付いて欲しかった・・・
彼の涙を見て○○さんは動揺した筈。
理解できなかった、というより理解したくなかった。
多分、何よその涙、何よ私を馬鹿にしてるの?
何よ、私に同情でもしてるつもり?
あんたみたいな不細工な田舎者が、余りに憐れで、
情けで私を抱かせて上げてもいいわよ、と親切心を出したのに、
何よ、その態度、何よ、その涙は!
てな感じで激昂したのでしょう。」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも○○さんはその男の深い愛をその場で感じていた筈です。
男が自分にひれ伏す状態こそが
理想の男女間の在り方と傲慢な妄想にふけっている、
或いは自分は美しいと根拠の無い妄信をしているだけの○○さんには
そんな風采の上がらない男とのマトモな恋愛は在り得ないと、
決め付けていた筈です。
それら傲慢な想いは腹被り女の垂れ下がる醜い肉に
化身するだけなのに・・・
何故ですか?
風采の上がらないその田舎者の男ではいけないのですか?
その彼との時間に今迄感じた事のない安らぎを感じ、
実は1番癒されていた筈の○○さんご自身を、
何故、何故否定するのですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・その人とはその後どうなったのですか?」
「・・・・・あれから・・・今でも週に何回かメールを、く、くれる・・・・」
「・・・・その人以外の過去の男で
○○さんを心配して連絡をくれる男が1人でもいましたか?」
「・・・・・・・・だ、誰も・・・・・誰も・・・・くれない・・・・・」
「・・・・ですか・・・でもその人だけは今でも
○○さんを心配してメールをくれる・・・
○○さんはちゃんと返信しているのですか?」
「・・・な、な、何もしてない・・・無視してるだけ・・・
わ、わ、わ私は・・・・・・・・・・」
次の瞬間でした、彼女は大声でまるで子供の様に泣き出しました。
言葉にならないその大声は
夕暮れの診察室を揺るがす程響き渡りました。
とめどなく、涙が溢れ続けました。
コールタールの様な涙が・・・
人間にこれ程の量の涙があるのかと思うくらいに・・・
彼女が作り上げてきた邪悪さの全てを洗い流す涙にも見えました。
私は黙って、彼女が泣き続けるのをずーっと見守っていました・・・
そして彼女の涙が清流の様に透明化していくのがわかりました。
賢明な読者の皆さんは既にお気付きでしょうが、
私にフランス人の友人はいませんし骨董品の趣味もありません・・・
真実を映す鏡は先日近所のホームセンターで超特価で購入した
ただの姿見です。
---【第6話】腹被り女-エピローグ-(終)---