ドクターChoの診察室 【オムニバスSF短編小説】 -4ページ目

ドクターChoの診察室 【オムニバスSF短編小説】

ドクターChoの診察室。それは誰にも言えない悩みを持つ「患者」が最後にたどり着く場所。そこで明らかになる事実は、誰の心の中にも、ほんの少し潜んでいるかもしれない真実・・・。シニカルでブラックでユーモア溢れて、ホロリ。貴方もどうぞ、診察室へお入り下さい。

春風邪をこじらせたのか、今迄経験の無かった花粉症なのか、


医者のくせに原因の分らない、


くしゃみや咳に悩まされている今日この頃です。

もぐりの医者だから仕方が無いという、


鋭い突っ込みは勘弁して欲しいものです。

すっかり気力も失せている、こんな日は


診察室もとっとと閉めて眠りたい気分です・・・

と、その時、診察室のドアが静かに開きました。


そこには身なりのきっちりした、


気取った感じの紳士が立っていました。

ポールスミスのダークスーツに洒落た柄のネクタイを絞めた、


まるでヤッピーの様ないでたちでした。


「失礼します!」


彼は軽く会釈をしながら颯爽と診察室に入り


私の前の椅子に腰掛けました。


「私は○○と申します。あなたがドクターChoですか?」

「ハイ」

「いやーお噂には聞いておりましたが、

イメージとは随分違いました(笑)」

「そうですか・・・」

「これは、失礼!決して悪い意味じゃなく、

何と言いますか、もっともっと恐い感じの

威風堂々としたお医者さんかと思っておりました(笑)」

「・・・・・・・・・・・」

「いやー何と申し上げればいいか・・・

とにかくイメージが違っていました・・・」

「気にしないで下さい。

よく見た目が汚いとかみすぼらしいとか怪しいとか言われるので

○○さんが思われた通りだと思いますよ。もぐりですし(笑)」

「そ、そんな・・・そんな事・・・

いやいやいや~これは参りましたなハハハハ」



男は暫くの間、意味の無い高笑いをしていました。


「ところで、どうかされたんですか?」

「う~む・・・自分でもよく分らないのですが・・・

とにかくドクターChoが超優秀なドクターだとお聞きしたもので、

とりあえず診察して頂きたいと・・・」

「そう言われましても、

症状も何も分らないのでしたらどうにも出来ませんが・・・」

「う~む~確かに仰る通りですな・・・」

「・・・・・・・・・・・」


暫く沈黙が続きました。

男の表情や、腕組む姿が妙に形式的に機械的に見えました。

診察室には久々に4PAXの1st CDが流れていました。


知らず知らず私の耳はそのサウンドに傾いていました。

と、その時、突然、その男が語気荒く喋り始めました。


「うぅぅぅう~~~ぅぅう!!駄目だ!

違う違う違う!!駄目ダ~メ駄目っだ!!」

「・・・一体どうしたんですか?!」

「うぅぅぅう~~~ぅぅう!!!!駄目だ!

は、は、は、発音が全然駄目だ!!」

「・・・発音?」

「L 発音が全然出来ていない。け、けしからん!!
Take my love!!
なのに何だ、この発音は・・・

rove・・・完全にr 発音になってるじゃないか!!
特にコーラスの男の発音がひどい!!

あ~~~聞いているだけで苛々してくる・・・あ~
何なんだ、このいい加減な発音は・・・

英語をなんだと思っているんだ!!!」

「・・・○○さん!!そんなに怒らなくても・・・」

「あ~~~駄目だ、耐えられない・・・

What terrible pronunciation it is!!」



その後男の怒りの言葉は、


まるでネイティブの様な自然で美しい英語に変りました。

流暢な英語で延々と、4PAXの英語発音に端を発して


日本人全般の英語に関する不備を語っていました。


「○○さん!!○○さん!!分りました、分りました、

もうこのCDはやめます。」


折角、久々に4PAXの1st CDを


ゆっくり聞きたかったのですが、停止しました。


「○○さんが英語に対して、凄く耳が肥えていて、

半端な発音では気に入らないのはよく分りました。
4PAXは確かに日本人が英語で歌っているし、○○さんの様な

Native English Speakerからすると気になるのでしょうね・・・

私は歌も曲も演奏も好きなバンドなんですけどね・・・・

もう解散してますが・・・」

「・・・・えっ・・・私、何か大変失礼な事を申し上げたのでしょうか???」

「・・・いえ、失礼じゃありません。厳しい意見を言われたのだと思います。」

「・・・・・・・・・」


男には怒りながら発した言葉の明確な記憶が無いのかもしれません。

私は、新たに違うCDを取り出しました。


「○○さん、もう英語の曲はかけません。
私も聞いているレパートリーが余り無く

今手元にある日本語のCDはこの1枚しかないのですが・・・
これでもかけますか?」

「・・・・・は、はー、お願いします・・・・」


暫く聞いていなかった、


リ☆バースというバンドのCDをプレイヤー入れました。

「犬奥」という変なタイトルとジャケットのミニアルバムで


私のお気に入りの一つでした。

しかし・・・1曲目が始まった瞬間、私はしまったと思いました。

1曲目の歌い出しが英語だったのです。

Pet Room!!ヤバイ・・・・かも・・・・



「フフン、こちらの英語は

日本人が発音し易い単語並びのせいか・・・
偶然でしょうが、まだ聞けますな・・・・・・・・・・」


と、意外な事に男の顔に少しだけ笑みが浮かび、


ホッと一安心した瞬間・・・


「うぅぅぅう~~~ぅぅう!!駄目だ!違う違う違う!!

駄目ダ~メ駄目っだ!!」

「・・・一体どうしたんですか?!」

「うぅぅぅう~~~ぅぅう!!!!駄目だ!

は、は、は、発音も文法も、

日本語が全然駄目だ!!」

「・・・っへ?今度は日本語ですか???」

「うぅぅぅう~~~ぅぅう!!駄目だ!

日本語なのに、舌の使い方がおかしい!!
あ~~~耐えられない!!

きちっと日本語が発音出来ないのに

日本語の歌を歌うな!!
あ~~~美しい日本語は一体何処へ行ったんだ!!

悲しむべき風潮・・・」


男はそのまま、日本語の元来の美しさ、情緒性を語り始めました。

話は一向に終わりません。

その時です、最初は空耳かと思ったのですが


同時平行で英語が聞えてきたのです。

何処から聞えてきているのか・・・

ずーっと語っている男の身振り手振りは、


いつの間にかロボットの様に機械的なものになっていました。

そして目の前の男の顔が・・・・・・


男の顔の鼻下から顎にかけてのセンターラインが


突然2分割されました。

分割された口はみるみる変形していき、


小型スピーカーが左右の頬下に浮き出てきました。

それぞれのスピーカーから音が出ています。

右のスピーカーからは日本語が、


左のスピーカーからは英語が同時に同じ内容で流れています。

両言語とも完璧な発音であり完璧な文法でした。

その男は「バイリンガル男」だったのです。

その後も左右のスピーカーからは


流暢な日本語と英語が流れ続けました。

男は瞬きもせず一点を凝視し、


ロボットの様な身振り手振りだけがむなしく動いているのでした。


私はタバコを深く一服しながら彼をずーっと見つめていました。

そして、突然、大声で彼に向かってまくしたてました。


「ЁЙЛЦШГПЯ・・・жй ЙЖДлйфц

ПпФ Хыыъй ЩЧЖЖ、КЙйфДГП Хы!!」


男の目に驚きと不安が蘇りました。

次の瞬間左右のスピーカーは姿を消し、


彼の口元は普通の人間に戻りました。


「い、い、今・・・い、い、一体何を言われたのですか?

な、何語ですか?」

「Хыыъй Длйфц КЙДГД!!」

「え~~~お、お願いです・・・

何と言われたのですか??教えて下さい!!」


私はタバコをゆっくり吸い直して静かに話し始めました。


「今の言葉は、とある国の言語です。日本では殆ど知られていません。
○○さん、もうやめませんか!?
○○さんが正確な日本語や英語に拘る、

発音や文法が気になって仕方が無い・・・
それはよく分りますが、その拘り自体をやめませんか?!
言葉は所詮言葉ですよ!!

と言いました。」

「・・・・・・・・」

「どんなに奇麗な発音の英語や日本が話せたとして、

文法が完璧だとして、言語圏の全く違う国に行った場合・・・
例えばアフリカ奥地の少数民族しか住んでいない、

ある部落に行ったとしたら、英語も日本語も全く通じませんよ。
どうやってコミュニケーションをとるのですか?」

「・・・・・・・・」

「私は今まで○○さんほど、

美しいきちっとした英語や日本語を話す人に出会った事がありません。
素晴らしいスキルだと思います。
でも人間は機械じゃありません。
完璧な機械的な言葉が重要なのではありません。
聡明な○○さんなら当然ご存知でしょうが、

言葉の無かった時代にも人間は逞しく生活してきました。
何時しか便利な伝達手段として言葉は共通記号として、

各地域別に発展してきました。
言葉は重要なコミュニケーション手段です。
でも絶対ではありません。だから種類も多くある・・・」

「・・・・・・・・」

「○○さんほどの、言語能力をもっている方が

このまま英語と日本語の機械的ともいえる構築美だけに拘っているのは

凄く惜しい気がします。」

「・・・・どういう事ですか?What are you meaning?」


「○○さんは言葉を習得する卓越した能力をもっている。
だから4PAXの英語やリ☆バースの日本語が

○○さんにとっては変に聞えるのかもしれない。
しかし彼等の音楽や言葉が多くの人の心に響く事もあるのです。
それは理屈じゃありません。
言葉は形式ばった発音、文法等の構築美が重要なのじゃありません。
大事なのは伝える、伝えたい心です。
これから先○○さんには世界にある出来るだけ多くの言葉に接して欲しいし、

変な発音でもいいからどんどん話をして覚えていって欲しい、

そして多くの人と心で接して欲しいのです。」

「・・・・・・・・」

「○○さんの語学習得能力があれば必ず出来ますよ。
形式に拘らない人間の言葉を、

心の言葉を色々な言語でトライして下さい!!」


彼は暫くうつむいたまま考えていました。

一瞬、コトッと床に何か落ちた音が聞えた気がしました。

顔を上げた男の表情には、気取った雰囲気が随分と消えていました。


「ドクターCho!!有難う!!Thanks a lot!!」


と快活な笑顔を見せて、男は診察室から颯爽と出て行きました。

バイリンガル男が座っていた椅子の下には、


小さなスピーカーが2個、落ちていました。


賢明な読者の皆さんは既にお気付きでしょう。

私の話した言葉が何語であったかを。

---【第7話】バイリンガル男(終)---