ドクターChoの診察室 【オムニバスSF短編小説】 -3ページ目

ドクターChoの診察室 【オムニバスSF短編小説】

ドクターChoの診察室。それは誰にも言えない悩みを持つ「患者」が最後にたどり着く場所。そこで明らかになる事実は、誰の心の中にも、ほんの少し潜んでいるかもしれない真実・・・。シニカルでブラックでユーモア溢れて、ホロリ。貴方もどうぞ、診察室へお入り下さい。

その日は朝から鬱陶しい雨でジメジメしていました。

そのせいか何もやる気がしないし、来診者も全くありませんでした。

朝からボーっと珍しくワイドショーを中心にテレビを観ていました。

世の中では、毎日辛酸な事件が起きているのだな~・・・

改めて、珍しいおかしな事件の数々を知ったのでした。


と、その時、気付くと診察机前の椅子に1人の女性が座っていました。

い、いつの間に・・・

余りの生気の無さに入ってきた事さえ気付かなかったのです。

その女性は雨で全身ずぶ濡れでした。

そして恐ろしい程の霊気が漂っていました。


「失礼しました。すっかりテレビに見入っていて

全然気付きませんでした。」

「・・・・・・・・・・ぃぇ・・・・・・・・・・」

「・・・・・どうかされたんですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・」


うつむいたままの彼女の表情を正確には読み取れませんでしたが、


部屋全体の空気が重くなる様な、


言いようのない暗さを表出していました。

「・・・・・どうしますか?一緒にテレビでも観ますか?(笑)」

「・・・・・・・・・・ぃぇ・・・・・・・・・・」

「・・・・・困りましたね・・・・・じゃ、何か食べますか?」

「いやっ!!いえ!!け、け、結構です!!


突然彼女の語気が荒くなり、瞬間顔を上げたのでした。

彼女の顔に血の気は無く、


蒼ざめた白い顔の目元と頬は黒ずんでいました。


「・・・・・一体どうしたのですか?少しづつでも話してみませんか?」

「・・・・・・はい・・・・・・わ、私は・・・・・私は・・・・・・」


既に放心状態に近い彼女から話を聞くのは無理かと、


その瞬間思いました。

出来るだけ優しい視線と、


少しでも暗い霊気を取り払う為の明るさを演出しました。

その上で、私はじっくりと彼女が落ち着くまで、というより


”戻ってくる”まで待ちました。

彼女の存在に気付いてから、かれこれ1時間近く経った頃です。


「ぅぅぅううううっぎゃ~んんん~

ぐぅぐぐぅう~んぅわっん~~~」


それはもはや人間の泣き声とは思えない


断末魔の叫びが突然部屋中に響き渡りました。

過去のどの患者にも感じた事が無い、


得体の知れない恐ろしさみたいなものを少し感じました。

しかし、同時に己をコントロールして、再度私は彼女に話しかけました。



「まだ、名前もお聞きしていませんでした。まず、お名前からでも・・・」

「ぅぅうううう・・・・・・・・・ス・ミ・マ・セ・ン・・・・・

私は・・・・・○○と・・・・・いいます・・・・」

「そうですか。では、○○さん、

少しでも落ち着いてきたら話をして下さい。
今はまだ、心が高ぶっているから、無理しなくていいですよ。
時間は気にしないで下さい。どうせ私は暇ですから、ゆっくりして下さい。
そうそう、もしよろしかったら、そのままそこで仮眠してくれてもいいですよ」

「ぅぅううぅぅぅぅ・・・・・・ス・ミ・マ・セ・ン・・・・・

本当に・・・・・アリガトウございます・・・」


余程疲れていたのでしょう・・・彼女は眠り始めました。

恐ろしいばかりの霊気は徐々になくなりました。

改めて見た彼女の寝顔は、無垢で美しかったです。


一体何があったのか・・・


それから15分位経ったでしょうか、うなされながら彼女は目覚めました。



ぅぅううぅぅぅぅ・・・・・・ス・ミ・マ・セ・ン・・・・・

私・・・・眠ってしまったようで・・・・」

「少しだけですよ。どうですか?少しは落ち着かれましたか?」

ぅぅぅううううぐぐぐぐっぐ・・・・

私は、私は、なんて事を・・・・ぐぐっぐぅうぅううう


何か恐ろしい光景を思い浮かべては、また常軌を逸していくようでした。


「○○さん、○○さん、私をよく見て下さい!!
この紙包みが何か分りますか?分りますか?」

ぐぅぅううっぐっっ・・・・・・・」

「これは友人から密かに分けて貰ったNASAで開発された、

最先端の精神安定剤です。
宇宙でどんな恐ろしい事態に遭遇しても、

決して心が乱れない様コントロールする薬です。
私を信じて、この薬を飲んでみませんか!?
少しは気が楽になると思いますよ。」

「・・・・・ぐぅぅううっぐっっ・・・・・・・く・く・く・だ・さ・い・・・・・・」


いつも通り、原材料の割に薬の効き目は抜群でした。

何故この薬がこうも効くのか・・・

人間が薬に求める真理がそこにあるからでしょう。



さて、かなり落ち着いてきた彼女に対して、私は再度問い掛けました。


「○○さん!!○○さんがこの部屋に入ってきた時から

今迄殆ど生気が感じられません。
何か、余程の事があったと想像出来ます。
話したくない・・・というより思い出したくない気持も分る気がします。
しかし、このままご自身の胸の中だけに

閉じ込め続けるのは無理だと思います。」

「・・・ど、どうして、無理だと・・・ドクターは思うんですか???」

「○○さんの顔にはっきり出ているからですよ。
言い難いですが、既に死相が漂っています・・・ご覧なさい。」


私は手鏡を彼女に差し出しました。

少しだけ自身の顔を観て、彼女はまたうつむいてしまいました。


「○○さんが、何があったかを話してくれないと、

私にはどうする事も出来ません。
いや・・・正確にはお話を聞いても、

どうする事も出来ないかもしれません。
多分・・・私が過去診察したどの患者さんより、

○○さんを助けるのは難しい気がします。
何の根拠もありませんが、そんな気がします・・・

あっ、不安がらせてしまいましたね・・・」

「・・・ドクターChoは、見た目のイメージと違って、

正直な方なんですね・・・
もう私の未来は無いと決まっています・・・

だから・・・最後に・・・私の事を信頼出来る方に・・・
お話したいというか・・・聞いて欲しいと、今やっと思えました。」

「それは良かった!!
怪しげなもぐりの医者で、頼りにもなりませんが、

私で良ければ何でも話して下さい。」

「ア、アリガトウございます・・・」


その後、少しづつ彼女は話を始めました。


聞き始める時、珍しく私の心が少しだけ乱れているのが分りました。

不安がある訳でもない・・・しかしこの胸騒ぎは一体何なのか・・・

診察を始める時に己の心に神経が向っているとは、


何たる失礼な奴だと、自分を叱責しながら、


瞬時に私は彼女の話に集中し始めました。


「わ・・・わ、私は子供の頃からガリガリで好き嫌いの激しい子でした。
父が食通なので、子供の頃から家族で外食に行くのは常でした・・・
父自慢の、おいしいと言われる店に色々と連れて行かれました・・・

でも、私は食べられるものが殆ど無くて・・・
父や母や兄がおいしそうに食べている横で、

いつも野菜とかパンを少しだけ食べていました。
何でこんなに美味いものが食べられないのか?

この子は本当にウチの子なのか?
といった心無い父の言葉に傷つく事も、よくありました。
でも、肉とか魚とか、特に生の肉や刺身は

絶対に食べる事が出来ませんでした・・・」

「おいしい肉や刺身を食べさせてくれる店にも、

お父さんは連れて行ってくれたんでしょうね・・・
毎日コンビニでカップ麺や弁当を買って、

食べている私には何とも羨ましい話ですが。
それはさておき、どうして肉とか魚とか食べられなかったのですか?

何か理由とか?」

「・・・・・・・分りません。
ずーっとそうで・・・食べたくないというより、

食べてはいけないという感覚でした。
何でそんな感覚になるのか分りませんでした・・・・

ぅうぅうう・・・・つい、一昨日迄は・・・・」


彼女の意識がまた何処かへ飛んでいきそうになっているのが分りました。

これ以上話を続ける事を拒否している・・・

測り知れない大きな力がそうさせているのが分りました。

幸い、その瞬間、彼女は手に握りしめていた


強力な精神安定剤が入っていた紙袋に気付きました。

再び、少しだけ落ち着きを取り戻したようでした。


「大丈夫ですか?辛かったら無理して話さなくてもいいんですよ。

気楽にして下さい。」

「・・・あ・・・あ、アリガトウございます。
話すのは辛いですが、どうしてもドクターには聞いて欲しいのです。
私のおぞましい、私の醜い実体を知って欲しいのです。
神の助けも何も求めてはいけない私なんです・・・
だから、せめて聞いて欲しいのです!!
お願いします!!聞いて下さい!!」

「大丈夫です!!安心して下さい!!
どんな話を聞いても、○○さんがどんな生き方をしてきたとしても

私はいつもニュートラルです。
ただ診察をするだけです。
そして考えるのは少しでもいいから○○さんの力になれないか、

助けになれないか・・・だけです。」

「ほ、ほ、本当にアリガトウございます。
でも、これから話す私の事実を知れば・・・

いくらドクターChoでも・・・でも、聞いて下さい。
ドクターChoの力も助けも要りません・・・
だから話だけは最後迄、最後迄聞いて下さい。おねがいします!!」

「わかりました。では、続きを話してください。」

「・・・はい・・・1年ほど前になります・・・

私は恋愛にも臆病でこの歳まで恋人もいませんでした・・・
でも、やっと、この人ならと心底想える人に巡り会えました。
特に・・・5年前に、贅沢なものを何も食べられない私は置いて、

父と母と兄は3人でグルメツアーに行きました。
しかし・・・バスが大きな事故に巻き込まれ、

3人は即死してしまいました・・・突然の事でした。ショックでした・・・

それから1人で精一杯生きてきました。
だけに彼に巡り会った時、まるで家族の様な温かさも感じました。
彼の負担にならない様、距離をおきながら付き合っていましたが、

彼への気持は募る一方でした。
彼は普段からポーカーフェイスで

優しい言葉の一つもかけてはくれません。
冷たい人という印象の方が強かったかもしれません。
でも私には彼がもっている本当の優しさが、

溢れ出ている様な優しさが凄く感じられました・・・」

「ご家族の事は、本当にお気の毒としか言い様がありませんが・・・
しかし、その彼とは出会うべくして出会った相手みたいで、

良かったですね。
本当に幸せだったんですね・・・」

「・・・はい・・・そして彼は偏食家である私のことを心配してくれていました。
普段はぶっきらぼうですが、何かと栄養バランスを考えた食材や

サプリメントを買ってきたりしてくれました。
私が肉や魚を一切食べられない事も理解してくれていました。
理解するというより、仕方がないことだと認識してくれていました。
しかし、同時に不幸な事だな・・・とも言っていました・・・」

「彼も○○さんの事を本当に愛していたんですね・・・

好きな相手であればある程、個人の嗜好は尊重しながらも

相手の知らない喜びや楽しみ、美しさ、そして美味しさ等々、

少しでも経験させて上げたいと思ったりするものです。
勿論、相手にとって単なる迷惑にしかならない事があるので、

その辺りの好意は難しかったりするのですが・・・」


彼女は明らかに話したがっていませんでした。

私にしては珍しく、何度も合いの手を入れる感覚で


彼女の話を分断させました。

その都度、少しでも気持を落ち着かせたり、


一方向に向い過ぎる彼女の思いを分散させようとしました。

そして、やっと彼女の重い口が核心を話し始めました。



活け造り女 Part-2へ続く

---【第8話】活け造り女 Part-1(終)---