ドクターChoの診察室 【オムニバスSF短編小説】 -2ページ目

ドクターChoの診察室 【オムニバスSF短編小説】

ドクターChoの診察室。それは誰にも言えない悩みを持つ「患者」が最後にたどり着く場所。そこで明らかになる事実は、誰の心の中にも、ほんの少し潜んでいるかもしれない真実・・・。シニカルでブラックでユーモア溢れて、ホロリ。貴方もどうぞ、診察室へお入り下さい。

そして、やっと彼女の重い口が核心を話し始めました。


「・・・彼は・・・本当に・・・本当に優しい人でした・・・
一昨日は、初めて彼と一緒に過す私の誕生日でした・・・
うれしかった・・・本当にうれしかった・・・・・・・・・・・・・・・・
ワインで乾杯したあと、彼がおもむろに

『○○!目を閉じて!プレゼント!』と言いました。
私は目をつむりながら、嬉しくって嬉しくってたまりませんでした。
『さー、こんどは少しだけ口をあけて!』と言いながら

彼が近寄ってくるのが分りました。
私は少しだけ口をあけて目をつむって待ちました。
そして・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・大丈夫ですか?
余りに辛いようだったら、暫く時間をあけましょう。」

「・・・ス、スミマセン・・・大丈夫です。
は、話をドクターにだけは聞いて欲しいですから・・・

そ、そ、そして、彼は小さな何かを

私の口の中に入れました・・・とろけるような感触・・・
味合ったことのない、何か不思議な味がしました。
これは一体何?????????
食感を確認しながら飲み込んだ時、

体全体が裂ける様に熱くなってきました・・・
その時彼は嬉しそうな声で言いました。


『さ~目を開けてごらん!!
無理して大枚はたいたんだがヤッパ、メッチャうまいよね~
霜降り特上の国産牛の牛さしだよ!!
スッゴイだろう!!
○○さ~全然肉とか食べないし、

いつも質素な食事ばかりしているから、

一度本当の肉がどれだけうまいか
生でも食べられる最高級の肉を食わしてやりたくなってさ、

どう?うまいだろう?食わず嫌いなのが分った?
さあ、高いからそんなに量はないけど、

2人で味合いながら食べよ!!』

生肉を食べた事実を知った私は・・・

というか事実を知る前から体全体が熱くなり、

頭ももうろうとしていました。
そして体全体から発する感覚で、

嫌~っ!!という声とも鳴き声ともつかない音を出しました・・・
気付いた時彼は部屋の隅で倒れていました・・・

ああぁぁぁぁ・・・・・・」


また、彼女は言葉を失い暫く泣き続けました。

深い言葉にならない悲しみが私にも伝わってきました。

私は黙って彼女を見つめていました。

大粒の涙を流しながら、


決死の覚悟で彼女は再び話を始めました。



「ス、ス、スミマセン・・・

か、彼が何故部屋の隅に倒れているのか・・・
恐る恐る近付きました・・・

彼の後頭部から血が流れていました。
側の柱の角にも血と髪の毛がついていました・・・
ま、まさか・・・
いくらゆすっても彼は目覚めません、息もしていません、

心臓の鼓動もない・・・
まさか、私が・・・私が彼を突き飛ばして・・・

まさか、私が彼を・・・彼を殺した・・・
どうしてそうなってしまったのか・・・

訳も分らず私は彼の側で座り込んで泣くだけでした・・・」

「・・・・・・うむ~不可抗力とはいえ大事な彼を死に至らしめた、

過失致死には違いないですね。
私はロイヤーじゃないし・・・

今迄の話だけだと原因も、はっきりとは分りません。
冷たい様ですが、殺人の話なら

他へ行かれた方がいいと思いますよ。」


私はわざと突き放す言い方をしました。

彼女がそれでも、まだ核心の話をしていないのが分ったからです。

暫くして、私は言葉を続けました。


「○○さん、どうしますか?これで話は終りですか?
だったら、警察にでも行きますか?
色々事情があって、警察の中には入れませんが、

警察の前までなら送って行きますよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「どうされます?」



強要する感じで問い詰めた、その時でした!!

彼女から、それ以前に感じた霊気とは比較にならない


強力な霊気が漂い始めました。

そして彼女の表情や外見がみるみる内に変わっていくのでした。

呪われた様な低い声が彼女から発せられました。


・・・・ぅぅぅうううぐぐぐ、わ、わ私は、

それから彼をバスルームに引きずっていった・・・・
愛しい、愛しい、彼の服を脱がせ、

まだ少しだけ暖かみのある彼の肌に触れた・・・・
彼の頭から流れる血を拭き取りながら・・・

でも、その血さえも愛しくて・・・舐めた・・・
私の体が、引き裂かれそうに、熱くなって・・・・

気が付けば私は彼の・・・か、彼の・・・
身体を、彼の肉を、少しづつ食べ始めていた・・・

甘くて悲しい味がした・・・・ぅぅうぅううっぐ・・・・


話をしている間、彼女の瞳孔は完全に開き、


口はまるで呼吸困難の魚の様にパクパクしながら、


そして衣服はボロボロに引き裂かれ、


見え隠れする彼女の素肌は赤白い切り身の様に細分化され、


それぞれの肉がぴくぴく動いていました。

まるで活け造りの魚のように・・・

おぞましい、この世のものと思えない情景でしたが、


何故か私に恐怖感や嫌悪感は全くありませんでした。

痙攣したまま、失神しかけている彼女『活け造り女』を


私はそっと抱き寄せました。

私がもてる最大限の愛情を彼女に注ぎながら、


静かにそっと抱き続けました。

少しづつ彼女の痙攣がおさまってきました。

同時に恐ろしい霊気も薄れてきました。

彼女の慟哭する音が聞えてきました。

彼女は元の姿に戻っていました。



「ド、ドクター・・・・ぁぁぁああああ・・・・わ、わ、私は・・・・・・・」

「もういいですよ。何も喋らなくても・・・

落ち着くまでこうしておきましょう。」

「・・・・・あ、ありがとう・・・・・ドクターCho・・・・・・・・・・」


15分は経ったでしょうか、


やっと彼女は落ち着いた様子で私から離れようとしました。

乱れた衣服を手で覆い隠しながら、話をしようとしました。


「・・・私は恐ろしい人間です・・・・

彼を殺して、彼を食べてしまったのです・・・・」

「○○さんが来られる前に、テレビ好きの私は

つまらないワイドショーを観ていました。
身体の数箇所が食いちぎられている

男の変死体が見つかった猟奇殺人の話を、

興味本位で放送していました。」

「・・・・・そ、そうですか・・・・・猟奇殺人・・・・・・ですよね・・・・・・・
ドクターChoなら、もぐりの怪しいドクターだと聞いていたし・・・・
ひょっとして、すぐに死ねる毒薬とか持っておられるかも・・・・
そんな甘えた考えでここに来ました。でも・・・」

「でも・・・どうしました?」

「でも、ドクターと話をしている内に・・・

ドクターはこんな私を、温かく迎え入れてくれた・・・
ドクターにはこれ以上迷惑をかけられません・・・・
最後にドクターに会えて、話が出来て本当によかった」



その時の汚れの無い美しい彼女の顔を私は忘れないでしょう。


「○○さん!!最後に一つだけ話をします。
私は怪しげですが、どういう訳か世界中に変な情報網があります。
先日も友人の文化人類学者から聞いたのですが・・・
彼は仕事上、未開地のフィールドワークを多くこなしています。
主に東南アジアの未開の村落の調査が多いのですが・・・
ある時アフリカの奥地を調査している同業者と

意気投合したそうです。

○○さん、ハニバル=喰人族の存在はご存知ですか?
そのアフリカ調査が得意の同業者は

実際にフィールド調査をしたそうです。
今でも喰人族は実在しています。
彼等は人の肉を食べます。
しかし無作為に常食しているのではありません。
1年に1度、神に人を差し出します。俗にいう生贄でしょう。
しかしそれは崇高な儀式であり、

差し出された人間は神と同化すると考えられています。
差し出すという表現がおかしいのかもしれません。
毎年順次自らが身体を差し出すのです。
同じ部族の人間ですが、神と同一化する事で、

皆にとってのかけがえの無い人間に生まれ変わるのです。
そして、自らの身体を部族の皆に与える事によって、

自分は皆の中で生き続け、

また、食した方は愛しい、神の生まれ変わりを

自分の血肉の一部とする事で己を高める・・・

その部族の崇高な儀式なのです。


日頃、質素な植物の根や葉しか食べない、その部族が

年に一度だけ摂取出来る大事な大事なタンパク源という

自然の摂理とも言うべき合理性も含まれています。

それは前世と呼ぶべきなのか、たまたまの生まれ変わりなのか、

何等かのDNA変化なのか、実際のところ分らないのですが、

○○さんは生まれてくる国や環境を間違えただけです。
この国において人肉を食べるという事は、とんでもない事です。
しかし、欧米人が日本人の好む

活魚料理を食べられないのと同様で、

食文化自体がいい加減なものです。

先の話に出てきた東南アジア研究をしている

友人の文化人類学者は、

タイの超田舎の貧村で1年以上のフィールドワークをしている時、

彼の誕生日に村人達はお祝いをしてくれたそうです。
彼等も日頃、貧しい雑穀しか食べていません。
特別なお祝いの時だけ彼らとしては大ご馳走である肉を食べます。
そして私の友人も肉料理の接待

=村人達の最大の歓迎を受けたのです。
そのご馳走とは、野鼠の開きでした。
原型の野鼠がそのままに開かれボイルされてあるものです。
折角村の人達に溶け込んでいた彼ですが、

そこでそのご馳走に口をつけられなかったら、

村人の心は一気に離れていくのは当然です。
彼は涙をこらえて食べたそうですが・・・

話が横道にそれてしまいました。
○○さんを純粋に誰よりも愛してくれた、

その彼を死に追い遣ってしまったのは悲しい不幸な出来事です。
幼少の頃から○○さんご自身の中にあった、肉を、

特に生肉を食べてはいけないという強力な自制心の正体が

実はハニバルに由来する何かであったとは・・・

それは誰にも分らなかった事です。
彼は良かれと思って最高級の牛さしを

○○さんにプレゼントした・・・しかしまさか、

その好意が仇となり○○さんの本能を蘇らせ、

そしてご自身の命を無くす事になろうとは・・・

それこそ予測し得ない事でした。


私は思うんですが・・・

○○さんが彼を心ならずも殺してしまった偶発的な行為、

これは誰を責める事も出来ない偶然です。
しかし、その後我に返った○○さんが、

愛しい彼の死肉を、少しでも鮮度のある内に食したのは・・・
これは必然だと思うのです。

○○さんは誰よりも愛していた彼と同化しようとした、

○○さんにとっての喰人はまさしく、

さっき話したアフリカ奥地の喰人族の崇高な儀式と

オーバーラップします。
ご自身を必要以上に責めるべき行為だとは決して思いません。」

「・・・・ド、ドクターCho・・・・・あなたって人は・・・・・

ほ、本当に・・・ありがとう・・・・」


彼女は声にならない声で、静かに泣きました。

私は言葉を続けました。


「○○さん、想像してみて下さい。
アフリカの奥地の広大な草原で生活している、

その部族の中に○○さんが一緒に居るところを。
彼等は用心深い部族ですから、

滅多な事では異人種を部族には迎え入れません。
しかし、○○さんの美しい心と、

人を喰す本当の意味を知っている必然は、彼等に伝わるでしょう。
言葉じゃない何かがあるのです・・・

と、前に変な男に説得した事がありましたが(笑)
それはさておき、そんな情景を想像してみて下さい。
どうですか?」

「・・・泣きそうになる位幸せで・・・想像しただけで、

心が解き放たれていく気がします・・・
そして、どうやって神様への生贄?じゃないですよね・・・

神様へ近付く人を決めるのか分りませんが
私はごく自然に、神の為、皆の為に、

自分がそうなれる気がします・・・・・・・・・・
ありがとう・・・ドクターChoのお陰で、

素晴らしい夢を見る事が出来ました。
でも夢はここまでにして、これから私は・・・

世間の好奇の目にさらされるとんでもない人喰い女になります。
やっと、覚悟が出来ました。本当に有難う。
ドクターのご恩は一生忘れません。ホントにありがとう・・・」


この診察室を出て行けば彼女が自殺をするのは明白でした。

私は、一瞬躊躇いましたが、素早く決断して言葉を続けました。



「○○さん、私ももぐりですが、

一応ドクターなので、最後にお願いがあります。
随分私の事を買いかぶっておられる様ですが・・・

私にもドクターとしての好奇心や研究心が何よりも勝る時、

或いはその充足をしたくてたまらなくなる瞬間があります。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「○○さん、最後のお願いというのは・・・

どうしても○○さんの肉体構造を知りたくなりました。
ハニバルDNAが実際にあるのか?
○○さんは気付いていなかったでしょうが、
喰人の告白をされている時、まるで活け造りの魚の様に、

○○さんの肉は細分化されピクピクしていまいた。
一体どんな構造になっているのか?
これは医学的見地からも、

どうしても必要なデータになると思うのです。
どうですか、最後に協力してくれませんか!?」


「・・・・・・・ドクターCho・・・・あなたって人が

少し分らなくなりました・・・・・・」

「私なんて、いい加減なもぐりのドクターです。
下賎な奴です。観たままの印象そのものですよ(笑)」

「・・・・・・・・・・・・・わ、わかりました・・・・・・・

どうすればいいのですか?」

「おぉ、協力してくれますか!!それは良かった。
では、隣の部屋に行って下さい。
そこに古びたレントゲンみたいな機械があります。
厳密にはレントゲンじゃないのですが、

○○さんの構造をある程度映し出す事が出来る筈です。
○○さんも、ご自身の身体の構造を知りたいと思いませんか?」

「・・・・・・・・・・・な、何で!・・・・・・・ぃや、いいです・・・・

その部屋に入ればいいのですね?!」

「そうです。ヨロシクお願いします!!
あっ、それと申し訳ないですが、

機械のセンターに立ったら衣服は脱いで下さいね。
決して覗き見なんかしませんので(笑)」

「・・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・・・・・・・・
わかりました・・・・・・・・・・・」

「私はこちらで操作しますので、

衣服を脱いで機械のセンターに立たれたら声をかけて下さい。
いいですか?」

「・・・・・・・・はい・・・・・・・・・・」


彼女は悲しそうな表情で隣の部屋に入っていきました。

入り際に私の目を一瞬見詰めていました。

綺麗な目でした。

私は冷静に機械をセットしました。

そして、最後の言葉を優しく投げかけました。


「どうですか~?用意は出来ましたか~?」

「・・・・・・・は、はい・・・・・・・・」


彼女の優しい声が聞えました。

私は、迷わずスイッチをオンにしました。

眩いばかりの閃光が隣の部屋から漏れてきました。



彼女は消えました。

古いその機械はテレポーテーション・瞬間移動装置でした。

最後の1回となる瞬間移動でした。

賢明な読者の皆さんは既にお気付きでしょう。

私が彼女を何処に瞬間移動させたかを。

---【第9話】活け造り女 Part-2(終)---