

「冷蔵庫」
これは、
悲鳴か。
山高きが故に貴からず(やまたかきがゆえにたっとからず):
本当の価値は見かけだけで決まるものではなく、実質が伴ってこそ尊ばれるということ。物事は見かけだけで判断するなというたとえ。
注:
家電製品の種類も増えたとはいえ、必要なときだけ働くものと、毎日コツコツ働くものが、あるものである。猛暑の中、お家でのらりくらりしていたところ、「ウィィ~~~ンンン」と気になる電子音が響いてきた。「ご近所だろう」とは思うものの、念のため、じっと音源をたどってみる。するとその先は、我が家の冷蔵庫。愛着の一台だけあって、長年の愛用に、疲労を訴えているのだろうか。連日の猛暑に「もう、冷やせません」と苦情を訴えているのだろうか。苦労は承知の上で、たいへん心苦しいが、必需品なだけに頑張ってほしいところである。ひとの仕事も“苦しいうちが華”なのか?あってもなくてもいい存在、には、なりたくないもんね、…という、古・冷蔵庫に教えられる、ひとの存在価値。