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TITLE:
歯周病がこんなにつらいとは。
Written by BlueCat

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 子供の頃に比して体質が変わった部分もあれば、青年期に始まった変化から戻った部分もある。
 子供の頃から変わった一例は、体温の変動に対する弱さだ。
 40℃近い熱でも一般的な活動(歩行や読書やゲーム程度)に支障はなかったが、40代になったあたりから発熱に弱くなった。
 37℃程度で倦怠感が発生し、38℃にもなると歩行が困難になる。

 第二次性徴以前の状態に戻った部分の例は、消化吸収能力だ。
 生まれたばかりの頃の母乳アレルギィに始まり、僕の身体は生まれつき摂食と吸収が不得手である。

 その代わり、必要のないときはまったく食欲を感じず(食欲で思考や情緒に影響が出て活動が制限されることなく)ごく少量の食事で長時間の活動が可能だ。
 今は最低でも24時間に一度、食事をするようにしているものの、72時間(約3日間)に2回程度でも問題がない。

 食事に関する一般的な人の生理サイクルが分からないため、恋人に低血糖を誘発させたり、あるいは僕の方が過食(一日三食は僕の身体にとって過剰)で不調になったりした。
 子供の頃から家族と一緒に暮らしていたなら、そういう一般的な人間の特性に対する知見も深まったのだろうか。

 20代くらいまでは父親や妹と暮らしていたし、食事も一緒に摂る機会が多かったが、そんなことを感じる機会はなかった。
 僕は義務教育の間は昼食と夕食だけで過ごすことが多かったし、高校になったあたりから夕食だけで過ごすようになった。
 僕の小食は子供の頃から父上を悩ませていたが、無理に食べさせれば消化不良や胃腸炎を起こすことを(当時の僕よりよほど)理解していたようで、食事の量や回数に限らず何につけ、無理に「こうしなさい」と言われたことはない。
 
 例えば子供の頃は両親の実家に帰省した折(何があったわけでもないのに)神経性の急性胃腸炎に罹って病院に担ぎ込まれたりした。
 確かに慣れない環境で、慣れない人と接することに思い悩みはしただろうけれど、緊張やストレスの自覚はなかったと思う。
 今ならHSPだの発達障害だの繊細さんだのとテキトーな名前を呼称することもできるのだろうけれど、僕にすれば単なる神経質、あるいは過敏症である。

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 父上も母上も、しかしこの(僕の)身体にはずいぶん気を揉んだことだろうと近年は思う。
 父上にしてみれば待望の(漏れ聞くところでは「水子になった誰か」の次の)長男だったからだ。
 昭和前半世代の男児を尊ぶ価値観を僕は理解できないが、父上の世代ではそうした価値観がまだ当たり前だった。

 そうしてようやく(生きて)生まれてきたたと思えば「母乳がダメ、粉ミルクがダメ、紙おむつをはじめ化学繊維がダメ」といった具合だから、今でこそその苦労も想像が付く一方、それに対する当てこすりめいた愚痴(お前は手が掛かった、みたいなこと)を聞いたこともない。
 そう考えるとよほど溺愛されていた可能性も(今だからこそ)理解はできる。

 じつのところたくさんの人に「5人姉妹でたった一人の男の子では、さぞ大切にされたのでしょう」と言われたし、姉からは「生まれたときに父が病院で万歳していたのは後にも先にも猫くんの時だけ」と聞かされている。
 しかし僕には、さほど溺愛された自覚というのがない。

 まぁ4歳にしてスーパーの床に転げて泣き喚く妹(当時2歳だった)
の我がままを目にし(私はああいう行為は厳に慎もう)と思って以来、自分の欲を吐露したためしがない。
「お腹が空いた」なんて(当然、親にさえ)一度も言ったことがないし、自発的に「○○が欲しい」と言ったこともない。言って叶うと思った事がないのだ。
 のちのちこの価値観は僕の人間関係構築に多大な影響を与えることになる。

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 観察の範囲では誰でも、好意を持っている相手に多少は頼られたり甘えられたりしたいものらしいのだが、僕にはそれを望むことさえできない。そういう禁忌がジンクスとして、プロテクトのように掛かっている。
 それを辿ると、ただ一度だけ、子供の頃に親に我がままを言ったことに起因する。両親が離婚するときに意見を求められ、僕は強く反対したのだが叶わなかった。
 結果、絶対に誰にも(親にも姉妹にも恋人にも友人にも)たとえ心の底から望むことがあっても(そもそも発生しないのだが)、望みが強ければいっそう頼まないようになったのだ。
 だから友人の多くは僕から遊びに誘われたり、僕が困って頼みごとをされたことがほとんどない(中学時代からの友人であるTUも「今まで一度もない」と指摘している)。
 当然、恋人もデートに誘われたりしない。
 僕にすればデートをしたくないときは当然誘わないし、僕がデートをしたいと思ったら(断られるかもしれない、とかいう可能性の以前に)誘ってはいけないのだ。


 なので例えばTUやBPのような古くからの友人は自分から積極的に「手伝おうか」などと声を掛けてくれる(そしてだいたい僕に無視される)が、僕がやむにやまれず頼み事をすると喜んで飛んでくる。
 彼らからすれば僕の行動指針はある意味ストイックであり、いわゆる「水臭い」感じなのだろう。
 けれど僕からすれば恋人とのデート同様「したくないならする必要はないし、したいなら絶対に他人に頼んではいけない」という拘束に従っているだけである。

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 幼児だった僕が体調不良で伏せていると、当然普段どおりの食事などできないので、ゼリーだのプリンだの果物の缶詰だのといったものを食事に与えることになる。
(子供の頃から甘いものが好きなのは、身体にとって簡単に吸収できる高エネルギィ源だからだろう)
 それを見て妹がやっかむ。自身に同じような待遇を求めるのである。

 しかし妹は体調が悪いわけではないから、親としては普通に食事をして、いつもどおりの生活をしてもらいたい。
 始めのうちこそ多少の甘えを許しはしても、それで僕の体調が良くなるわけではないのでしまいに親も妹の我がままをたしなめることになる。
 すると妹が、こんどは仮病を使う。しかしそんなものはすぐにバレる。
 妹にすれば僕ばかりが大切にされているように感じ、やっかみが高じてしまいに階段から突き落としたり、病床の僕の背中を噛んだりするのである。

 そのようなわけで僕はある意味で妹に申し訳ないと思う気持ちもあり、親に我が儘をいうことをしなかったのだ。仮に妹がいなかったとしても、自分の欲を吐露するのは苦手だったように思うが。
 両親にすれば、僕に対して過保護にしていることが姉妹間の関係を悪くする(ひどい場合は妹がしているように暴力を振るう)可能性も考えたのかもしれない。

 そのようなわけでクラスでただひとりテストで満点を取ろうが、9歳から家事をして10歳には煮る炊く焼く蒸す揚げるというひととおりの料理ができるようになり夕食を毎日作っていたというのに褒められたことがない(まぁいずれも褒められたくてしたことではないから気にしたこともないのだが)。
 今思うとこれは僕の自己肯定感が低い理由の1つだろう。僕は何をしても褒められた事がなかったし、褒められたいと思うことさえ(一度も)なかった。

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 いや、身体の話である。

 9月に歯周炎の治療でイプラント術を受け、ひと月してようやく筋トレもできるようになり、10月から少しずつ体型と筋力を戻している最中に別の歯(の根にあたる顎の骨)が痛くなった。
 ── ちなみに施術から2週間程度は辛いものやカフェインといった刺激物は禁止、4週間は入浴/シャワー/歯磨き/運動は禁止であり、この禁を破ると患部周辺がひどく傷んだり、腫れたり、熱を出したり、頭痛がしたりして鎮痛剤さえ役に立たない状況になってしまううえ治りが悪くなる。
 レントゲンを見ると、同じく根尖性歯周炎である(実はこれ以外にさらに2本ある)。
 よって僕の左下の歯のほとんどは「骨から使い物にならなくなりつつある」ということになった。

 しかも内部で菌の病巣が骨まで「う蝕」し、壊死して壊疽しているので放っておくとますます体調が悪くなるし、人によっては脳梗塞などにもなる。
 つまり高脂血症の私の寿命がさらに縮むってわけよ。
(今年はじめに「副鼻腔炎かな?」と思っていたのも、おそらくその症状の一環だろう)
 治療もただのインプラント施術と異なり抜歯した後に壊疽した組織を摘出し、壊死しつつある組織を除去しなくてはならないため、ガンガンに骨を削られる。
 麻酔が効いているからそのときはいいのだが、身体の負担はかなりのものである(人為的に骨折しているのと同等なので当然)。

 ついでに言うと僕は粘膜(に限らず身体)が弱いので、治りも遅い。
 今回も腫れと痛みが2週間ほど続き、鎮痛薬と抗生物質漬けになっている。
 鎮痛薬を使っても3〜4時間で薬効が失われるので寝ることもままならないし、口の中が縫合と腫れによって非常に不自由な(その上痛い)ので、鎮痛薬なしには食事をする気にもならない。食欲がもっとある人なら、もしかしたらそれでも食べるのだろうけれど。
 心臓より頭を低くすると顔が腫れたような感覚になり、鼓動が患部に響いて痛むから、顔を洗うのはもちろん、食器を洗うのにも難儀する始末(食洗機があってよかった)。

 痛みが続くと意識が朦朧とする。そんな気はなくとも集中力というのが著しく欠如する。
 そこで思ったのだ。月経痛が重い人は本当に辛いだろうなぁ、と。
 また美容整形で骨を削るような人も、それなりに辛い思いをしているんだろうなぁ、と。

 まぁようやく痛みが少し落ち着いてきたので(日本語を忘れないうちに)日記を書くことにしたのだ。

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 そもそもこうなったのは20代の頃、(もしかしたら鬱病で)眠り続けて栄養失調になり、歯がボロボロになったのが始まりだ。
 そこからは虫歯が一気に増え、しかも治療する事ができなかった(諸般の事情による)。
 そのとき「これは50〜60歳頃に悪化して死ぬだろうな」と思ったのではある。そして「もし将来、万が一にもオカネモチーになって治せるようなら治そう」と思った。
 治せなかったら(お金持ちにならなかったら)死ねばいいだけである。そもそも僕は僕の肉体や寿命に、さほどの期待もしていない。

 果たして見立ては甘かった。
 父上でさえ60代前半で死んだのだから、それより身体の弱い僕の寿命は50代後半がせいぜいだったはず。それを見誤っていた。
 実際しっかり50歳でこの通り悪化してしまっているのだが、幸か不幸か単なる運か、オカネモチーにはなることができたので、先生に「来週手術するからお金用意して」と言われても臆する事なく「はい。用意してきます」と答えられる。

 長生きする気はないのだが、どうやら周囲の人間を観察するに、やはり死生観が僕とは違うのだ。

 僕は「生きることは素晴らしい」なんておためごかして自分が存える欲を誤魔化すつもりはない。
 「生きることは素晴らしい、だから自分は生きるし、あなたも生きるべきだ」なんて僕は思わない。
 それは「生きたい」という自分勝手な欲と、それにかまけて犠牲を積み重ねることから目を背けるための体のいい言い訳に思える。

 いや生きたいと思うのは自由だ。こうしてシニカルに語っている僕でさえ、死を目前にしたら「これはちょっと違うかな」なんて言いそうなものである。
 ただ「生きたくない」と思っている他人にまで「生きていることは素晴らしい(と自分は思っている)のだから生きろ」というのは乱暴だし横暴だ。
 自分の欲を他人に擦りつけて気持ちよくなろうとするあたりは強姦にも等しいとさえ思う。
 生きたいと思って自由に自身が生きるのは結構なことだと思う。しかし自分の価値観を対極の人間に押し付けるのはいただけない。

 とはいえ一般的な人の多くは「死にたい」という人に対して僕のように「好きにすればぁ?」とは言えないのだ。そういう倫理観があるし、それはそれで尊重されるべきだろう。
 それに僕は、たとえ姉妹や友人が僕より先に死んだとしても、なんとも思わない。それが自然なことだからだ。
 春に雑草が生えたら万歳をして喜び、冬に雑草が枯れ果てると涙を流して悲しむような人間を見た事がない。
 つまり彼らだって生きることと死ぬことを、呼吸するように自然に捉える事もできるのだ。

 もっとも情についてはどうしようもない。
 おそらく僕は薄情で、彼らは相対的に情に厚い。
 僕からすれば十分にシニカルな一面を持つTUでさえ「青猫が死んだら、俺はもしかしたら泣いちゃうかも」と言っているほどである。あの時は愕然としたものだ。

 それで諦めた。
 縁がある限り、縁が濃い限り、人はその誰かの死を悲しむのだ ── 僕を例外として。
 ために僕が自殺したいと思うことは(僕のその人格の)自由にしておいて、可能な限りこのボンクラども(の肉体)が死に腐るのを眺めてやろうと思ったのだ。
 誰かが死に腐るのを眺めるには、そいつらより長生きする必要がある。

 すべての殺意と復讐は、己が長生きするだけで達成される。
 僕にとって長生きというのは防衛ではなく攻撃なのだ。手を汚すことなく世界中の人間を殺したくなったら、一番最後まで生きていればいい。


<手々を合わせて幸せか?>

>>>

 まぁ現実世界に話を戻すと、左下の歯のほとんどが人工歯に入れ替わる予定であり、すんごいお金が掛かるんだよなぁ……という虚無感に浸ってしまう。
 それに回を重ねるたび、痛みがひどくなり、回復も時間がかかるようになっている。1回につき1ヶ月以上の行動制限は、なかなか重い苦行である。

 とはいえ姉や妹を甘やかしたり、友人と馬鹿話をするのが僕のお役目であるとするなら、彼らより先に死ぬわけにもいかない。
 つくづく思うのだが、僕には欲があるのだろうか。
 死にたいことさえ、本当は欲ではないのかもしれない。まして生きたいなんて欲した事もない。

 ただまぁこの厄介な肉体を、僕より以前に両親がたいそう大事にしてくれていたのだろうな、と気づくことにはなった。
 何せ扱いがむつかしい。とうの昔に自分で嫌になっているのだ。
 皆、自身の肉体に自然発生的に備わった価値観の集合を「自分だ」と言い張るのだが、自分というのはそれほど大切には、少なくとも僕には思えないのだ。まぁ自分のことは誰より自分が甘やかしているが。

 歯の手術が全部終わったら、目の手術をしようと思う。眼鏡を掛けるのがこんなに面倒で苦痛とは知らなかった。
 なあに10年保てばそれでいい。
 生まれたときからこの身体に、そもそも多くは期待していない。







 
 

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[NEXUS]
~ Junction Box ~
 
 
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[Engineer]
  :黒猫:銀猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Blood-Darkness-Diary-Ecology-Engineering-Interface-Life-Link-Maintenance-Recollect-Stand_Alone-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Convertor-Generator-Reactor-Resistor-
 
[Object]
  -Friend-Human-Memory-
 
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[Cat-Ego-Lies]
  :暗闇エトランジェ:
:夢見の猫の額の奥に:
 
 
 
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