// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:250803
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
完結した名作の続編は。
SUBTITLE:
〜 What the great works, next for to?
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
250803
 
 明日、姉の入院日のため姉の家に来ている。
 日記でも書いておこうかと思ったら、クライアントアプリが自宅サーバに同期しない。
 そういえば整備のため、本体をオフラインにしていたことを思い出した。
 
 一昨日の朝だったと思うがNASの動作不良メッセージが4回ほどメールで届いており、確認すると温度異常を起こして動作停止していた。
 英文だし流し読みした程度なので詳しく分からないが「温度が60℃に到達しているからシステム停止したよ」というもの。
(温度センサを搭載しているので、5℃単位で報告される)
 HDDなら機械的損傷を起こすレベルである。
 
 月初は未明にデータ整理の時間がある(そういう設定にしている)のでNASの活動が活発化するが、その時間にそこまで高温になるというのはファンが動作不良を起こしたのだろうと想像している。
 スロットをすべて取り外しブロワで埃を飛ばそうとしたのだが、あいにく小雨であったため、電動工具ではなくスプレー(ガス缶)タイプのブロワを使った。
 確かノンフロンタイプで比較的廉価だった上「逆さにしても使える「というので買った覚えがあるが、真夏なのに出力が低い(確か冬に使ったときも「こりゃダメだ」と思った記憶がある。二度と買うまい)。
 それで本体ファンモータ部分のブロウを中断したのだが、特に不便もないのでそのまま過ごしていた。
 晴れたのだから作業すべきだった。
 
 そのようなわけで物理的にサーバを切断しているのだから使えるわけがない。
 ともあれソフト的に接続できないときよりはずっと安心である。
(不正アクセスによるパーミッション上書きまで疑わなくてはならなくなるから)
 
 NAS自体は購入して4年だから、経年劣化には早い気もする。
 しかしそもそもNASを設置している部屋が悪い。
 当初は専用の設置エリアを設定しようと思ったが、今の棲み家が古くて設計も緩くて施工もテキトーな建造物なので諦めた経緯がある。
 それで4畳半くらい(だったと思う)の納戸に設置した。
 寝室の隣だが住空間に近いため、外気にほどちかい他の部屋よりよほどマシだろうと思ったのだ。
 
 けれど基礎部に繋がる床下開口部があるし、断熱や床の張り替えリフォームをしていない部屋なのでとにかく通気性が高い。
 早い話、気密が悪くて外気がダダ漏れなのだ。
 結果、冬は低温エラー(記録では−3℃)で停止したことがあるし、夏は高温エラーで停止することがある。
 細かい埃も侵入する。
 
 いっそ書斎のPC机に置いた方がいいかもしれないと今思い付いた。
 当初はHDDで構成しており、動作音が気になったので部屋を離した経緯がある。
 SSDなので動作音はしないし、住空間に置けば温度問題はクリアする。
 新たな問題は繊維系の埃や煙草の煙か。
 専用スペース再検討も含め少し考えよう。
 
>>>
 
 ついでだからコンピュータのことでも書いておこう。
 
 僕は Apple社製品を長らく使っている(初代iMacのRev.b から)。
 当初の樹脂ボディや、G4Cube(とセットでリリースされたStudioDisplay)で採用されたアクリルボディは、とにかく煙草の煙と相性が悪く、陽焼けも含めて変色を免れなかった。
 ケーブルのコートに採用されていた樹脂もUV分解劣化によって表面がベタつくという材料の欠点を抱えていた。
 それでも当時の製品は可憐だったので、そこは仕方なかったのだろうと思う。
 たとえるなら可愛いガールがベタベタしてくるのは許してもいいかな、くらいの軟派な気持ちだったといえる。
 
 ところで最近の Apple製品のうち、ことにOSをはじめとするソフトウェアが往年の Evernote のようなアップデートを繰り返していると僕は感じている。
 端的にいえば蛇足の機能や不要な変更が目立っている。
 iOSの写真アプリもそうだしMacOS(特にシステム設定)もそうである。
 
 誰の役にも立たない感想だが構わず続ける。
 補足すると Evernote というのはクラウドサービスの先駆的なWebサービスである(後に独立したクラウドアプリケーション化)。
 当初は無料アカウントでもかなり使い勝手の良いシステムだったため僕も長らく使っていた。
 しかしある時期からアカウントクラスによる利用制限の締め付けが強まり、システムの不具合も頻発するようになった。
(これがきっかけで僕はNASを購入した)
 
 その時期の Evernote はアップデートのたびにUI(ユーザインタフェイス)が変化し、従前の使用感で操作をしても思った機能をさせられず、ようやく覚えたと思えば新しいアップデートにより再び望んだ機能を操作できないということが頻発した。
 
 もちろんシステム全体で未完成になっていた場合などはそうしたインタフェイスも含めた変更は仕方ないと思う。
 たとえばメニューバーのプルダウンからしかコマンドを選択できないExcelよりも、ビジュアライズされたアイコンボタンのメニューを搭載したExcelの方が使い勝手はいいだろうし、アイコンもサイズやイラストやテキストの有無をユーザが選択できれば利便が高い。
 今はあまり聞かなくなったが、これらはユニバーサルデザインと呼ばれる概念が根底にある。
 
 しかし機能やシステムが完成されたら、開発グループは何をするべきだろう。
 本来は周辺環境(OSはもちろん、HTMLやCSSといった記述体系やPHPなどのスクリプトといったWeb環境全般)に合わせたアップデートやバグフィクスをするだけで業務は終了、となる。
 すると開発者はヒマになる。
 
 それでも組織は利益を生むから、社員に利益を求めることを求める。
 直接求めなくてもそういう空気は組織の中に充満している。
「できるだけラクをするために工夫することを繰り返す」僕のようなイキモノであれば、ひとときの安息を満喫したついでにズルズルとサボり続け、もっと自分の仕事をなくす方向で思いを巡らせることもあると思う。
 けれど大抵の「優秀な」人間はそうではない。
 何か実のあること、自分にも他の誰かにも「これをしました」と言える実績を残したい。残す必要がある。
 そういう場面があり、そういう圧力があり、そういう考え方がある。
 
 するとせっかく完成してユーザが慣れ親しんだシステムに、また新しい機能を追加することになる。
 その無駄のために不具合が出ることもあるし、そもそも不可逆的な改変になることもある。
 少し話を戻すと、iOSの写真アプリの(少なくとも僕には)無用の整理/サゼッション機能や、MacOSのシステム設定のUIに対する無駄な改変がそれである。
 
 なぜ要らないことをするのか。
 それは使う側が必要としていなくても、作る側にとって「作る必要がある」からである。
 僕もいくつかのシステムでプログラミングやマクロ作成をしたことがあるので分かるが、作ることが純粋に楽しいときもある。
 またユーザからのフィードバックが必ず伝わるわけでもない。
 ユーザは製作者側の様式(システムに関する用語やハード/ソフトの仕様)を理解しているわけではないし、製作者がユーザの不満をすべて理解できるわけでもない。
 結果的に、せっかくバランス良く完成したはずのシステムが瓦解することもある。
 
 Apple 社の製品に限らずコンピュータシステム(とくにCPU)は、物理的限界で能力向上の頭打ちが見えている。
(ナノメータ単位の回路製造において、ミクロの下限を迎えようとしている)
 ハード的にもソフト的にも完結しつつある環境において、それでも社員は「革新的な新製品」をリリースする必要がある。
 
 家電品の多く(冷蔵庫とか、洗濯機とか)が同じような運命を辿ったことだろう。
 我が家の冷蔵庫や洗濯機にもLANを経由した機能が搭載されているが、僕はそれを使ったことがない。不要だからだ。
 そしてその機能を(パンフレットなどで確認した範囲では)便利とか欲しいと思ったことはない。
「ああ、ヒマになっちゃったんだな」と思うだけである。
 
<自宅ではないので写真がありません>
 
>>>
 
 みんなラクをしたいから技術が発達したのだと僕は思っている。
 洗濯板から洗濯機になり、石鹸はボディソープやハンドソープ(今やディスペンサからはたいてい泡で出てくる)に変遷した。
 クラウドコンピューティングも、ユーザ(クライアント)側の端末や場所を問わずサービスを受けられるというシステムが当たり前になった(だから自宅サーバを構築するのは少し変わっているのだろうと思う)。
 
 ラクになったのだから、ラクをすればいいのである。そのはずである。
 しかし人々は忙しそうである。
 色々な人と瞬時に連絡ができるのに情報の伝達精度が上がらなかったり、情報処理(確認/訂正を含む)にかかるコスト(特に時間)は変わらなかったりする。
「生成AIをビジネスで活かすには」なんてテーマで情報を発信している人の大半はそれ(発信)がビジネスだったり、発信そのものによって自身の欲を満たしていたりしてアテにならない。
 本当にビジネスで活かしている人がいたとしたら、その情報を発信する必要など感じないだろう。
 仕事に没頭しているからだ。
 
 完成するというのはそういうこと。
 つまり余計なものがない状態こそ完成されている状態なのだが、それを歪めるシステムを人間の心理が抱えているということになる。
 せっかく完成しているのに、ぼーっとしていては気が済まないのだろう。
 べつに悪いとは思わない。
 そういう中から新しい発明が生まれることがあるのも事実だからだ。
 
 とはいえ周囲からの圧力で、蛇足でもいいから「仕事をしている」という成果を作るべくして未完成の状態に「進んで」しまった完結品というのは、例えるなら続編がリリースされたけれど台無しだった名作映画でも見るような気持ちになる。
 
 ちなみにもう Apple社製品は買わなくてもいいかな、と思っている。
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :工場長:青猫α:黒猫:銀猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Diary-Ecology-Engineering-Interface-Link-Love-Maintenance-Mechanics-Technology-
 
[Module]
  -Condencer-Convertor-Generator-Reactor-
 
[Object]
  -Computer-Contents-Koban-Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :工場長の設計室:
:君は首輪で繋がれて:
:夢見の猫の額の奥に:
 
 
//EOF