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TITLE:
ヴァーチャル側に生きている。
SUBTITLE:
〜 The perfect virtualizer. 〜
Written by BlueCat

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 仕事が休みの妹と食事に出かける。
 妹は嫁に行った身であり、旦那様が実家の敷地内に別世帯を構えている都合、義両親との付き合いごとをないがしろにはしない。
 
 僕なら毎日のように顔を合わせることが(別家屋・別世帯とはいえ)可能な関係性なのに、時候の付き合いごとまでするのは苦痛だと思うのだが、妹は、誰かのためにプレゼントを選ぶことを愉しめる性格のようだ。
 
 そのようなわけで義実家に贈るお中元の手配に付き合う。
 歩いても1分と掛からない距離なのに、直接手渡しではなく、現代的に宅配サービスがセットになっているらしい。
 世俗のことはよく分からない。
 
 妹自身は前述のとおり、もともと中元や歳暮といったやり取りを嫌う性格ではないのだが、義父は死んだ父上ほどまで彼女を溺愛できるはずもなく、あるいは親子と思えばこその甘えがそれぞれに出てしまうようで、折り合いが悪いことも多くなったようだ。
 特に思うところはない。誰だって、折り合いの悪い人の一人や二人は居るものだろうし、そういうのは身近な存在との間の甘えによって発生することがほとんどだ。
 
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 僕は子供の頃からヴァーチャル側に生きている。
 自分の能力や、世界に対する価値観を、自分なりに観察して、評価して、その評価に対するフィードバックとして順応している。
 当時からこれは特殊な例だったようで、多くの同世代は、自分の能力や世界に対する価値観を、家族や友人、自身が信頼を寄せたり、より強い力を持っていると認めた相手から与えられた情報を受け容れて、それに順応していた。
 
 どちらがよい、という話ではない。
 僕の場合、食事の所作についてだけは非常に厳しく躾けられた一方、それ以外の、人間の機微についてはさほど教えてもらう機会がなかった。
 一家離散するような出来事がなければ、あるいは僕もまともな人間らしい人付き合いの教えを受けたのかもしれないが、今となっては、この(ある意味、野蛮で社会性を持たない)自分の方が好きである。
 
 しかし当時に比べると、人間達はずいぶんとヴァーチャル寄りになった。
 TVゲームやアイドルのような、ヴァーチャルキャラクタに傾倒し、それを長らく続けることを、かつての社会は「幼稚」だと一蹴したものだ。
 だがゲームは文化になり、ヴァーチャルキャラクタに情愛を寄せることは不自然ではなくなった。
 社会がそれだけ豊かになり、人々はその物質的な豊かさを基盤として、文化的/感情的な多様性を享受している。
 
 問題はその多様性が、必ずしも豊かであるとは限らない、という点だろうか。
 以前も似たようなことを書いたが、物質的に豊かな社会に育つと人間は、与えられたものから選択するだけで満足するようになる。
 一人一人の体型は異なるのに、既製服(だいたい1〜5パターン程度のサイズ構成)で「これでいい」「これがいい」と、幸せになれるのだ。
 
 もちろんそういう幸せが悪いと言うつもりはない。
 ただオーダーメイドでピッタリしっくりフィットする官能を知る者には、既製服では満足できない、というだけの話だ。
 
 僕はたまたま自分でゲームを作り、シナリオやシステムを設計し、キャラクタや世界設定も書き込み、プログラミングまでしていた。
(最終的に、当時のマシンでは実現できずに挫折した)
 そこには思った通りの景色があり、描ける限りの歴史があり、作ったぶんの人種があり、宗教や経済やエネルギィや国家や権力や文化や思想といった様々なものが密接に関わり合うさまを、描ききれない視界の外のものまで感覚することが可能だった。
 物理法則さえ(簡略化されたシステムとして再現する都合上)思いどおりに捻じ曲げることが可能だ。
 
 僕はそういう世界に生きた。
 そういう世界を作り、そういう自己増殖的に自動化されたひとつのヴァーチャルな体系を眺めて、その中に発生するひとつの存在(人間かもしれないし、あるいは類似の、何らかの生命的な何か、かもしれない)の歩む可変的な物語を編んでいた。
 
 だから誰かの描く世界とか、誰かの作った美男美女とか、どこかの会社が営利目的で作ったヴァーチャルであるとかを眺めていて、どうしても窮屈だったり、蛇足だったり、そういった過不足を感じてしまう。
 それはそうだろう。
 そこにあるヴァーチャルは「僕ではない誰か」にとって「ぴったり」のヴァーチャルなのだから。
 
 ためにそうした「与えられているだけのヴァーチャル」に酔いしれて、対価を支払うだけの(まぁ、悪くいえば色恋営業をしている風営店のような)対象を持つ人たちの幸せも分からないではないし、馬鹿にするつもりもない。
 ただ僕は「僕にピッタリ」を知っているから、たかだかヴァーチャルごときなら、自分で作った方がよいと思っているだけである。
 
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 こうした「ヴァーチャルに傾倒しているタイプのオトコ」というのは、昔から嫌われる傾向にある。
 端的に、現実世界に対して「自分の中のヴァーチャルの投影」を求めるキモチワルさがあるからだ。
 古い歌の歌詞にもあるが「理想の女はラムちゃんだなんてふざけるな」といったところか。
 
 しかしそれは彼ら彼女たちのような、半端なヴァーチャル圏棲息者だから起こす摩擦だろう。
 僕は自分で作っているヴァーチャルを知っていたからこそ、現実世界にそれを求めたりはしなかった。
 友人だろうと恋人だろうと家族だろうと、それはリアルの存在である。
 
 ヴァーチャルに浸って、ヴァーチャルを具現することに没頭していたからこそ、現実との切り分けは容易で、かつ絶対的なものだった。
 アタマの中にあるものはヴァーチャル。外にあるものは、自身の認識した現実。
 作るものがヴァーチャルで、与えられるものが現実だった。
 
 当時の僕にとって、理想を求めるのはヴァーチャルに対してであって、現実に対してはただ忍耐と寛容をもって受け容れるしかなかった。
 実際問題、現実世界を作るというのは途方もないエナジィが必要なのだ。
 その点、ヴァーチャルは手軽だ。
 とはいえコンピュータを通して投影しようと思ったそれも結局、モノにならずに終わったわけだが。
 
 あるいはヴァーチャルまで「これでもか」と与えられ、それをTVのプログラムを選ぶようにチャンネルを切り替えるだけで「それなり以上」の満足を得られるようになった現代の人々(特に若い人)は、なかなか思いどおりのヴァーチャルを自作するところまでは到達しないだろう。
 
 それに共産主義国家で生まれ育った人は自由経済主義国家での生活に戸惑うと聞いたことがある。
 冷蔵庫ひとつとっても、いろいろな会社がいろいろなものを並べて「これもいいですよ」「こちらのほうが高性能ですよ」「こっちは安いですよ」と競って視界に入り込もうとする。
 いろいろなことを知ろうとしないと、自分が求めているものが何なのかさえ分からない。
 
 自分がかつて暮らしていた国なら、決まった時期が来れば行政機関から勝手に「これを使いなさい」と与えられる。
 何も迷う必要はないから、何を悩む必要もない。
 選択の自由は素晴らしいというが、微に入り細に入り細かく自分で選んで決めて支払いまでする苦悩を自由というのなら、私はそんなものは望まない。
 
 たしか、そんな話だったか。
 
 愚にもつかない自慰行為のような享楽のためにリソースを浪費するくらいなら、与えられた享楽で満足できるほうがはるかにお得だろう。
 
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 ただ時折、怖くなるときがある。
 
 僕は完全なるヴァーチャルを知っているが、多くの人はそれを知らない。
 不完全なヴァーチャルと不完全な現実との境界が曖昧で、現実からヴァーチャルに対して摩擦を押し付けるならそれは(少なくとも現実世界には)何らの損害ももたらさないのだが、逆にヴァーチャルの投影を現実に擦り付けて発生する摩擦が、人々や社会を、損耗させているように思えるときもあるからだ。
 
 たとえば過度なルッキニズムは、人が現実世界に擦りつけ、人を現実世界に執着させるヴァーチャルの一形態だ。
 その境界面に削られて、人は時に精神の健康を損ねたり、妄執的な整形を繰り返すこともある。
 なぜヴァーチャルをヴァーチャルのままにしてリアルをリアルのまま享受できないのか、僕の様式では分からないが、彼らの様式ではそれが最短にして最適の解なのだ。
 現実世界に対して己の中にあるヴァーチャルを投影するための素体として使えるものなら、何をしてもよい、ということなのだろう。
 
 整形なら自身の身体についてだけかもしれないが、他人の価値観や存在のありようまで己の理想で支配しようとすれば、いわゆるDVのような、暴力を含んだ言動によって他者を支配する行動様式になってゆく。
 せっかくのヴァーチャルなのに、自分はもちろん、誰も幸せにならない。
 
 何がどうあれば、人々がより最適にヴァーチャルとリアルを認識し、切り分けられるのか、僕には分からない。
 現実というのは結局のところ「自分が現実だ」と感じて思った感覚 ── つまり肉体に起因したヴァーチャルでしかないからだ。
 
 あるいはかつて「ゲームなんてしてないで勉強なさい」と小言を言っていた大人たちの危惧したありようが、あれら境界を見失った者たちなのだろうか。
 
<まどろみハーフタイム>
 
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 昨日は昼食をBPと摂ったため、このところ栄養過多である。
 我が家の経済主体たる奥様(仮想)が「高カロリィ食が続いたので胃腸を休ませると良さそうですよ」とおっしゃるので、夕食はヨーグルトで済ませた。
 
 
 
 
 
 
 

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[NEXUS]
~ Junction Box ~
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :工場長:青猫β:黒猫:銀猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Darkness-Diary-Ecology-Interface-Life-Link-Love-Mechanics-Recollect-Season-Stand_Alone-Technology-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Convertor-Reactor-Resistor-Transistor-
 
[Object]
  -Camouflage-Computer-Human-Memory-
 
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[Cat-Ego-Lies]
  :夢見の猫の額の奥に:
 
 
 
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