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TITLE:
人生の対比効果。
SUBTITLE:
~ Secret ingredient. ~
Written by BlueCat
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//[Body]
240417
一昨日、姉と姪と甥が泊まり、今日はBPと焼肉を食べに行く日。
最近、独りでいると一日あたり鍋一杯の味噌汁で食事が済んでしまう。
安くて美味しくてそれなりの野菜や肉や魚を食べられるので、僕の身体には合っている。
足りないときは豆腐を食べたり、アミノ酸をブレンドした(非常に不味い)サプリメント的な粉末を飲む。
プロテイン飲料(に含まれる添加物)が僕の身体に合わないことが多いため、余剰の成分を避けた結果がこれである。
よほど栄養価があるのか、それとも地獄のような不味さのせいか、空腹はすぐに収まる。
>>>
数日前まで昼夜が逆転していたのだが、このところ朝方みたいなサイクルに切り替わった。
まぁ僕は典型的な夜型なので、今はそのサイクル、というだけだが。
0830に目覚めて、松の剪定をする。
数日前は庭の一部の土が極端に痩せているエリアに堆肥を混ぜて、ジャガイモ(冷蔵庫の中で余っていたものに芽が生えた)を植えた。
育つかどうかは知らぬ。育てば嬉しいが、育たなかったらそれはそれ。
「育てなければ」という気負いは自身を傷つける。真面目なフリをして真面目を完遂できないのが僕の特徴だ。男は殺せ、女は犯せ!
>>>
僕は自由が有り余っていると(往々にして余っているが)時々飽和するらしく、飽きてしまう。
「あー、こんなに自由で素敵だなぁ、幸せだなぁ」なんて、飽きてしまったらもうそんな気持ちにはなれない。
こんなにも自由を求めて、自由に使える時間を求めて、デタラメなくらい、傍観者が諦めムードになるくらい自由になった ── 僕の半生を費やしたといって過言ではない ── というのに、飽和した自由の中にあって溺死したような気分になることは度々ある。
「あー、退屈だなぁ、何をしても何もしなくても、この退屈の中で何を為すこともなく死ぬなら今死んでしまえよ、とりあえず眠ろうかな」と思ってしまう。
朝からお酒を飲んでしまうとか、日がな一日、読書や喫煙やゲームや昼寝に費やすというのもしたが、結局飽きてしまう。
自由というのは、それらの容れ物ではあるが、それらの活動そのものが自由というわけではない。つまり僕は絵に描いた餅のような、幻想の、架空の、フィクションの、理想を求めているだけなのである。
そこでその対策を思い付いたのだ。
結論から言うと「ちょっと不自由を混ぜる」のである。スイカに塩を少し掛けるように。
>>>
とはいえ量とタイミングが大事だ。
しおれたスイカに塩を掛けても美味しくないように、新鮮な自由の表面に、舌先を確かに刺激するくらいの不自由を掛ける。
だから計画的に、きちんとした、誤魔化しのない、できるだけ局所的かつ最小限の、明らかに刺激を感じる強度の不自由を用意して塗りつける。
すると自由は格別の味わいをもたらす。
そういえば会社員の頃は勤務時間が好きになるため、様々な価値観的細工を施したものだが、仕事を自由にこなすこと(こなせるようになること)は必須だった。
休日にしか自身の愉悦や存在意義を見出せない人がいることは知っていたが、そうなりたいとは思わなかったので、無理矢理でも価値観を変えることを僕は選んだのである。
不幸にならず幸福を感じるためなら、自分の主義主張などいくらでも捻じ曲げるのが僕の基本方針である。信条にすると捻じ曲げてしまうので方針程度にしている。
「こんな仕事はしたくないな」「こんな組織はうんざりだな」「こんな上司について行けるか」と思ったら辞めてしまうという、今ならそれなりに常識化した考えを、僕は若い頃(だいたい25年前)から実践しては、そのたび周囲から白い目で見られていた。
当時はあまりよろしくないスタイルでしたからね、そういうの。
それでも直接苦情が来なかったのは、僕が親や恋人のすねをかじり、喰い物にしたりは絶対にしなかったから、である。
なので職場の人たちは若干冷ややかであったにせよ、友人も恋人も親も姉妹も、そんなことは知らないことが多かった。未だに僕の職業や職務について彼らの多くは興味も持たない。
これらの観察結果から、人の収入や職務・職業について興味を持ったり、興味を持つフリをしているのは、距離の遠い他人だからと言う結論が導ける。
初対面であろうと何だろうと、そういうことを気にせず付き合える人間は居るし、僕はそういう人間としか付き合わない傾向があるようだ。
>>>
人間関係のよい部分を味わうためには、ほんのちょっと、よくない部分もきちんと味わう方がいい。
多かれ少なかれ、だらしなかったり、抜けていたり、ズルかったり、毒を吐いたり、我がままだったり、弱かったり、そういう人間の方が僕は好きであるし、そういうところを見せ合える関係を好ましく思っている。
もちろんきちんとしている人間が悪いとはいわないが、取り繕って、本性を覆い隠すような人間は、つまるところ嘘つきでしかない。
隠された「よくない部分」がどれくらい邪悪で、どれくらい害があるか、分からないのがよろしくない。
多少はあっていいし、ないとつまらなくて困るくらいだけれど、だからないわけがない。
嘘をつくのは、それくらい邪悪であったり、よくない部分が大きかったりするからだろうと判断できる。これは経験則である。
善人ぶって、正義を振りかざして、被害者ヅラして、怠惰なくせに努力しているフリをして、能もないのにデキる自慢をする奴は、だいたいロクな奴ではない。
平気でDVをするような者は皆、自分が狂っているとか、間違っているとは疑いもしない。
だからダメ人間がよいのである。
あれもできないし、これも分からない、だけどこれは好き(上手とは言っていない)くらいの無邪気な正直さは、賞賛に値する。無論、そういう「フリ」をする奴もいるから気をつけたいが。
>>>
とにかくスイカに塩の対比効果理論を他にも当てはめるなら、幸福と不幸も、どちらかにどっぷり浸かってはいけないことになる。
できれば90%程度の幸福感に、5%程度の不幸感、不運感をプラスすると、格別幸せな気分になれると思う。
逆に90%不幸な状況にあったら、それを誤魔化したり目をつむったりしないで、全力で逃げたり立ち向かったり改善する必要があるだろう。そこにある5%の幸福感に意味を見出すのは構わないが、しがみ付いてはいけない。
そのようなわけで、僕は時々、貧乏になることにした。
お金がなくて食材も買えない、不自由な状況を作るのである。
元々クレカをはじめ、キャッシュレス決済を(Amazon やゲームの決済を除けば)していないので、お金のない日を作ることにした。
しかしこれはまったく効果がなかった。
これによって銀行に行ったとき(よかったぁ)となるかと思いきや、まったく無感動だったのだ。
必要なものといえば、業務スーパーの冷凍ブロッコリィやおかめ納豆でも有名なタカノフーズの豆腐(コスト比で一番美味しいと僕は思っている)くらいのもので、欲しいものは特にないし、あとは公共料金や税金を忘れないように支払うことを意識するしかない。ゲームだって、Fallout4 をいまだにプレイしているし。
まぁ、お金や食べ物に対する欲が強い人は、ときどきそれを我慢した方が、より満足感を得られるかもしれないとは思う。
よく「禁煙明けの煙草が美味しい」と聞くのと同じだろう。僕も間欠的に煙草を吸うことが多いので、禁煙と喫煙を繰り返しているようなものかもしれない。
とはいえ誰だってずっと喫煙したり飲酒したりしているわけにはいかないはずである ── もしかしたらそういう人も居るかもしれないが、それはもう(僕が言うのも何だが)マトモではない。
だから喫煙者は禁煙と喫煙を繰り返していて、酒飲みは禁酒と飲酒を繰り返している。
労働者は労働と休息を繰り返しているはずだし、恋人たちは愛し合ったりいがみ合ったりしているはずである。むしろその方がいいだろう。
よって「愛してる」というのは愛していたりいなかったりすることだし、「嫌いだ」というのは嫌いだったり嫌いじゃなかったりすることであるし、「男は殺せ」というのは男を殺したり殺さなかったりすることであり、「女は犯せ」というのは女を犯したり犯さなかったりすることである。もう犯罪者だよこの人!
大事なことは割合だ。
日常の90%を飲酒/喫煙/セックス/ドラッグに費やしてはいけないが、ずっと労働すればよいというものでもない。
誰かに優しいことは素晴らしいことだけれど、100%奉仕の気持ちでいることは、その状況や環境に100%の素晴らしい結果をもたらすわけではない。
100%完璧な正しさを体現できる人間になってはいけないし、そう思い込んでいたら相当アブないイキモノになっていると自覚した方がいい。
考えてみると当たり前なのだけれど、ついつい忘れてしまって、理想の、夢想の、完璧な幻想を追ってしまったりする。
ヴァーチャルを楽しむのは良いが、染まらないほうが健全である。
もちろん夢想するだけなら良いのだけれど、それを現実に投射して、ましてそこに他人が関わるような状況になったりしたら、もはや悲劇的な結果は免れないだろうと思える。
断言できないのは、僕はそうならないように努めているからである。経験則がないから断言できないだけで、法則からするとそうなる。
良いことも悪いことも、ほどほどに。ということだろうか。

<ビートルズごっこ>
>>>
帰宅して、BPがゲームをしている間、仮眠を取る。
23時頃目覚め、0時頃にBPが帰る。
シャワーを浴びて日記(これ)を書いたので、水でも飲んで眠ろうと思う。
眠るのも、少し、足りなかったり、あるいは眠れないうちに眠ろうとしたりする方が良いみたいだ。
一昨日、姉と姪と甥が泊まり、今日はBPと焼肉を食べに行く日。
最近、独りでいると一日あたり鍋一杯の味噌汁で食事が済んでしまう。
安くて美味しくてそれなりの野菜や肉や魚を食べられるので、僕の身体には合っている。
足りないときは豆腐を食べたり、アミノ酸をブレンドした(非常に不味い)サプリメント的な粉末を飲む。
プロテイン飲料(に含まれる添加物)が僕の身体に合わないことが多いため、余剰の成分を避けた結果がこれである。
よほど栄養価があるのか、それとも地獄のような不味さのせいか、空腹はすぐに収まる。
>>>
数日前まで昼夜が逆転していたのだが、このところ朝方みたいなサイクルに切り替わった。
まぁ僕は典型的な夜型なので、今はそのサイクル、というだけだが。
0830に目覚めて、松の剪定をする。
数日前は庭の一部の土が極端に痩せているエリアに堆肥を混ぜて、ジャガイモ(冷蔵庫の中で余っていたものに芽が生えた)を植えた。
育つかどうかは知らぬ。育てば嬉しいが、育たなかったらそれはそれ。
「育てなければ」という気負いは自身を傷つける。真面目なフリをして真面目を完遂できないのが僕の特徴だ。男は殺せ、女は犯せ!
>>>
僕は自由が有り余っていると(往々にして余っているが)時々飽和するらしく、飽きてしまう。
「あー、こんなに自由で素敵だなぁ、幸せだなぁ」なんて、飽きてしまったらもうそんな気持ちにはなれない。
こんなにも自由を求めて、自由に使える時間を求めて、デタラメなくらい、傍観者が諦めムードになるくらい自由になった ── 僕の半生を費やしたといって過言ではない ── というのに、飽和した自由の中にあって溺死したような気分になることは度々ある。
「あー、退屈だなぁ、何をしても何もしなくても、この退屈の中で何を為すこともなく死ぬなら今死んでしまえよ、とりあえず眠ろうかな」と思ってしまう。
朝からお酒を飲んでしまうとか、日がな一日、読書や喫煙やゲームや昼寝に費やすというのもしたが、結局飽きてしまう。
自由というのは、それらの容れ物ではあるが、それらの活動そのものが自由というわけではない。つまり僕は絵に描いた餅のような、幻想の、架空の、フィクションの、理想を求めているだけなのである。
そこでその対策を思い付いたのだ。
結論から言うと「ちょっと不自由を混ぜる」のである。スイカに塩を少し掛けるように。
>>>
とはいえ量とタイミングが大事だ。
しおれたスイカに塩を掛けても美味しくないように、新鮮な自由の表面に、舌先を確かに刺激するくらいの不自由を掛ける。
だから計画的に、きちんとした、誤魔化しのない、できるだけ局所的かつ最小限の、明らかに刺激を感じる強度の不自由を用意して塗りつける。
すると自由は格別の味わいをもたらす。
そういえば会社員の頃は勤務時間が好きになるため、様々な価値観的細工を施したものだが、仕事を自由にこなすこと(こなせるようになること)は必須だった。
休日にしか自身の愉悦や存在意義を見出せない人がいることは知っていたが、そうなりたいとは思わなかったので、無理矢理でも価値観を変えることを僕は選んだのである。
不幸にならず幸福を感じるためなら、自分の主義主張などいくらでも捻じ曲げるのが僕の基本方針である。信条にすると捻じ曲げてしまうので方針程度にしている。
「こんな仕事はしたくないな」「こんな組織はうんざりだな」「こんな上司について行けるか」と思ったら辞めてしまうという、今ならそれなりに常識化した考えを、僕は若い頃(だいたい25年前)から実践しては、そのたび周囲から白い目で見られていた。
当時はあまりよろしくないスタイルでしたからね、そういうの。
それでも直接苦情が来なかったのは、僕が親や恋人のすねをかじり、喰い物にしたりは絶対にしなかったから、である。
なので職場の人たちは若干冷ややかであったにせよ、友人も恋人も親も姉妹も、そんなことは知らないことが多かった。未だに僕の職業や職務について彼らの多くは興味も持たない。
これらの観察結果から、人の収入や職務・職業について興味を持ったり、興味を持つフリをしているのは、距離の遠い他人だからと言う結論が導ける。
初対面であろうと何だろうと、そういうことを気にせず付き合える人間は居るし、僕はそういう人間としか付き合わない傾向があるようだ。
>>>
人間関係のよい部分を味わうためには、ほんのちょっと、よくない部分もきちんと味わう方がいい。
多かれ少なかれ、だらしなかったり、抜けていたり、ズルかったり、毒を吐いたり、我がままだったり、弱かったり、そういう人間の方が僕は好きであるし、そういうところを見せ合える関係を好ましく思っている。
もちろんきちんとしている人間が悪いとはいわないが、取り繕って、本性を覆い隠すような人間は、つまるところ嘘つきでしかない。
隠された「よくない部分」がどれくらい邪悪で、どれくらい害があるか、分からないのがよろしくない。
多少はあっていいし、ないとつまらなくて困るくらいだけれど、だからないわけがない。
嘘をつくのは、それくらい邪悪であったり、よくない部分が大きかったりするからだろうと判断できる。これは経験則である。
善人ぶって、正義を振りかざして、被害者ヅラして、怠惰なくせに努力しているフリをして、能もないのにデキる自慢をする奴は、だいたいロクな奴ではない。
平気でDVをするような者は皆、自分が狂っているとか、間違っているとは疑いもしない。
だからダメ人間がよいのである。
あれもできないし、これも分からない、だけどこれは好き(上手とは言っていない)くらいの無邪気な正直さは、賞賛に値する。無論、そういう「フリ」をする奴もいるから気をつけたいが。
>>>
とにかくスイカに塩の対比効果理論を他にも当てはめるなら、幸福と不幸も、どちらかにどっぷり浸かってはいけないことになる。
できれば90%程度の幸福感に、5%程度の不幸感、不運感をプラスすると、格別幸せな気分になれると思う。
逆に90%不幸な状況にあったら、それを誤魔化したり目をつむったりしないで、全力で逃げたり立ち向かったり改善する必要があるだろう。そこにある5%の幸福感に意味を見出すのは構わないが、しがみ付いてはいけない。
そのようなわけで、僕は時々、貧乏になることにした。
お金がなくて食材も買えない、不自由な状況を作るのである。
元々クレカをはじめ、キャッシュレス決済を(Amazon やゲームの決済を除けば)していないので、お金のない日を作ることにした。
しかしこれはまったく効果がなかった。
これによって銀行に行ったとき(よかったぁ)となるかと思いきや、まったく無感動だったのだ。
必要なものといえば、業務スーパーの冷凍ブロッコリィやおかめ納豆でも有名なタカノフーズの豆腐(コスト比で一番美味しいと僕は思っている)くらいのもので、欲しいものは特にないし、あとは公共料金や税金を忘れないように支払うことを意識するしかない。ゲームだって、Fallout4 をいまだにプレイしているし。
まぁ、お金や食べ物に対する欲が強い人は、ときどきそれを我慢した方が、より満足感を得られるかもしれないとは思う。
よく「禁煙明けの煙草が美味しい」と聞くのと同じだろう。僕も間欠的に煙草を吸うことが多いので、禁煙と喫煙を繰り返しているようなものかもしれない。
とはいえ誰だってずっと喫煙したり飲酒したりしているわけにはいかないはずである ── もしかしたらそういう人も居るかもしれないが、それはもう(僕が言うのも何だが)マトモではない。
だから喫煙者は禁煙と喫煙を繰り返していて、酒飲みは禁酒と飲酒を繰り返している。
労働者は労働と休息を繰り返しているはずだし、恋人たちは愛し合ったりいがみ合ったりしているはずである。むしろその方がいいだろう。
よって「愛してる」というのは愛していたりいなかったりすることだし、「嫌いだ」というのは嫌いだったり嫌いじゃなかったりすることであるし、「男は殺せ」というのは男を殺したり殺さなかったりすることであり、「女は犯せ」というのは女を犯したり犯さなかったりすることである。もう犯罪者だよこの人!
大事なことは割合だ。
日常の90%を飲酒/喫煙/セックス/ドラッグに費やしてはいけないが、ずっと労働すればよいというものでもない。
誰かに優しいことは素晴らしいことだけれど、100%奉仕の気持ちでいることは、その状況や環境に100%の素晴らしい結果をもたらすわけではない。
100%完璧な正しさを体現できる人間になってはいけないし、そう思い込んでいたら相当アブないイキモノになっていると自覚した方がいい。
考えてみると当たり前なのだけれど、ついつい忘れてしまって、理想の、夢想の、完璧な幻想を追ってしまったりする。
ヴァーチャルを楽しむのは良いが、染まらないほうが健全である。
もちろん夢想するだけなら良いのだけれど、それを現実に投射して、ましてそこに他人が関わるような状況になったりしたら、もはや悲劇的な結果は免れないだろうと思える。
断言できないのは、僕はそうならないように努めているからである。経験則がないから断言できないだけで、法則からするとそうなる。
良いことも悪いことも、ほどほどに。ということだろうか。

<ビートルズごっこ>
>>>
帰宅して、BPがゲームをしている間、仮眠を取る。
23時頃目覚め、0時頃にBPが帰る。
シャワーを浴びて日記(これ)を書いたので、水でも飲んで眠ろうと思う。
眠るのも、少し、足りなかったり、あるいは眠れないうちに眠ろうとしたりする方が良いみたいだ。
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[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Traffics ]
おかめ豆腐 木綿400g(米より食べる頻度が高いので、主食といっていいと思う)
ブロッコリィ(味噌汁や炒め物によく使う)
https://www.gyomusuper.jp/product/detail.php?go_id=4040
アミノ酸スコア100 All9(死ぬほど不味い)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B083SPD9CV/
https://www.gyomusuper.jp/product/detail.php?go_id=4040
アミノ酸スコア100 All9(死ぬほど不味い)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B083SPD9CV/
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[Engineer]
:青猫:黒猫:赤猫:銀猫:
[InterMethod]
-Algorithm-Diary-Ecology-Engineering-Kidding-Love-Maintenance-Mechanics-Rhythm-Style-
[Module]
-Condencer-Convertor-Generator-JunctionBox-
[Object]
-Camouflage-Friend-Garden-Human-Koban-Poison-
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[Cat-Ego-Lies]
:家庭菜園ティストの狂気::夢見の猫の額の奥に:
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