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TITLE:
「TRIGUN STAMPEDE 第3話」までを見た。
Written by BlueCat

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::いい気分だろう?
  これ見よがしに奴らを助けてやって感謝されるのはさぞかし。
  孤独が、癒やされるはずだ。


 

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 2話までを観ていて思ったのは、シーンモデルの少なさと、それを感じさせない作り方。

 たとえば1話で決闘の主戦場になる崖の上の岩場。
 背面の崖と地面のモデルとテクスチャはかなり簡素に作られているように思える。
 クラスタ弾をすべて収めるため遠景に引いたカメラでも、街の全景ではなく尖塔のような岩が映されるだけだ。
 ジェネオラ・ロックの全景はほとんど映されたことがないから、街の全景イメージや形状は理解できないのに、ジェネオラ・ロックがどんな場所で、どんな質感で、主要な施設がどんなであるかを適切に伝えている。

 2話の戦場となる突き出した橋梁のような場所も、同じように簡素なモデルとテクスチャを上手に使っており、それによってジェネオラ・ロック全体の雰囲気をうまく伝えている。
 街の中での接続などはまったく分からないのに、街そのものを表現し、伝えることには成功している。
 僕は趣味モデラなのでつい、見えない部分まで詳細に作り込んでしまう(結果、伝えきる前に駄目にしてしまうことが多い)が、プロの仕事を感じずにはいられない。
 適切な省力化が行われており、しかし手を抜いて、あるいはちっぽけなスケールに感じさせないのは相応に緻密な計算と最適化の結果だと思える。

 3話でさらに新しいシーンモデルが現れるが、やはり全景は理解できないまま街はついに瓦解する。
 EGボマーは颯爽と登場し、あっさり殺される。
 そのスピード感と容赦ない殺戮の数々。ナイヴズの登場と圧倒。
 女子供が殺されるシーンは注意深くさらりと描かれているが、相手を選ばず躊躇なく振りまかれる暴力に対する恐怖をうまく伝えていると思う。
 煙の中で階段を移動するナイヴズの足運びの表現も秀逸だ。

 EGボマーの頭に銃を突き付けるヴァッシュの表情や声の演出は、1話で見せたドジキャラを払拭する。いいシーンだ。

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 視聴者レビューには、原作と異なること ── あるいは設定の流用 ── を嘆く声もあるが、こうした「作品を純粋に楽しめない層」が生まれることは、原作のある作品のむつかしさだろう。
 しかし僕が作り手ならばこうした声を単なる雑音として認識するとは思う。
 作品の評価として見当違いだからだ。

 以前も書いたが、原作が良ければ原作さえあれば良く、それを正確にトレスするだけの別メディア作品など、ただの資源の無駄に思える。
 どのモチーフをどのように活かすかなど些事であり「何を伝え、何が伝わるか」が作品のすべてだし、この作品なら「TRIGUN」あるいは「ヴァッシュ・ザ・スタンピード」を伝えられたなら、それで成功なのだ。
 そしてそれは、今のところ成功しているように見える。

『お前は/あいつは、どっちの味方なんだ』という台詞。
 それを幾度となく向けられ、突き刺され、彼我の間で宙ぶらりんにされるヴァッシュ。

 彼には味方がいない。
 守ろうとした者も、退けようとした相手も、彼らが対立をするため、搾取も争いもやめないために。
 両者の間に立って融和を求める強者は、涙を流す資格さえ持たないのだ。
 誰かを守ろうとしたことに対する報酬が虚無のような孤立なのだとすれば、こんなに哀しいこともない。
 そしてそれは往々にして現れる真実のように僕には思える。

 味方を作る方法は簡単だ。
 たとえば弱者であり続けること。
 たとえば対立の中にあって、融和など訴えず、考えもせず、争いと攻撃と保身と復讐に身を投じること。
 たとえば敵をいつまでも作り続けること。
 そうすれば、いつでも簡単に、味方を作ることができる。
 その安っぽさをさておいても、そうした味方を作って徒党を組む連中は現実世界にも観察されるように思うがどうだろう。

 味方になるのはシンパシィを感じたからか。
 それとも敵対しない方が得だったからか。
 正しさを訴えるのはその正しさを証明するためか。
 それとも過てるさらなる弱者を作り上げて攻撃するためか。

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 原作と派生作品との関係は、フルーツ入りマヨネーズソースのサラダのようなものだ。
(あるいはピッツァや生ハム、酢豚でもいい)
 新しい要素を含んだそれを渾然と楽しめる者もいるが、許容できない者もいる。
 フルーツはフルーツで食べられるのに、サラダはサラダで食べられるのに、そのマッチングに嫌悪する。
 フルーツにマヨネーズ。サラダに甘いフルーツ。
 許容しがたいと、僕も子供の頃は思っていた。

「サラダはサラダ、フルーツはフルーツ」と思っている人は、両方が一体化した料理を料理として認められず、味わうことができない。
 それは単なる嫌悪感に過ぎないのだけれど、嫌悪感はきっと生きる上で大事なものなのだろう。
 僕だって最初(第一話の前半)は、ちょっと嫌悪感を覚えたから、それが分からないわけではない。

 嫌悪感のままに嫌悪し、分けて食べる(あるいは分けても食べない)幸せもある。
 嫌悪感の有無はともかく、ありのままを味わう幸せもある。

 オリジナルの呪縛から離れられない人は、ミリィの不在、メリルの職業、ヴァッシュの髪型や眼鏡、etc.,etc...あれやこれやと不満を唱えている。「これはTRIGUNじゃない」という
意見まである。

 何かが足りない。何かが余計だ。
 確かにきっとそうだろう。オリジナルに足りず、オリジナルに蛇足し ── 。
 では何がどうなら「JUST TRIGUN」なのか。

 3話までしか観ていないが、十分に「ヴァッシュ」の葛藤や苦しみ、孤独が描かれ、充分に「TRIGUN」として鑑賞できると僕は感じている。







 

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::お前は変わらない。口先だけの夢想主義者だ。


 

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[出典]
~ List of Cite ~
文頭文末の引用は、
「TRIGUN STAMPEDE Episode 03」
によりました。

 
 

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[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Traffics ]
 
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[Engineer]
  :工場長:青猫α:青猫β:黒猫:赤猫:銀猫:
 
[InterMethod]
  -Diary-Ecology-Mechanics-Stand_Alone-Technology-
 
[Module]
  -Condencer-Reactor-
 
[Object]
  -Contents-Human-Memory-
 
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[Cat-Ego-Lies]
  :本棚からあくび:Webストリートを見おろして:
 
 
 
//EOF