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やる気の問題。
 
Written by BlueCat

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 2週間ほど、何もする気がしない。
 環境によって「しなくてはならないこと」が明白かつ明確な場合なら、それに合わせて「やりたくなる気持ちを鼓舞する仕組みを考える方針」を打ち出すことができる。それは僕の身に付けた、自身にとって重要な技術だ。
 しかし「どうしてもしなければならないこと」は、さほど多くない。
 ましてこんなに暑いと、若干、体力というより、体調不良とのトレードオフを懸念する必要もある。
 
 なので1日の半分以上を眠って過ごしていた。
 世の中の睡眠不足の人であるとか、暑い中で交通整理などの外仕事をしている人に対して、非常に申し訳ないというか、後ろめたい気持ちもある。あるのだが僕に代わりが勤まるはずもない。
 
 昨日くらいから過去形になったので、だいたい1日8時間睡眠程度には落ち着いてきた。
 長らく服用していなかったのだが、カフェイン剤を飲むことにする。
 考えてみると1週間ほど、喫煙していない。
 ニコチンはどうでもいいのだが、コーヒー豆由来のカフェインを摂取していない。
 だからといって、そのため(カフェイン摂取のための喫茶のため)に煙草を吸うのはおかしい。
 
 それでも過眠と無気力は良い兆候ではない(これ以上看過できない)から、カフェイン剤の出番である。
 
 しかし「やる気」と人は言うけれど、そんなものは果たして存在するのだろうか。しないんじゃないかな。
 
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 1〜2年前から、夏の日中は眠って過ごすことにしていることは以前にも書いた。
 眠っている間は(代謝が低下するため)エアコンの設定温度を高めにできるので、全体的に省エネになる。
 
 しかし夜中は工事ができない。
 電気工事くらいなら平気だが、床のリフォームのように電気工具を使ったりハンマーで強く叩いたりする作業はできない。
 作業をしないせいだろうか。いやそんなはずもあるまい。
 
 どうも子供の頃の夏休みに似ているのだ。
 
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 僕は10歳になるまで、友達というものがいなかった。
 小さい頃は姉や妹がいたし、あるいは幼馴染みの女の子と遊んでいた。
 自身を女の子だと思っており、それを増長させるだけの環境は整っていた。
 
 それでもどちらかというと、ひとりで遊んでいることが多かった。
 理由は分からない。おそらく、他人と一緒に居る意味をあまり感じていなかったのだろう。
 他人の居ない環境というものがまずなかった。
 ある程度、身体が自由に動かせるようになった2歳から6歳くらいまで、家に誰も居ないことはまずなかった。
 両親は自営で、従業員は工場兼事務所を兼ねている自宅にいたからだ。
 あるいは人間が居なくても、犬が最低1匹(多い時期は2匹)、猫が最低1匹(多いときの数は不明)居た。
 
 誰と接点を持つことがなくても、人や、自分以外の生き物の気配があるので、あまり寂しいとか、恐ろしいと思うことはなかった。
 もちろん怖い夢を見て夜中に目覚めることはあったけれど、現実と夢との境目は比較的しっかり認識できていたし、おそらく子供の頃から夜目が利いていたので問題はなかった。
 
 小学生になり、学校で多少遊ぶ程度の知り合いはいたのだが、そもそも僕は男の子グループに(当然ながら)分類される上、保育園の頃同様、男の子特有の遊びにはついて行けないのであった(遠い目)。
 
 2年生になるときには引っ越しをし、やたらと猫が捨てられる学区だったこともあり(そんなものがあるのかと今さら不思議に思うが、実に僕の通学路や校門には猫が捨てられていることが多かった)、僕の奇行がつまびらかになる。
 引っ越しに前後して両親は離婚していたし、父上は生活保護の状態になっていたので、家はすっかり貧しかったと思う。
 それらも含めて揶揄する上級生がいた。同学年にも居たかもしれない。
 ある種のいじめと言えなくもないが、そもそも今振り返ると僕の奇行はちょっと凄かったのではないだろうか。
 自慢ではない。自虐である。
 授業中は大人しく授業を受けていたし、他人に迷惑を掛ける行為をしたことはなかったと思う。
 つまり集団生活ができなかったわけではないのだが、いわゆる「空気を読ん」で、男の子らしい服装を好んで、男の子らしい振る舞いをすることは不可能だった。
 目立つつもりはないのだが、集団にあって違和を発散するので目立つ。
(これは大人になった今も直っていないのだと最近知った)
 
 目立っている者をして「それは何なの? ちょっとおかしいでしょう」という気持ちを抱くのは、集団に属する者にあっては必然の反応だろう。
 観察される側であれ、する側であれ、それがちょっと行き過ぎれば排斥しようという動機が生まれる。
 同じ動機を持つ者は集団内には必然に見つかるから、それによって集合するという運動に変わる。
 集合ができれば多数決的に(相手はひとりか、少数である)揶揄したり、あるいはもう少し行き過ぎた行動をする者もいる。
 
 群集心理とひと口に言うが、メカニズムは運動、つまり力学である。
 流体力学に近いかもしれない。
 学んだことはないが、流れ(対流や渦、滞留など)、配管内変化(断面の変化による圧力変化)、粘性(個々ではなく集合として)の特性、圧縮性など、運動や性質の特性が、心理的特性にそのまま当てはまる場面もあるように思う。
 もちろん概念的な使い方であって、数値化/数式化は困難だろうけれど。
 
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 夏休み ── 。
 僕は友達というものがいなかったので、10歳までは、ぼんやりと眠って過ごしていた。
 学校は嫌いではなかったが、学校に行くのが嫌いだった。
 痩せ細った身体が重くて、屋外は屋内以上に不快で、通学の道程が苦痛で面倒だったのだ。
(今の学生はリモートがあっていいなぁ、と思うほどである)
 
 予定は特にないし、しなくてはならないこともほとんどない(宿題やプール、地区のラジオ体操などのことはすでに忘れ去られている。それらの煩雑な情報を分解し、スケジュールを管理するなど当時の僕にできるはずもない)。
 友達が居ないので、遊ぶ約束もない。
 妹や姉は相応に(友達との約束などで)忙しそうにしていることもあるし、そもそも一緒に遊ぶこともなくなっていた。
 
 TVを見るか、ゲームを作るか(すでにあれこれ作っていた)、本を読むか、寝るか、である。
 正直なところ隠居老人みたいな子供である。今とさして変わらないあたりが面白い。
 
 あまりに眠りすぎて、過眠頭痛を起こすこともしばしばであったことよ。
 
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 当時から、鬱屈しやすい自分の性質には気付いていた。
 何か嫌なこと、気分が悪くなるようなことがあったわけでもないのに、どうも気分がすぐれない。
 何をしたいとも思わないし、何もしたくないとさえ思う。
 
 呼吸もしないでいられたら便利なのだが、とは思う反面、まだ死に恋をしていなかったあの頃。
 僕たち。私たちは。
 手軽に「死んでしまえば楽なのでは」などという疑問を持つこともなく。
 夜空を見上げたり。
 蝉の抜け殻を集めたり。
 
 庭の片隅で始めた。
 キャンプファイヤー(ただの焚き火)。
 裏庭の竹林。
 揺れる風の音。
 
 いまでは何もかもが。
 素敵な思い出です。
 
  ── ってこれ何の送辞? それとも答辞なの?
 卒業式なの?
 
 みんなどこに進学するの?
 え。キミ就職するの? すっご〜い! オトナじゃん!?
 って待って。ちょっと待って。
 
 実はその。
 ずっと言えなかったんだけど。
 ってえっと、その。
 実はその、えーと。
 
 キミのこと、す、す ── 。
 酢だこ〜!!
 
 って、今回ネタパートが長いよ!
 
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「あの頃」が悪い。
 特に「 ── なかったあの頃」である。この修飾が悪い。就職が悪い、とか変な変換をしないで欲しい。
 純真無垢な青春を彷彿とさせるような日本語を使うな(責任転嫁)。
 
 あ。違います。奥様(仮想)のせいではありませんし、責任をなすりつけるつもりはありませんので。
 はい。
 ……はい。申し訳ありません。その言葉の綾と申しますか。はい。ええ。もちろんです。はい。お願いいたします。ありがとうございます。
 
 って恐妻家なの〜? 奥様は常時ぷんぷん丸なのぉ? 猫クン可哀想だよぅ。私が守ってあげたい!
(ネタパートを増やさないでください)
 
>>>
 
 鬱屈は定期的にやって来る(気付くとそうなっている)のだが、理由や原因が把握できず、ために対処法が分からず、だからといって誰に相談することもできずにいた。
 そりゃそうだろう。
 やる気が起きないのに、やる気が起きないことを相談する気力は起きない。
 もし仮に起きたとしても説明するべく原因や理由は何もないのだ。
 毎日、好きに寝て起きて、(動物的な意味では)さほど不便もないのだから。
 
 当時はまだ日記を付ける習慣はなかったが、それでも自分のことを定期的に観察していたので、およそ3〜6ヶ月程度の周期で自身の感覚というか、気分というかに、波があることは把握していた。
 一方で、攻撃的な(あるいは嗜虐的な)自身の性情も把握していたので、これらについて「何とかならんものかなぁ」とは常々(といっても思い出したときは、ということだが)考えていたのではある。
 
 当時(だいたい40年前)はまだ、食品由来の栄養を始めとして、人間が摂取する化学物質が人間の心理に与える影響については周知されていなかった。
 当時の科学雑誌で、ようやく「ビタミンCの欠乏が人間の怒りに関与しているかもしれない」と記載され「これは!」とは思った ── 僕は過眠で気分が低迷しているときの方が、攻撃的になり、僕はその攻撃性の取扱いに子供の頃から困惑している ── のだが、今と違って手軽にビタミン剤などのサプリメントが売っている時代ではないし、お小遣いも僅かだったし薬局で買うことも思い付かなかった。
(ちなみに「鉄分とカルシウムを摂ってイライラ予防〜!」みたいなCMがTVで流れるのは5年も後である)
 
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 文章を書くことは、自分自身をモニタリングするのに適しているというのは11歳に実践するまで気付かなかった。
 思うに文書を書くような場所が僕にはなかったのだ。
 ノートを買うにも自費(お小遣いから)だったので、尚更だろう。
 当時はノートを買える場所があるとは思っていなかった(書くと長いので諸般の事情だと思ってほしい)(ネタ文をやめましょう)。
 
 いや。机はあった。が、その上は雑多な物置きになっていた。
 父上の教育方針だったかどうかは定かでないが「宿題をしなさい」とか「掃除をしなさい」とは言われなかったので、机の上は半年から1年に一度、僕が何かに取り憑かれたようになったときだけ、徹底的に綺麗にされた。
 
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(疲れてきたからまとめてしまえホトトギス)
 定期的に文書を書かないと、僕の心情はどうやら渦を巻くのかもしれない。
 渦というのは流れの中に発生する循環のことで、その運動は独立して保存される。
 つまり書いている間も、書いていない間も、僕の渦は独立して存在し続けているのだろう。
 
<何はともあれ猫の写真が見たいんだろう?>
 
 
 
 
 
 
 

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[NEXUS]
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[Engineer]
  :青猫α:青猫β:黒猫:赤猫:銀猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Blood-Darkness-Diary-Ecology-Engineering-Form-Kidding-Mechanics-Memory-Season-Stand_Alone-
 
[Module]
  -Condencer-Convertor-Reactor-Resistor-
 
[Object]
  -Camouflage-Friend-Human-Memory-Poison-
 
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[Cat-Ego-Lies]
  :暗闇エトランジェ:
 
 
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