// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:211231
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
年越し大出血。
SUBTITLE:
~ Bloodshed. ~
Written by BlueCat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
211231
 
 昨晩やって来た25歳の飲み友達を朝、見送る。
 火鉢で焼き肉をしながら酒を飲んだのである。
 
image
<ステーキ肉も焼いた>
 
 彼(男性である)と知り合ったのは3、4年前だったろうか。
 ときどき会って酒を飲む仲になった。
 医療従事者なので、2020年はほとんど行き会うことができなかったし、今年も今回が2回目くらいだろうか。
 
 状況を整えるのにはまだ時間が掛かりそうだけれど、彼を養子に迎える予定でいる。
 僕が死んだ場合 ── 予想外に資産や債務を保有してしまったため ── それを管理できる人間が必要である。
 不動産を含むので、法定相続にすると(今回の「代襲相続のため従姉妹を含め相続人が計19人いる」といった具合に)厄介なことになりかねない。
 僕の姉妹だけを考えても、お金をまともに管理できない長女、もうじき死んでしまうだろう次女、失踪している三女、10万円単位以上の金額になるとうまく把握できない妹しかいない。
 
 かくいう僕ですら、自動車を購入するのにあたって奥様(仮想)と揉めている。
 奥様(仮想)は僕が買おうかと思った自動車について、もろもろの数値情報を統合的に処理した上で「買ってしまって問題ない」と判断しているのだけれど、いかんせんこれまでの人生において、僕は(葬儀やお布施以外で)100万円単位のお金を使ったことがなく、物怖じしている。
 
 僕の身の回りにあるものは基本的に、高くてもひとつあたり30万円(ちなみにコンピュータと自転車がだいたい同額)である。
 僕の身の回りにあるものがいかに低廉な価格で、僕がふだんからいかに安いものに囲まれて生きているかが窺える。
 高価なものに慣れていないのだ。かれこれ3度は葬儀をしてきたし、お布施や石屋さんとの取引も3度ほど経験したが、ああしたものは仮に高額でも形が残らないからいいのである。
 そもそも(名義上はともあれ)自分のお金ではないから気になることもない。
 
 しかし(税務上の実態は別にして日常生活の上で)僕は無職であり、僕が(我が家の経済主体たる奥様のための)専業主夫である以上、動かしているお金はすべて奥様(仮想)のお金である。
 基本的にすべての運用を任されてはいるが(債務もあるため)時間も含めたリソース総量とそれに掛かる責はさほど軽くはない。
 ついでに僕の姉妹はそれなりに裕福な家庭に生まれたにもかかわらず、そのまま貧困な一家に転落して育ったので、お金の使い方はもちろん、経済との付き合い方にも長けておらず、僕自身とてその例に漏れるものではない。
 
 この状況下で、たしかに奥様(仮想)の言うとおり「きちんとエアコンが付いていて」「エンジンが爆発することもなく」「短期間での修理や買い換えを必要としない」自動車を購入するのは理にかなっている。
 ── あまりにも安い車(10万円)を買ったため、一昨年は「エンジンが爆発」し、買い替えて現在乗っている軽トラは「エアコンがないため」に熱中症に罹ったりする(ちなみに13万円)。
 
 車種を含めたすべての属性について、僕の好みだけで選ぶとしても ── 「好みでない道具」を持つことはすなわち、長期的には買い換えの可能性を高くする ── そのうえ、それが奥様(仮想)の可処分所得の範囲で購入が可能だとしても、その金額の桁について僕が扱い慣れていないため、顕在的には躊躇し、潜在的には恐怖するのである。
 
>>>
 
 あるいは僕以外の姉妹であっても、この立場になれば相応に分別がついて相応に判断力が身に付くのかもしれないがしかし、あまり期待できるものでもない。
 
 たとえば長女は、僕の家族が裕福な時代に生まれたにもかかわらず、お金の使い方を覚える前に(一家離散したため)自活することになった。
 必然かどうかは分からないが、何らかの欲を消化することができず、取り憑かれたようにモノを買っては溜め、不明な浪費癖がある。
 妹は(一家離散の原因が、父の会社の倒産によるものであることが遠因だと考えているが)負債について、その額が大きくなればなるほど、無意味に恐れる。
 現在、僕と妹が相続した債務は億単位なので、マネーフローの認識にバイアスが働いて適切に管理できないだろうと判断されるのはそういう理由からだ。
 
 僕はそもそもその額の債務を負うことになることを承知していたが、それでも不動産というモノと概念に慣れていなかったので、わざわざ不動産会社に転職したほどだ(幸か不幸か1年ほどで社長が死んでしまって以来、無職だが)。
 
 聞くところでは、特に関東地方の人間はお金の話をしたがらないという。
 実際、僕の周囲にいる人間は、自分の月収についてさえ ── まるでそれが自身の価値の指標だといわんばかりに ── つまびらかにしたがらない。
 なるほど資本主義の民主国家において、人々は「職業選択の自由が与えられており、競争によって ── つまりは自身の持つ能力を当然に発揮することによって ── 必然にその選択と能力に応じた収入を得ることができる」というのが建前として存在しており、我々はそれを未だに信じて暮らしているとは思う。
 
 実際に今の立場(僕は仮想専業主夫である)になって思うのだけれど、収入がその人間の能力に比例するというのは(少なくともこの国では)特例的な現象である。
 またその人間の価値や品位というのは、経済に必ずしも依存しない。ゆえに収入(あるいは属人性の可処分所得)は、それの属する人間の能力にも価値にも、ましてや気位にも関係しない。
 たとえば現状で僕が人道にもとる行為を行ったとしても、僕の収入は変化しない。
 
 不動産をはじめとした不労所得のすべてについて、そのリソース自体を個人の手で積み上げるようなケースを除いて、それはただタナボタのように降って湧いたものであって、個人の優劣には関係しない。
 そしてまた、多くの不労所得は(それが印税であったとしても)権利として相続される。つまりタナボタされる。
 相続する者の、能力にも、価値にも、気位にも関係なく、血縁であることによって相続される。
 
 個人主義と経済至上主義の蔓延したこの国家にあって、他者のうちに気位を育てることは簡単なことではないだろう。
 いたずらに正義や倫理が暴走し、仮象の聖人が我勝ちに「正しさ」を振りかざすとき、人はそれがヒトという動物であるが故に狩られる側に回る。
 我々は、それが動物に由来する以上、論理に基づいた完璧な「綺麗」を演じられるものでもない気がするからだ。
 
>>>
 
 午後から書架に本を収める。今日は段ボール3個分。
 書架に本を収めていると、どういうわけか涙が出る。あれか、埃アレルギィか。
 悲しいわけではないし、どちらかというと「嬉しい」とか「懐かしい」に近いのだが、泣くほど嬉しいわけでもないし、懐かしいわけでもない。感動の再会といったって、ずっとこの家に置いてあるのだから、いうほど感動でもないだろう。
 いったいどういう情動が作用しているのか、まったく理解できない。
 無自覚にも感慨深く本を収めているうち、夜になる。今日もとても寒い。
 
 火鉢に残っている昨日の火種を使って炭を起こすことに慣れてきた。今日も大成功だ。
 机代わりに使っているスチール棚の再下段に置いているので、スチール棚全体が熱輻射をする。再下段は足置きでもあるので(火鉢に直接触れない限り)非常に快適だ。
 
 夜になって入浴後、いつものように ── この2週間ほど、毎日のように食べているのだ ── ネギとその他のグリルを作ろうとしていたら、包丁を指に突き刺してしまう。
 
image
<過日のネギグリル。今回は撮影不能>
 
 運悪く昨日研いだばかりで、ついでに鋼でできているので切れ味はバツグンの上、風呂上がり直後で皮膚も柔らかい状態だった。
 深さ5mm、長さ10mmほどの傷口から血が流れ、長ネギとまな板は血に染まり、傷口を押さえて20分ほど経っても止血しないので苦労した。
 傷口から細い血管のようなものも見えたが、貧血を起こしそうなので観察するのはやめた。
 病院に行くほどでもない(救急車を呼ぶほどでもない)と思うが、いかんせん血が止まらない。当然運転もできないし、今は零時も回った深夜である。
 
 人間型の恋人を呼ぶことも考えたが、どういうわけか人間型の僕の恋人というのは、そもそも年末年始に一緒に居たことがない(クリスマスに訪ねてくることも稀である)。きっと静かな時間を好む僕に気遣いしてくれているのだろう。
 奥様(仮想)は零次元体なので、僕の替わりに包丁を握ったり、自動車を運転したり、手当をすることはできない。
 結果として、自分の右手と口しか使えないのである。
 
 止血のため、血管の元を絞めようと考えるが、輪ゴムでは面積が小さいため圧力が高くなって傷口が(がま口のように)大きく開いてしまう。
 キッチンペーパを巻いた上から結束バンドを3本ほど使って(10分ほどか)強く押さえることを2度ほど繰り返し、どうにか流血を少なくした。
 しかし絆創膏を貼ってもすぐ血に染まるし、糊の粘着力が強いため張り替えのうちに皮膚がかぶれたり、剥離することが予測された。このままでは眠ることもかなわない。
 
 ここでセメダインCの透明タイプがあったことを思い出したので塗りつけ、止血に成功する。
 時々、血豆のように内部の出血が圧を持って、弱い部分から出てきてしまうことはあったが、買ったばかりのベッドや布団を汚すこともなく済む。
 しかし止血に使った道具がすべて工業系だ。比較的多めの出血を前に、絆創膏なんて役に立たないのだ。
 
 年の終わり(あるいは新年早々)怪我をしたわけだけれど、左手の人差し指だったことは不幸中の幸いだった(無理矢理の納得)。
 セメダインが固まるのを待って、料理を再開し、3時頃眠る。
 
 流血騒ぎ以外は、静かな年末。
 今年も穏やかないい1年だった。
 というところまで書いて、一年を振り返るいくつかの文書について思い出すが、直後に忘れることを決定した。
 
image
<すべて忘れて眠ってしまおう>
 
 
 
 
 
 
 

// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
 
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  :青猫α:青猫β:黒猫:
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Blood-Diary-Ecology-Engineering-Link-Maintenance-Mechanics-Stand_Alone-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Reactor-Transistor-
 
[Object]
  -Human-Koban-Tool-
 
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
  :ひとになったゆめをみる:
 
 
//EOF