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TITLE:
生者の国。
Written by BlueCat

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 お盆というものがどういうものなのか、知ってはいる。
 しかし長い間(およそ40年。生まれてからほとんどの時間である)お盆という行事をしないで生きてきたので、どういうものなのか、感覚としてはよく分からない。
 帰省する故郷を持たないし、帰るべき実家というものもない。
 
 前者は、僕が「今いる場所」を遠く離れる必要を感じたことがない帰結である。
 数年前、就職で京都に行くことになりかけたが、地元のかつての取引先に勤めることになったので結局群馬にいる。
 栃木県(の群馬県との境寄り)で暮らしたことが20年近くあったが、近所の川を越えると、もう群馬県だった。
 群馬県は、火山(温泉)が多いわりに、地震による被害が少ない。地盤が固いのだろうか。
 台風もまともに直撃することがほとんどない。平野部の土砂災害も少ない。これは山に囲まれているせいだろう。
 知名度がひどく低いのは僕には好都合だ。
 地方都市化が進めば、僕はもっと山奥に逃げることを考えなくてはならない。
 だから自慢できるような名物名所が何もないことが、そのまま優位性を持つ。
 落雷による被害はこの10年ほどで大きく減った。ただし夏の気温はかなり高い場所になったと思う。
 
 学生時代、東京に憧れる友人や恋人もいたが、僕にはぴんとこなかった。
 どこに行っても、結局何も変わらないと思っていたし、何より僕は人混み恐怖症だった。
 都会への憧れが皆無で、むしろどこまで辺鄙な場所に行けるかを夢想していた。
 結局のところ、その「憧れのどこか」が遠ければ遠いほど、掛かるリソース(お金や時間やコネクションや準備)が大きくなることは変わりなく、そのときは良いと思っていた場所が、棲んだら思ったより良い場所ではなかった、なんてこともあるような気がする。
 
 たとえば子供が成人する前なら、学校や買い物をする場所、公共交通機関の近くが住みやすいだろう。
 しかし子供が独り立ちしたら、夫婦でなのか独りでなのか、過ごす場所がそこになる。
 子供の身体が未成熟だったように、自身の身体は徐々に衰えて、階段を上ることもいつかはできなくなるだろう。
 だからそのときどきで、人にとって快適な、あるいは理想的な場所というのは変わるのだろう。
 
 余談だが、恋人は関東を離れていることもあった。
 九州や北海道、四国とか佐渡島とか、そういうところに恋人がいるのはなかなか素敵ではないだろうか。
 そこまで離れていなくても、片道で2時間程度の距離にいれば、ちょっとした遠距離恋愛ではあろう。
 とにかく会うのに時間が掛かるというのは、決して嫌なことばかりではない。焦がれるのも愉しい。恋路を行くのも長くて愉しい。
 かの郷ひろみさんも歌っていたではないか(目を閉じても恋人の顔を思い浮かべる能力が僕にはないが)。
 
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 24歳で一人暮らしを始めて、27には父上が鬼籍に入ったので、つまるところ3年と少し、実家があったことになるか。
 それでも帰るべき実家に戻らなかったのは、つまり故郷が近いからということもあるし、一人で暮らすようになったら実家にいても落ち着かなくなったというのがある。
(出戻った姉に僕の部屋を占拠されたために一人暮らしを始めたのでなおさら)
 父も妹も(あるいは他の姉妹も)僕のことを憎からず思っている人が多いのだけれど、僕はどういうわけか、血縁家族に対してそんなに強い慕わしさを感じないのである。子供の頃からずっと。
 
 幸い、父上が亡くなる前後は一緒に仕事をしていたのでほとんど一緒に居ることができた ── ために葬儀などの手配や進行は対外的にも有利だった ── し、母上が亡くなるときも ── すでに現在と同様、無職だったので ── 見舞いに行くのは簡単だった。
 
 本来なら叔母の嫁いだこの家の墓を(まがいなりにも嫁ぎ先の本家らしいので)僕が守る必要があるのかもしれないけれど、それこそ本来なら墓仕舞いをすぐにしていたはずなので、何をどうするものでもない。
 また直系の血縁者がこの家系では途絶えてしまったので(僕はその、滅んでしまった家系の最後の家に、どういうわけか棲んでいるのだ)もはや盆の挨拶に来る者もいない。
 高齢の方が多いし、世俗の様子も考えるとその方が適当なようにも感じるのだが、時節のやり取りであるとかを重視する人たちは少なからずいて、そういう常識から僕自身の価値観は遠く離れているけれど、慣習を最優先する価値観があることを僕は知っている。叔母夫婦もそうであったし。
 それでもやり取りを強要する人が少ないのは、僕にとってはありがたい(嬉しい)ことのひとつだ。
 義理の叔父方の親族にも、いい人はたくさんいるし、気掛かりにならないわけでもない。
 けれどもそれをすべて気にしていれば、結局人間関係が複雑になって、しがらみが増えてしまう。
 どんなに好意的な関係であっても、あるいは好意的な関係であればこそ、側にいるときはいいのだけれど、離れるときに抵抗になる。
 
 しがらみというのは漢字で「柵」と書く。いかにも不自由そうである。
(ちなみに「さく」と同じ意味ではない)
 なぜこんなに不自由を嫌うのか、自分でもよく分からない。
 おそらく子供の頃から、けっこう自由だったのかもしれないと最近は思う。
 経済的な制限は多かったし、人間関係も制限があったけれど(そもそも人間関係は制限が自動生成されるメカニズムを持つ)、僕個人の選択はかなり自由だったと思う。
 
 あるいは不自由が、自分をつなぎ止めるくさびとして、あるいは自分を包み込む防御壁として、安心だと思う人もいるのだろう。
 そういう人たちにとって、人間関係は非常に重要で、なくてはならないもののように感覚されるのだろうと思う。
 ちょうど草食動物や小型の魚がそうである。
 群れを作る必要性を感じ、あるいは本能的にそこに安寧を見出す。
 そう考えると、僕は大型の肉食獣か何かか。
 群れない点で、狼ですらない。
 
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 墓を仕舞ったわけではないので、お寺との付き合いは続いている。
 義理の叔父に罪はない(死して呪う必要がない)ので、墓の手入れくらいは時折にするのだが、当人は死んでいるし、直系の親族もいないし(いたとして誰も訪ねてこないし)僕は本来、父上と母上の子だし(しかし両者とも墓を持たない孝行者である)で、フクザツな心境ではある。
(死してなお)呪われた叔母の遺骨は(彼女自身の業により)、埋葬されずにまだ置いてある。
 
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 おそらく「人間関係を大事にする人たち」にとって、疫病のためであるとか、自然災害のためであるとかによって、往き来ができない状況は、相当なストレスになるのだろうと想像する。
 悲しくなったり、あるいはイライラしてしまう人もいるのだろう。寂しい思いをしている人もいるだろう。
 あるいは往き来をしたくないけれど、しなくてはならない人にとっても同様だ。
 板挟みのプレッシャの中では、いかなる決断も何らかの危惧を抱える。
 
 続く雨空を眺めて思う。
 いろいろなことが、僕のような少数派の人間にとってだけ都合のよい世の中はよろしくないのではないかと。
 たくさんの人たちが、何気なく日々を過ごして、喧嘩したりしながらも、笑って過ごせる世の中のほうがよいと。
 
 
 
 
 
 
 

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[NEXUS]
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[Engineer]
  -青猫α-/-青猫β-/-黒猫-/-銀猫-
 
[InterMethod]
  -Blood-Darkness-Diary-Ecology-Link-Love-Memory-Season-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Generator-
 
[Object]
  -Human-Memory-
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[Cat-Ego-Lies]
-ひとになったゆめをみる-
 
 
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