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// TimeLine: <2021-03-21>
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TITLE:

天才肌の撫で心地。

SUBTITLE:

~ The Lemmings. ~

Written by BlueCat


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::「過去は変えられない」なんて言う奴が君のまわりにもいるだろう。
 しかしそんなことはないはずだ。よく考察してほしい。
 何一つ変えることができないのは、過去ではなく現在だ。僕たちはこの瞬間、何一つ変えることができないまま、今を流されている。
 自分で何かを選択しているだなんて、とんだ思い違いだ。僕らはだいたい惰性で流されている現状に言い訳を繰り返しているだけさ。

 一方で、過去の意味なんてコロコロ変わる。
「昔は良かった」なんて懐古調に語ってる奴なんかはてきめんにどうかしている。控えめに表現してもアタマがオカシイと思うよ。実際にその時代に行って検証してやりたいくらいさ。まず間違いなくそいつらはその頃 ── つまりは昔 ── から自身の置かれた現状に対して文句を並べるくらいしかしていなかったはずだ。「今が一番素晴らしい」なんて思っていようものか。そもそも現状に対する不満を並べる指向性を持っている個体だからこそ過去を振り返って「昔は良かった」なんて絵空事のように美化できるんだ、あるいは「未来は可能性に満ちている」とかね。

 そこに居ない人間が、そこに居ない奴を相手にホラを吹くのは勝手だよ。
 ただ、みんなよく考えるべきだとは思うんだ。
 現在は変えられないし、過去はその意味を変える。
 これは批判ではなくて事実だ。そして非難ではなくて価値の承認だ。
 過去が意味を変えれば、そして現在が不変であればこそ、未来はその位置を変えるんだ。

 

 

 


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//[Body]
 0321。
 バイト先からの帰宅中、体調に変異を感じ帰宅後検温(まともな体温計がないので、24時間営業の薬局まで走る)。
 体温はおよそ38℃。
 子供の頃は、発熱していても肉体機能にほとんど影響しなかったが、30代くらいから運動機能に直接影響を与えるようになった。
 平衡感覚の乱れと、筋肉に力を込めることが困難で、運転や歩行に支障を来す。

 春先は体調を崩す。ために僕は春を警戒し、嫌いさえする。
 連日の花粉により粘膜は荒れ、その上ワークアウトを行ったりして筋肉痛が重なった。
 リンパ節付近の筋肉が筋肉痛を起こしていると(考えてみればあれも炎症なので)免疫系が疲弊するようだ。
 40を過ぎたのに、肌は花粉や汗にも過敏で不調になりやすいし、筋肉痛と花粉症が重なっただけで風邪(だろうと思う)に罹る。
 しかしこの身体しか僕は持っていないので、仕方ない。
 玄米きのこ粥など作って食し眠るが、粘膜の腫れがひどく、朝まで呼吸が困難だった

【隔絶なる孤高】
 天才肌である。
 誰がって。僕が。である。
 いいさ。笑え、笑えよ。

 ネタだと思おうと、冗句だと思おうと構わない。
 しかし最近(正確には昨日の夜のお風呂で)思いついたのだ。
 一定以上の客観性をもって僕という存在を観察した場合、これはなかなかどうして天才のように観察される、つまりは天才肌なのではないのかと。
 もちろん僕は、僕の内容物を知っているし、僕の主観による僕の風合いも心得ている。

 僕は、ときどき少し神経質な、ちょっとした奇人のフリをする凡人である。少なくとも天才ではない。
 コンピュータのごとき記憶力もないし、コンピュータのような計算力もないし、コンピュータのような認識力もないし、コンピュータのような処理力もないし、コンピュータのような信頼性はない。ついでに肉体能力などは子供の頃からひどく劣っている。
 天才に特有の、圧倒的な思考の飛躍力もない。
 アタマの中身において、速くもなければ遠くにも行けず、何を残すわけでもない。
 肉体も同様、速くもなければ遠くにも行けず、何を残す気もない(そもそも死ぬ気満々である)。

 もちろんこれまでの人生(僕の生涯の2/3は終わっている)で「天才」と評される ── 揶揄されていたのではなかったと思いたい ── ことはたびたびあった。
 しかしそれらの評者はいずれも身近な人間だ。
 一部の恋人や友人、知人が勝手に僕を天才だと表しているだけで、はたしてそれが本心である保証はないし、もとより僕の内容物やその収容物、それらの示す性能が、天の与えた優れた能力をして、他を圧倒する結果を現実世界にもたらしたことなど、一度もない。
 多分、ない。
 きっとないんじゃないかな。
 なかったと思うんだけど、そもそも記憶にない。

 結果、僕の主観に残る僕というのは、少々神経質(あるいは過敏症、もしくはナルシスト)で、凡人以下の能力しか持たず ── そもそも僕は、子供の頃から現在に至るまで、誰かと競うことから極力逃げ続けてきたので、なべて等しく多くの人たちの平均的能力を知っているわけではないけれど、周囲をざっと観察した範囲で「負けてるんだろうな」とは思う。自分の誕生日すら忘れるし ── 、格別秀でた才を与えられた覚えもないし、持っている感じもしない。

 目が覚めたら体じゅうから力がみなぎってもはや無敵だ、なんて経験は一度もない。
 軽いつもりで何かをしたら、それがとんでもない作用をもたらしてみんなの役に立ったこともない。
 どちらかといえば子供の頃から非力で、かといって手先は不器用だ。
 力仕事に充てれば達成できずにケガをするし、細かい作業に充てれば雑な結果が待っている。
 肉体的な速度に比例して仕事も速いわけでもない。これはひいき目の表現をしている ── つまりは遅い。

 比較対象の存在するすべての能力、作業において、僕は抜きん出た成績を残さない。残せない。
 それを本能的に察知したのだろうか、僕は子供の頃から競争を嫌った。
 いいやそんな天才的なエピソードなんてあるものか、子供たちの他愛ない遊びにおける競争で、僕は負け続けたのだ。
 走れば一番に遅く、砂山を作らせればもろく、トンネルは繋がらず、塗り絵ははみ出し、積み木は倒れ、工作をすれば指を切り、喧嘩をすれば絶対に負けた。妹にすら勝てたことがなかった。
 しかしどういうわけか、僕の性格そのものは人好きのするものであったらしく、あからさまに邪険にされることはなかった。

 あるいは負け役もときに必要ということだろうか。

 それでも次第に、一緒に遊ぶ、という輪からは外れていった。
 彼ら彼女たちが、なんとなく外していったのかもしれないし、あるいは僕自身が距離を取るようになったのかもしれないし、その両方が作用したのかもしれない。

 とはいえ、どういうわけか僕は自分が面白いと感じることには敏感で、いつも自分だけの遊びを考えていた。
 きっとみんなそうだと思っていた。
 みんな自分が面白いと思うことを探して、その結果が他の人と共通だったり、あるいは他の人がいないとならないもの(競争やチームでプレイするもの)だったりした、その結果としてそうしているのだと。

>>>

 今は思う。
 多くの人は、群れることを標準に生きてきたのだ。そのように育てられたのだ。
「言うことを聞かなければ仲間として相手をしない」と親から、友人から、兄弟姉妹から、コミュニティから脅され、それに怯えて生きてきたのだ。
 群れないことは、すなわち放逐で、すなわち恐怖だったのだろう。

 僕は姉妹や両親や会社の従業員に囲まれながらも、ひとりで遊ぶこと、人間以外と遊ぶことを好んだ。
 本を読んだり、本を積み木のように遊ぶのが大好きだったし、洗剤や薬品を安全な範囲で使ってひとりで遊ぶこともできた。
 身体が弱かったことも、本を読むこととは相互に適合し、危険に対しての距離と僕の孤独を最適化した。
 だから僕は、就学前から(一部の漢字は既に読めたので)現実世界よりも本の中の世界に埋没していた。溺没していたといってもいい。とにかく地表にいなかった。
 現実世界が地表ならそこではない場所、肉眼で把握しやすい実数とは異なる、虚数世界のような場所に僕はいた。

 多くの人は実数世界で背比べをしている。
 誰がすごいとか、自分が集団の中でどのような位置にいるかをいつも気にしている。

 僕は比べる前からそれを知っていた。
 僕以外が常にすごくて、比較するまでもなく僕は集団の中で群を抜いて勝ち得なかった。
 だから競争などする気にもならなかったし、必要も感じなかったし、皆と同じ土俵に立つなんてまっぴらごめんだった。
 父上も母上も僕を競争させなかったし、姉妹たちは僕と競おうとはしなかった。

 結果的に、僕は浮世離れしてしまった。
「孤高」「達観」「独自の世界」「求道者」
 そんなふうに表現された。
 なぜといって僕は誰に迎合するわけでもなく、だからといって牽制したり対抗心をむき出しにもしなかった。

 他人に興味がないわけではなかったが、他人と自分を比較することに意味を見いだせないままだった。
 そしてなにより、いつも何かを探し、追っていた。
 ために学業やスポーツや芸術に邁進していた、のかというと、まったくそうではない。
 その土俵は広く一般的 ── つまり間口は広くありきたり ── で、そしてどうしても競いたがるユニットがあって、それを煽るギャラリィまでがいた。

 その喧噪を、僕は嫌った。

 勝ちの裏で負けが突き落とされ、好評の陰でけなし言葉が牙を剥く。
 その雑多を嫌った。それが衆寡の理なればこそ、僕は隔絶の位置を保った。

 そして花火を分解して火薬を集め、手投げ弾を作ろうとしたり(ささいな事故により目立たぬ程度の火傷をしたうえ畳を焦がし、失敗に終わった)、庭で焚き火をしてその中で粘土を焼いて土器を作ろうとしたり(黒焦げに崩れた土くれが出来上がった)、昆虫類をあまねく殺す薬剤を作ろうとしたり(強アルカリで皮膚を焼いたり)していた。
 何者も真似をしている気配はなかったし、一緒にしようとするものがいなかった(もちろん僕からは誰にも声を掛けなかった)のは、不幸中の幸いだ。

>>>

 就職しても、徒党を組む連中というのは一定以上にいて、自分たちのルールが常識だと疑うこともない。
「新進気鋭」「新しい感覚で」などと口ではいいながら、同じことをして同じ枠にとどまることを望んでいる。

 これには本当に呆れたものだが、どうやら社会を為す潜在的なメカニズムの方向性としては間違っていないようにも思える。
 すなわちその枠組みは集合知そのものであり、それはおよそ絶対的な引力を持って全体をより安全に、より安定した方向へ導いてゆく。

 まったくもって面白みもなければ冒険も挑戦もない「みんなみんな、おんなじおんなじよ〜」文化へと誘う。
 まさしくそれこそは地獄絵巻の入り口。阿鼻叫喚の幕開け。

 現状に閉塞感を覚えながら、どうして同じことを繰り返そうとするのか。
 愚図どもが同じ轍を強要して、それ以上の結果を出すことを押しつけて、できなければ無能と叩く。

 もちろん、もちろん。
 だからといって面と向かって反抗したりはしない。抗議したりもしない。
 人にはそれぞれ得手不得手があり、それぞれのセオリィやメソッドがあり、哲学や目標があるのだろう。

 対立すれば、絶対に負ける。数的に、あるいは力という点で、競争すれば僕は負けるのだ。
 だから僕は他人をあげつらうのではなく、自身の見るべくを見る。

 結果的に僕は、従順なように見えて協調性に欠け、攻撃的ではないけれど人の言うことをあまり聞かず、自分の興味のあることだけをしているように観察されると思う。

 結果、集団から干され、仲間から外され、陰で嗤われ、表立っては冷笑される。

 彼らにとって、それは多分、一番有効な攻撃なのだろう。

 けれども僕には、単に自分の自由を確認する指標でしかない。


【自由なる孤絶】

 一貫して僕は競争を嫌ってきた。
 競争に勝っても負けても面白いとは感じなかったし、何より多くの競争は、始める前に結果が見えていた。
 競争が好きで、競争をすること、あるいはさせることによって己のアイデンティティを支えているような人間にも興味がなかった。
 いつも他人が邪魔だったと言ってもいいだろう。
 他の誰かの作ったルールで競ったところで、僕に勝ち目はやってこない。

 だから誰も巻き込まないような場所で、自分だけの景色を追っていた。
 こちらのルールで他人に競争を持ちかけるのも同様にアンフェアだから、僕はひとりでそれを愉しんだ。
「人間はひとりでは生きていけない」とか「皆で力を合わせて」とか、そういう感覚が分からないわけではない。

 ただ僕の身体の性質上、食事や睡眠さえも誰かと合わせることは互いにストレスを生む。
 生き方そのものが、そんなふうに、寄せ付けないわけではないけれど無理に迎合することのない潜在的な意思を反映してしまったのだろう。

 なるほど僕は孤高であり、達観しており、独自の世界に生きている。
 少なくともそう観察されるのは納得できる。
 誰かと競えばすぐに負けるのだけれど、それでもなお底知れぬ力を隠しているように思われているのだろう。
 もちろん、そんな実力などない。
 そもそも「競争して勝てる能力」を持つものが「のんびりぼんやり」なんてことを掲げて生きるはずもない。

 ただ僕は、競争が好きな連中を近づけない能力は持っているようだ。
 非常に消極的な能力であるが、烏合に巻き込まれないことはとても大事だと思う。
 ひとたび巨大な集団に巻き込まれてしまえば、自分の意思も能力も見誤って、思った場所にたどり着けないどころか、行きたくもない場所に運ばれてしまう可能性だってある。

 SNSが人を自由にしたかと、僕は時々思う。
 もちろん僕は自由だ、だからSNSとの距離も自在にしている。
(職場内LINEでさえ、承認したことはない)

 しかしそれは形なき群れだ。志向のない力だ。

 

 群れは引力だ。それは強い力を持っている。
 数は暴力だ。この脚を掴む数多の手。
 引きずり下ろそうと躍起になる欲が、大地からの糸となって絡み付く。
 そういう機能を持っているのだ、引力は。
 だからこそ、そこから離れる力の自在に僕は憧れる。
 それを振り切る自由を美しいと感じる。
 群れて重くなる様を、弱く醜いと感じる。

 そもそも大地を蹴って、空を舞って、宙の先まで飛び立って、いったいその先に何がある。
 何もないではないか。
 何もないし誰もいない。
 そんな場所へ行く能力が何の役に立つわけもない。
 だからこそ、それが素晴らしいと感じる。
 誰の役にも立たないことは、誰を害することもないからだ。
 誰もいない場所に立つことは、誰を傷つけることもないからだ。

>>>

 誰に言うつもりもないそれらは、僕の中に秘めておけばよいことである。
「競争。うん、いいね。がんばれ」「勝ち? うん。素晴らしい」
 そのような口先ばかりのコミュニケーションによって、環境による抵抗や周囲との摩擦を減らすことも覚えた。

 他人の競争を否定はしないが自身は参加しない結果として僕は、周囲に振り回されない軸を持っているように観察されるのだろう。
 何事にも動じない、他者を歯牙にもかけない力を、内に秘めているように錯覚されるのだろう。
 実のところ、それが僕の怠惰の集積であることは、およそ間違いないのだけれど。

 うわべだけで中身のない天才肌。
 競えば負け、徒党の中で餌にされ、乱気流に弄されれば力を失う脆弱。

 摩擦や抵抗を下げて、極限の軽薄を目指す機能美。

 どこに力があろうものか。どこに強さが潜むものか。

 

 しかし喧噪を嫌い、競争から逃げ続けてきた場所は、とても静かだ。
 僕はその静寂を愛する。

 

 いつまでも逃げ続けてやろう。

 たとえ後ろを追ってくる者がいたとしても。

 

 僕は先頭を譲らない。
 

<そんなことより、あるじ、あそぼうよ!>

>>>

 2日目から腰部に痛み。熱は一切引かず、時折39℃になる。
 おそらくインフルエンザだろう。
 動けるときに猫の世話などして、あとはただただ眠る。
 妹が「何か買い物していこうか?」と心配するが、断る。
 4日目に痛みは和らぐが、熱は依然38℃ほど。
 真っ直ぐ歩けないから買い物にも出られないが、僕は僕の耐久力を知っている。
 突発的に39℃になるが、規則性がつかめない。
 5日目、コロナ相談センタに電話をし、病院を紹介してもらう。
 久しぶりにシャワーを浴び、買い物に出る。身体の痛みがおよそ引く。
 6日目、病院に電話をし、出かけようとする時間に熱が上がる。歩行不能。
 7日目、新品の体温計の故障を疑い始めた頃、37℃の体温を測定する。

 今回は珍しく消化器系の機能不全を起こしていないが、粥を作る気力はないので、液体食に切り替え。
 ほとんど眠り続けているので消費は発熱くらいだし、白湯と少量の栄養で、僕の身体は活動できる。
 臀部に近い腰部の筋肉に鈍い痛みがあるが、熱が収まれば運動機能も回復するだろう。






 


// ----- >>* Escort Division *<< //
::点Oを通過する線分Lがある。
 点Oは動かない。
 ただし、線分Lを構成する始点L1はその位置を任意にすると考えた場合、終点L2は、どの位置に予測されるだろう。
 すなわちL1ーOを結ぶ無限直線上に、L2は限定される。
 L1が任意だからと行って、可能性は無限ではない。極めて限定的になるんだ。

 未来は可能性に満ちてなどいない。
 現在は固定されていて変化しない。
 だから今持つ意味を変えて、未来を捕まえることができるんだ。
 支点と力点、作用点のようにね。
 叶えたい未来のために今頃行動を起こしている人間は、それより以前に行動を始めている人間にはかなわないだろう。
 あるいは過去に縛られて、動けない人間を見たことがない?
 まったく馬鹿馬鹿しいことに、多くの人間は過去や既存の価値観に自らを縛り付けておいて不自由だなんて文句を言う。
 現在が固定で過去が固定なら、未来が変わるはずもない。

 しかしその過去をちょっとスライドさせれば、未来は大きく変わる。
 自分の欲しい未来なんて、案外簡単に誘導できるものさ。
 きっとみんな、たいそう大事な、変えるわけにいかない過去を抱えているんだ。
「あの頃は良かったなぁ」なんてついつい吹聴したくなるような、ご大層な過去をね。

 

 

 


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[出典]

~ List of Cite ~


 文頭文末の引用は、
「設計室のオリエンテーション」From「いるか色の夜」(by青猫工場)
 によりました。




 


// ----- >>* Junction Division *<< //

[NEXUS]

    ~ Junction Box ~

// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]  :青猫α:黒猫:BlueCat:

[InterMethod]

  :Algorithm:Diary:Ecology:Engineering:Form:Interface:Life:Link:Mechanics:

  :Stand_Alone:Style:

[Module]

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[Object]

  :Human:

// —— >>* Categorize Division *<< //

[Cat-Ego-Lies]

:暗闇エトランジェ:ひとになったゆめをみる:夢見の猫の額の奥に:





//EOF