201120

 姉に誘われたので、猫を連れて家に泊まりにゆく。
 その帰りの今日、エンジン不調で車が止まった。
 道半ば、13kmほどを残しての国道上である。
 ボンネットの隙間から煙が上がり始めたので歩道をまたいで駐車できる場所に停止したところ、エンジンルームから破裂音(バッテリィかな?)もしたので、猫を連れて外に逃げ、保険会社のレッカーサービスを手配する。

 しばらくして、煙が収まったので荷物を外に出し、弟子に電話したものの、出ない(レッカーは、人は運べないので別途手配を要する)。
 BP(古い友人である)は運送業なので、声をかけずにおく。
 TU(古い友人である)が犬の散歩をしていたので、迎えを頼む。

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 困った時に他人を頼ったことがほとんどない。
 子供の頃からそうだ。
 親は仕事に忙しく、ときに障害があり、入院していることも多く、ある時期からうちは貧しかったからお金のことも自力でなんとかする習慣がついた。
 姉たちは家を出て、それぞれに暮らしていたから、頼る対象ではなかったし、恋人が何かのあてになった試しはないし、妹などは論外である。
 というのが僕のこれまでの人生である。

 僕は家事を覚え、仕事を覚え、経済的自立の手段を身に付け、自律した生活拠点を構築する術を学んだ。
 高校へは奨学金を使って入学したし、実家を出るときは金銭面も自分だけで手配した。(当時の恋人にお金をもらった事実はあるが)

 骨折して半年ほど休職して、生活が立ち行かない寸前の経験もしたが、死ぬことはなかったし、そのときも親を頼ることはなかった(実のところ、父親にお金を貸していたので、とくに金銭面ではアテにしてはいけないと思っていた)。

 これはなにも、僕がそれだけ苦労したということをアピールしたいわけではない(だから恋人にお金を貰った事実も書いている)し、僕以外の恵まれている(?)人のことをとやかく言いたいわけでもない。
 他人は他人、自分は自分である。
 ただたまたま、僕はそうやって他人を頼らない選択をしてきたし、逆に言えば、他人を頼るのがとても下手である。

 たまたま保険の仕事をしていたので、自動車事故にも慣れているし、いつ壊れてもおかしくない車に好んで乗っているので、この程度の機械的トラブルも慣れている。
 メカニクスやエレクトロニクス、ソフトウェアにいたるまで、テクノロジィへのアレルギィもないので、この程度のことで驚く必要も感じない。
 電気やガスや水道が止まっても、なんとも思わないのは、誰も頼らず生活していた日々に身についた図太さだが、こういうのは身に付かない方が上品でいられるとも思う反面、同時に、そうしたライフラインの停止によって鬱になって死んでしまう人がいるとして、その気持ちもよく分かるから、よかったようにも思う。

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 トラブルと名のつくものの大半は、客観的にはさほどでもない、というのが経験上の見立てだ。
 トラブルというのは、それが起こるもっと前に兆候があり、その時点で対処していれば未然に防げることが多い。
 今回も例に漏れず、しばらく前にエンジン警告灯が点灯したことがあったのだが、しばらくしたら消えてしまい、それ以外に不調もなかった ── 何よりそんなことはそれこそ頻繁にあることな ── ので乗り続けていたのだ。

 エンジンの異音が聞こえてきた時も(まだダマしならが乗れるかな?)と考えていたくらいである。
 結果、煙が出てきたわけだけれど。

 初めてで、対処や連絡先も分からないと困る人も多いだろう。
 保険会社の緊急時の連絡先を、WEBサイトなどで確認することさえ思いつかない人もいるし、加入している保険会社すら思い出せない(あるいは全く知らない)人もいるはずだ。

 レッカーを待ちながら、ケージの中で不安そうにする猫たちと話しながら、煙草を吸って時間を潰す。
 TUも捕まらなかったら妹に連絡して、それもダメならタクシーを拾おうと考えていた。
 タクシーを最後の選択肢にしたのは、単純に、猫と同行する交渉を想像して嫌になったためである。
 友人も、頼れる姉妹も少ない上、頼りになる恋人は見たことがないし、親もいない。

 ただし仕事もなければ、家族もいないので、重たい猫どもを持って(アヲは肩に乗るので多少はラクだが)歩いて帰っても問題はない。
 翌日、いつもより激しく疲れているだけだろう。

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 僕が苦手とするトラブルというのは、やはり対人関係である。
 他人の常識というのは、慣習も含めて理解できることが多い。
 しかしときどき、どうにも分からない人がいる。
 特に「昨日言っていたことと、今日していることの関連性が不明」というタイプに多い。
 僕自身、額面上、そのように公言している。
「昨日と今日とで、言っていることが一貫している方がおかしい」とまで言うこともある。

 しかし他人に対しては、なるべく、インタフェイスを一貫させておいた方がコミュニケーションには便利で、有利に働く。
 だから最初から「ワタクシはネコですしヘンナイキモノですし、ガールと見れば押し倒しますし、昨日と今日で言っていることが違うタイプです」と宣言する。
 あとの評価なんて、勝手にさせておけば良いのだ。

 しかし他人の多くは「自分は一貫している」ということを正義だとするあまり、矛盾し始めて、怒り出す ── いわゆる逆ギレというものをする ── 人がいる。
 自分が正しいとされる場所にいないと気が済まない上、事態が自分の思うようでないと気が済まない。
 こういうタイプは挙げ句の果て、他人まで巻き込んでジャッジをさせるのだが、お金で雇える弁護士だって財布を持っている人の味方をするものであるから、推して知るべしである。

 僕は自分が正しくない場所にいることについては特に抵抗がない。
 自分が一貫しないことについては最初から宣言してある(そんなことは、流動的な環境を生きる上で当たり前のことではないか)。
 自分の欲(あるいは理想だとか目標だとか)を満たす上で、他人からどう評価されるかは、最初は気にしない。

 結果として、衝突する他者は「私が正しいから従え」となり、僕は「理にかなわないから従えない」となる。
 相手の欲はたいていその時点でスライドしていて、当初掲げていた問題の解決ではなく、立場の違いからくる「正しさ争い」を軸にしてしまう。
 もちろん、表向きだけでも従っておけば問題のないことの方が多いのだけれど、ときどき、そこで譲ると相手も自分も自滅する選択を相手が突きつけてくることもある。

 抽象的でわかりにくいというなら、少々生臭い話になるが、パワハラやセクハラと呼ばれる現象がそうだろう。
 最初からそうだったのかは分からないが、欲求の軸がズレて、それを無理やりねじ伏せるだけの欲の強さを持つ方が、一方的にねじ伏せにかかってくる。
 大人数でやれば、リンチや輪姦である。

 相手も含めてお互いに、本当にそんなことを望んでいるの? と、問いただしたいものだが、限られた空間や人間関係の枠の中で、強い人間は自分の欲に正しさの皮を被せて、聖人ヅラして他人を喰いものにするのだ。嗚呼オソロシイ。

 僕は自身をケダモノだと思っているからこそ、正しい側に自分を無理やり置きたくないし、他者と衝突しそうな時はなるべく譲ってしまいたい。
 ただセクハラやパワハラを受けそうになったとき、自分や相手を守る最適な方法は「受けて黙っていること」ではなくて「抵抗してでも受けないようにすること」だろうし、そのためにこそ力は使われるべきだろうとは思う。

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 幸い、僕はたいていの場所で、たいていの場合において、トラブルに巻き込まれない。
 カツアゲにも遭わないし、オヤジ狩りに遭う前にそんな文化は廃れたし、金銭的トラブルについても対処する術を身につけたし、パワハラやセクハラもたいていは何とも思わないし、思った頃には対処できるようになった。
 ガールについても「狂人」タイプは見分けがつくようになったと思う。

 それでも、一貫しない相手の欲のメカニズムを解析するのは(スクランブルされた情報のように)簡単ではなくて、手間の割に得るものは「今までと変わりがない日常」でしかない。
 もちろん、それが脅かされるならあらゆる手を打つ必要もあるとはいえるが、負けたところで尻尾の1本を引きちぎられるくらいだとしたら考えてしまう。

  さて、この尻尾1本のある日常と、ない日常、尻尾1本を賭して守るべきなのか、それとも大人しく譲って仕舞ったほうがよいのか ── と。

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 機械が壊れて煙を出している。
 眠る場所に戻れないかもしれない。
 今日は猫と凍えながら、歩き詰めるかもしれない。
 それがどんな苦労で、トラブルで、パニックすべきほどのものなのか、僕には見当もつかない。

 なんでもないことではないか。
 自分の尻尾1本守るだけのために、単身、他人の尻尾をむしり取ることを思えば。
 まして自分の尻尾はまだ6本も残っているというのに、相手のそれは1本しかないともなれば。

 あるいは私も最後の1本になれば、躍起になるのか。
 あるいは彼らも最初は、9本の美しい尻尾をたくわえていたのか。

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 十数年ぶりに、TUと数時間話す。
 だいたい僕は裏庭の穴のような存在なので、彼の愚痴を聞く。
 心のシャウト、ソウルの叫び、すなわちそれは、公言できない秘密や行き場のない悩みだ。
 僕はそれを、いつものとおり穴に放り込んで、それをダレカが咀嚼してしまうから、僕には何も残らない。

 そしてみな、オトナになってゆくのだ。

 僕だけずっと、コドモみたいだ。

 あんなに僕は ── いや今だって僕は ── オトナになりたかったのに。

ひなたのふたり。







追伸。

 ネコノカミサマ ── 。
 ボクの尻尾は、少しは本数が回復したのでしょうか。
 それともこれを失えば、ボクはオトナになれるのでしょうか。