200617
ニンニクが育つのは、来年になるということをネットで調べて愕然とする。
晴れ。
ゴミの日ではないのでのんびり起きる。
身体じゅうが鈍く痛くて怠い。
筋肉痛である。
大臀筋トレーニングを組み込んだので、臀部に慣れない怠さがある。
起きて台所に行って気がついた。
昨晩、芽が出ているニンニクを発見したので、植えようと思い、株分けしたものをボウルの水に浸けておいたのだ。
猫の餌とトイレ掃除(目覚めて最初の日課である。多い日は1日に3回掃除する)を済ませ、花壇に行く。
納屋の片隅に、鍬があることは数ヶ月前に気が付いていた。
しかし躊躇はあった。
そもそもこの家の敷地内には花壇てきなものしかない。
畑がないのだ。
花壇を勝手に耕して畑にしてもよいのか。
(書類の名義が変わったところで、いまだに自分の家に棲んでいる気はしない。可能なら出て行きたい)
そういう迷いである。
植物全般に詳しくないので、どれが「いわゆるよい草花」で、どれが「いわゆる雑草」か見当もつかない。
庭のあちこちに自生し繁茂し勢力を広げている植物のうちには、可憐な花を付けるものもいる(数年前、それが大繁殖したので刈り取った記憶がある)。
分からない。
どれを生かしてどれを殺せばよいのか。
どれを生かしてどれを殺すべきなのか。
さっぱり分からない。
Googleセンセィがこんなときに役に立たないことは分かるが、あとは分からない。
誰かに尋ねろって? 冗談じゃない。
庭師でもないのに他の誰かの望む庭を作ってどうする。
ために庭の蜜柑の木の枝を剪定などしながら様子を見ていた部分もある。
そして、おおよそ空白地帯であろう場所が分かってきた。
「いわゆる雑草」類が繁茂し、それ以外の芽を見たことのない領域があるのだ。
これらの領域を畑にしてしまえばよい。
草花の良し悪しなんて、惚れちゃったガールみたいに勘で選べば9割がたは上手くいくのだから、なんとでもなる。
よし掘ろう! いま掘ろう! すぐ掘ろう!
と鍬を探りながら、しかし別の危惧もアタマに浮かぶ。
過去に、アパートのベランダにプランタを置いて作物を育てようとしたこともあるのだが、平素のものぐさが災いし、実現しなかった。
プランタも買った。
土も買った。
肥料も買った。
プランタの底にメッシュを敷いて、土を入れて均した。
そして急に飽きてしまったのだ。
土を手で触ったり、種や苗を植えたり、虫がついたらそれを除けたり、水をやったりするのが、急にどうでもよくなってしまったのだ。やりたくなくなってしまったのだ。
しかしボウルの中には芽の出たニンニクがいるのである。
とりあえず植えてしまうには、今しかないのだ(今しなかったら、もうしないだろうから)。
かくして鍬を振るう日が、この僕にやって来たのである。
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数分と経たないうちに、音を上げる。
鍬は重い。
ここ数ヶ月ワークアウトをしているし、独自開発の「ぱやぱや運動」のおかげで腰まわりの筋肉も多少は発達した。
だから、腰が痛くなったりはしないが、引きこもりなので有酸素運動に弱い。ついでに愛煙家である。呼吸器系が弱いのである。
腕も腰も肩も、たいして疲れないのだが、マスクをしているのも相まって、とにかく呼吸が苦しい。
持ち方も振るい方も、角度も力加減も姿勢も分からないので余計である。
柄と刃の角度が鋭角なので、どうしても重心を低くしなくてはならないから、これも非常に面白い。
そのうえ土が固い。
庭木の根が、横に伸びているのである。
しかし刃を上手に振るうと、断ち切ることができる。
鋭角になっているので、てこの原理で持ち上げたり、柔らかい土なら引き流すだけで畝らしきものを作ることもできる。
しかし今は土が固い。とにかく固い。
なのでほんの僅かな領域なのに(勘だけれど、体感で30分くらい掛かった気がするので)10分ほど掛かったように思う。
無事にニンニクは植えられたが、何も分からないので調べながらいたしてみようと思っている。
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妹と姪が遊びに来る。
だいたい週の半分くらいはやってくる。
猫と遊んで帰ったので、買い物に出かけ、酒のためのライムとトニックウォータ、そして安かったのでカブを買う。
ちなみに昨晩(今朝?)寝る前にペンネアラビアータを食べてみたのだが、やけに甘かった。
玉ねぎを炒めるときに少量の砂糖は加えたが、味に出るはずもない。
よくよく考えて、新玉ねぎであったことと、濃いめの茶色になるまで炒めたせいだと気付く。
この場合、トマトは酸味やえぐみのある方が合うだろう。最近は缶詰でも、なかなかそういうホネのあるトマトには当たらないので諦めている。
玉ねぎも多かったのかもしれない。
まぁ、不味くはない。はっきりいえば美味しい。
毎日(つまり僕にとって毎食)食べて問題ないレベルであり、むしろ変化がなくてつまらない気もする。
などと考えながらカブと冷蔵庫に眠っていた人参を煮て、高野豆腐を最後に加えた。
市販の廉価な白だしを使うことが増えたのだが、なかなか調整がむつかしいと感じる。
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BEATLESSの文庫版を、しばらく前から読んでいる。
加筆訂正部分が多く、同じ骨格の、別モデルのようで楽しい。
「4月は君の嘘」を読み返したい気持ちはあるのだけれど、重くて読むのを躊躇っている。
たとえるなら、めっちゃ眼鏡の似合うガールにデートを申し込まれているのだけれど、その子はデートの最中に毎回気絶してしまって救急車を呼ぶ羽目になるような。
いや、この喩えはつまらないな。
綺麗で大好きな話なのだけれど、とにかくテーマが重くて、繰り返し読める耐性がまだできない(かれこれ3回は通しで読み直しているのに)
ことほど左様、僕は「飽きっぽい」と自称している割に、物覚えが致命的に悪いため、多くの人より一つの物事を長く続けたり、慣れずに最初の感覚を忘れないままでいたりする。
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半年以上、薬を飲んでいない。
先日は、風呂上がりに見当識がおぼろになって、面白いので家の中を歩き回ったりした。
右足の先端の痺れも、改善の気配はない。
視力がこの数ヶ月でひどく衰えている(ゲームのしすぎかもしれないが)。
僕の脳は、明らかに梗塞を起こしていて、僕はそれをわざと誘発させている。
熱めの湯に浸かって、冷水を浴びるのは、血管や循環器にかなりの負荷を与えるのだけれど、これをわざと続けている。
なぜなら、定期的に、小規模の梗塞を誘発させることで、不意の大きな梗塞に備えられると思っているからだ。
水分循環系、呼吸器系、心肺機能、血管強度、それぞれにささやかな負荷を与えてトレーニングしておけば、自転車で走っている最中に倒れにくくなるという考えである。
気が向いたら、病院に行ってこようと思う。
私が早死にすると、弟子や妹がうるさいので。
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明日はゴミの日なので早起きをしなくてはならない。
風呂から上がったら、アラビアータと煮物と煙草をつまみに、ジントニックを飲むであろう。
そんな予感がする。
日本酒がなくなってしまったので。
