年末である。
かれこれ9ヵ月ほど、働いていない。
正確には「生活を維持するために、自分の意思が向かないときに経済活動に加担すること」をしていない。
弟子には相変わらず心配されているが、今日も生きている。
それに、気が向いたら経済活動に加担している。
何ならお酒を飲んだりゲームをしたり、ガールとぱやぱやしたり、背中を撫でてもらったりしているかもしれない。
いかんせん、天然モテ気質である。
外見は衰えたから、むしろありがたいところか。
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経済活動を基準にした社会が、傾いているのは周囲のとおりだろう。
経済、エコノミー、理財、マネー、キャッシュ、なんでもいい。
単一の、唯一の、万能の、絶対的なリソース。
その絶対的なリソースを血液にして稼働する永久機関。
オソロシイことに、時間を買える。
つまり。
オソロシイことに、寿命を買える。
つまり。
オソロシイことに、人間を買える。
オソロシイことに、秘匿されるべき情報も買える。もちろん、秘匿そのものさえ買えるかもしれない。秘匿されたなら、発見できるはずもないからワタクシのような朴念仁にいったい何を知ることができるだろう。
たとえば私が畑を耕して、イモを作る。
イモで家賃は払えない。
イモで米と交換できない(ことも多い)。
イモで寿命や他人の時間は買えない。
イモは、いちど換金しないといけない。
イモを作るのに、ボクが命がけになる機会があったとしたら、それはボクの寿命を削って交換することに等しい。
ボクの寿命を削って、経済活動のループに上手に投げ込むと、コバンが手に入る。
よいだろうか。
つまり経済は、人命に等しい、のではない。
もう、人命を超える価値を持ってしまった。
最低賃金に法定最大勤務時間を掛けて、定年とされるまでの年数を掛けて240くらい(=2/3*365)を掛けると、だいたい私の減価償却価額が算出される。
そしてそれは案外安くない。
ボクはボクの命に、さほどの価値を見出していないから「僕が身も心も差し出す構えでタマシイを売り払った経済」が、驚くほど高く思える。
(実際のところ、悪魔にでも売った方がましだが)
人間の命はカネではない?
人間のタマシイは売ることができない?
本当に?
ねぇ。
本当に、そう思ってるの?
本当に、どんな金額のお金よりも人の命は価値があると、本当に、思ってるの?
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そんな言い訳を用意してキミの部屋に急ぐようにして、ボクは経済活動のレールを踏み外すことにした。大脱線。かまうもんかの大脱線。
声の大きなヒトたちは、どういうわけか、フォロワを探している。
自分の話を聞いて、同意して、納得して、評価して、感銘を受けて、吹聴して欲しいらしい。
情報遺伝子としてのミームを拡散して、受精して胚になりうるナニカを探しているらしい。
ついでにそれは「誰でもいい」らしい。
受容体が反応するならば、それでミーム的にはオッケーである。
大丈夫。痛くしないから。
それに月経が止まったりもしない。
先生やご両親にも叱られない。
なぜならそれは情報遺伝子だから。
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声高に、強い調子で、あたかもそれが摂理であるかのごとく、ときに事実をねじ曲げてでも胚さえ作ることさえできるならそれでいい。
(べつに政治的なことを申し上げているわけではない)
「ほら、みんなしてることだから」的な感じで暗黙にそそのかす。
たとえばそれが、常識として、私を凌辱する。
あるいはしてきた。
私が凌辱されるようにして、私が誰かを凌辱する。
「大丈夫、痛くしないから」
「ほら、みんなしてることだよ」
「当たり前のことすぎて、誰も気付かないよ」
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だいたいこのあたりで、僕のカラダはリアルに吐き気をもよおし始める。
ワタシを道具に仕立てようとするもの。
ワタシを捌け口に使おうとするもの。
ワタシを凌辱して、膿んだミームを射ち撒けようとするもの。
オソロシイ。
なあにが正義だ。
なあにが常識だ。
そのようなことを、眠り続ける2ヵ月のうちに思ったのだったか。
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ゲームをしていると、多くのリソースがそこに登場する。
いや、ソフトウェア的な意味ではない。
ゲームとして構築されたプレイヤーキャラクタの存在する世界に、多くのリソースが存在していることが多い。
そしてプレイヤは、なんとかして生きてゆく。
そこにはさまざまなリソースが存在する。
全てのものが、単一のリソースに支配されるような世界ではない。
たとえばゴールドで村人が復活することがあるとしても。
ゴールドだけでは手に入らないモノがある。
ゴールドに交換可能な代替リソースも多く存在する。
その方が、複雑にはなるが安定する。
けれどもこの世は、それをしていない。
単純で、一元化されたリソースのほうが、有利だったから。
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もちろん、もちろん。
世の中はカネじゃない!
なんてことが言いたいのではない。
むしろ逆であることは自明なのに、キレイゴトで修飾して、謎の永久機関を動かそうとしているのはなぜ? と私は言っている。
お金が嫌いなわけでもない。むしろ好きである。(だから、お金に支配されないようになりたい、と願って実行しているのだ)
ただ、経済という永久機関を動かすためのリソースは、結局のところ、多数のニンゲンなのである。
キカイノカラダ欲しさに機械惑星に行くようにして、タマシイをキカイに置き換える星なのである。
「キカイノカラダなんていらないよ!」鉄郎ならばかくも言ったであろうところで、私は言いたい。
「ボクはねこです」と。
永久機関を動かすために、アレコレして、ミームを拡散して、胚を作って、歯車を育てて「君には生きる権利と義務があるんだ」と流布する。
あるいはゴーカンする。
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ゆえにワタクシはゴーカンされることに疲れたので、ドロップアウトすることにしたのである。
ゴーカンされるのもうんざりだし、ゴーカンするのもまっぴらゴメンであるから、基本的に口をつぐんでいる。
もちろん。
日々は楽しく過ぎてゆく。
うつろう景色は毎日同じようであっても、ちょっとした観察眼を持とうとすれば、不思議と驚きに満ちている。
それでもワタシはときどき疲れて死にたくなってしまうし、けれども妹が生きている限りは自殺できない様子だし(彼女はちょっとしたブラコンである)、仕方ないので生きているのである。
特定の組織に属してはいないのだが、仕事を依頼されることがあって、煙草くらいは買える。
なあに、フリーターのようなものである。
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余命は20年と踏んでいる。
猫にしては長生きしすぎた。
いわばセクシャルマイノリティならぬ、レイシャルマイノリティ。
どうしてヒトビトは「私のカラダ(あるいは他者認識的性差)はコレジャナイ!」とは言うのに、
「私のカラダ(あるいは他者認識的種族)は人間じゃなくてねこだ! ねこなんだ!」と言わないのだろう。
ボクはずっと長いあいだ、思っている。
「僕は、ねこのハズなんだけど……」と。
なるほど。
僕が「ねこ」として認められるには、ミームを拡散して、従者を増やして、そうした下僕どもに崇め奉られるしかないのである。
「嗚呼! 青猫様こそが真の猫的レイシャルマイノリティの始祖!」みたいに。
猫的レイシャルマイノリティってなんだろうね。
ボクにはよぐわがんにゃいのである。
