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//TimeLine:20180925
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血が雪に溶けて薄くなるなら
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Written by BlueCat


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 長い間、土に触れていない。
 最後に触ったのは、多分、師から陶芸を学んでいたときのことだろうか。

 不動産開発の際に、遺跡が見つかって開発行為が中断される、というのはよくあることだ。
 もっとも、大規模な経済の圧力があれば、そんな過去の遺物は「なかったこと」にされるだろう。素敵なことだ。

 見る土と、触る土は違う。
 泥はたいして汚いものではないし、価値がないものでもない。
 なのにどうして、僕は土に触れていないのだろう。そんな風に思う。
 きっと、それより価値のある(とされる)ものを、誰かに押しつけられて、それを厭々しているのではないだろうか。

 たしかにまぁ、土を捏ねて経済活動ができる人は、この世に一握りしかいないのだけれど。

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 自分の血族を可能な限り抹消しようと思ったのはいつだったろう。
 きっと、とても、昔のことだ。

 当然、一族郎党皆殺しなんて物理手段に訴えるつもりはなかったし、そうしようにも僕はまだ子供だった。
 まだ、ナイフを持ったこともない。この手で魚一匹捌いたことのない、そんな頃のことだ。

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 僕の父から生まれた子は、女性が多い。
 存命でない者も含めれば、男児は僕を入れて2人(僕でない誰かは出生時に死亡)、女児は(僕の知る限りは)4人である。
 従姉妹も、女性が多い。
 父側の祖父母から出生した子供(僕の父と伯父や伯母)も比率的に女性が多い。

 そして皆、異常脂質症である。ひとりの例外もない。
 症状はまばらだが、全体にコレステロールが高く、LDL、HDLとも基準範囲をはるかに超える。
 中性脂肪値も高い者が多い一方、僕のように基準範囲を下回る者もいる。

 そして直系男性の子は直系女性の子に比べてこの遺伝特性を強く受継ぎ、その後も男性の子に強く受継がれる。
 よって男性は高い確率で痩身になり、今のところ100%脂質異常症にかかっている。
 女性の体形はまちまちで、脂質異常症の率は高いが、若干の例外もいる。

 心疾患の多くも、その名を時代とともに変えてきたが、治療や予防法も多く変わってきた。
 僕の一族は、その進歩とともに永らえてきた。
 だから、多くの医者は言う。
「いや青猫くん、今はそう簡単には死なないよ」と。
 そしてそれはおそらく、そのとおりだ。

 確かに、僕も投薬治療を受けるうちにLDLが低下した。
 しかし従前の異常なLDLによる動脈硬化が解消されるわけではない。
 HDLは異常な数値のままだけれど、それでも解消される事はない。

 いずれの段階で、我々は、動脈硬化に起因した梗塞をどこかの血管で発生させる。
 今まではそれが、大動脈だった。
 だから治療法の確立していない頃には次々と死んだし、治療法の進歩とともに(時に被験者として)永らえた。
 しかし食生活や嗜好品を制御して、健康に留意した者たちは、脳や肺の血管で梗塞を起こして、結局致命的な状態になっている。

 かつてコレステロールと呼ばれていたものがHDLとLDLに分化したように、人間の体の仕組みは完全に解明されているわけではない。
 HDLは高い方がよいとされているから僕のHDLはそのままの異常値を保っている(薬の作用で少々上昇したが)し、中性脂肪値が基準を下回っていることの弊害も今のところ、誰も指摘していない。
 指摘しないものは存在しないのだろうか。

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 そのようなわけで、僕は子供を作らないつもりで生きてきたし、たぶん今後も作らないだろう。
 もちろんこれもそれまでと同様、気が変わることはあるだろうし、できてしまうこともあるかもしれないけれど。
 つもり、とか、予定、とかいうのはそういうものではないか。

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 僕は死を歓迎する。

 認知能力も運動能力も低下して、自立生活できないどころか識域さえ曖昧になって生きることに、本当に意味なんてあるのだろうか。
 曖昧な自意識の中で、それでも自らの意思(認知能力の低下が進むと、否定しかできなくなるように観察されるが)を表明することに、どれほどの意味があるのだろうか。
 そこにあるのは、はたしてその人だろうか。
 それとも動物的な、あるいは化学反応的な反射ではないのだろうか。

 自我というものには、たしかに境界が存在する。
 そして同時に、境界領域には濃度が存在する。

 記憶がおぼろになれば、必然に領域濃度が薄くなる。
 本能による反射だけでもあるうちはよいが、それさえ(内分泌レベルで)低下した場合、人格は曖昧になるだろう。
 薄くなっても、淡くなっても、もともと曖昧な自我を持つ僕のような人間でもでない限り、多くの人の自我は自我として、自己主張をすることだろう。

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 優生保護法に関するニュースを見たときも、僕は子供の頃の自分の気持ちを思い出した。
 あの頃の僕は本能的に、この血を残してはいけないのだと強く感じたし、その思いの通りに生きてきたと思う。

 障害というものの境界線を引く作業は容易ではない。
 車いすの人だって、階段があればそこは通れない場所だけれど、スロープとエレベータがあれば、二足歩行の人と変わることはない。
 眼鏡やコンタクトは、車いすと違うのだろうか。
 身長の低い人は、高い場所にあるものを取れないけれど、あれは障害なのか。
 計算の遅い人は、早い人に比べて障害があるのか。
 日本語の不自由な人、理解能力の低い人、頑固な人、自己中心的な人は障害がないのか。
 障害は個人に宿るのではなく、社会の中で認識されるものだと考えれば、コミュニケーション能力の低い、あるいは協調性のない人間もある種の障害者だとはいえないだろうか。

 障害者と非障害者の間には明確な段差が高くそびえているのではなくて、緩やかな斜面のように連続していると僕は感じている。
 そしてその境界は、実のところ、非常にあいまいだ。

 それでも、外から規定しなければ、線を引かなければならない理由が、この国にはあったし、今もある。
 福祉を提供するものと、受けるものがある以上、それが好適である以上、避けられないのだ。
 すでに高齢化によって、福祉は拡充が困難になりつつある。(縮小を始めている)
 遺伝特性が危惧される交配を予防するのは(線引きや手段はともかくとして)個人的には、間違った思想だとは思わない。

 個々人の権利の問題であるとか、憲法、法律、政令の関連については、それを守るよりほかにないし、守っていなかったのだとすれば、杜撰だという指摘は事実だろう。
 国が規定できないのなら、個人が自ら規定するしかない。

 少なくとも、僕はそうやって生きてきた。

 僕は将来的に障害者となる可能性が非常に高い潜在的心疾患者として、自分を規定した。
 実際に親族のほとんどは高い障害者レベルを持ち、僕の父などは一時期、就労が不可能なレベルだったために生活保護を受けていた。僕が小学生の頃のことだ。
 遺伝性(医学上は「家族性」といわれることが多い)脂質異常は、僕個人にとっては先天的な障害なのではある。

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 文化や思想というのは、法によって形成されるわけではない。
 個人の中で生まれ、集団の中で形成され、社会の中で焼成され、時間をかけて熟成される。

 死を単に忌避する文化は、もう終わりを迎えている。
 なぜならその文化は単に生体としての生命を永らえるだけに過ぎず、社会は個体の主体たるべき自我を規定する段階に到達したからだ。
 肉体が衰えるよりも先に脳が衰えて人格が希薄になる(それだけ肉体的な健康寿命が延びる)時代が訪れたならば、人間は肉体の死よりも先に、人格の死を受け入れる必要が出てくるし、それは現在すでに萌芽しているように思える。

 伊藤計劃が小説「ハーモニー」によって、社会におけるリソースとしての個人を明示するより以前から明らかに、社会は個々人を単なるリソースにしている。

 個々人が集まって社会を作った。それは演繹として正しい。
 けれども、社会における個々人間の結束が失われ(「絆」等の白々しい情緒的概念を取り除けば、個々人は金銭や土地、血統、情欲などによってリンクしているが、それすら徐々に分解を続けている)、コンポーネントがユニットへ、ユニットがパーツへと分解されつつある。

 血族からの支配は弱まり、血統を無視したファミリーネームの統廃合が強まる。
 人間の人間に対する情欲も変化して、今よりもっと距離のある(現状からみれば希薄な)、客観的なものに変化するはずだ。
 土地に縛られる生き方以外の選択肢は増え続けるだろうし、金銭の価値や意味はある段階で加速度的に変化するだろう。
 これらは人口の減少によってより加速するものもあるが、それが個人主義的な文化の到達点のようにも思える。

 結束を伴わないパーツの集積体は、結果的に総体としての機能を果たさない。
 実態に則した形態に変化しなければ、空転するリソースによっていっそう痩せ衰えることになる。

 社会という広い範囲にまで目を向ける必要などない。
 自分とその両手の届く範囲に、障害を持つものは相当の負担を掛け続ける。
 一人の命は星より重いという幻想を僕は信じない。
 もしそれが現実ならば、人ひとりのために、星がひとつ必要になるが、現実としてひとりの人間にそれほどのリソースは与えられていないし、与えることなどできない。

 当時は相当の潔癖症であった僕にとって、それはほかの誰かであるとか社会や国家のためであるとかではなく、自分の理念として、必然的にもたらされた選択肢だった。
 つまり、遺伝子を残さず、できうるならば消すことが。

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 20年ほど前から尊厳死のような自己選択的な死の必要性を僕は感じてきたし、周囲にも明に暗に表明してきた。
 もちろん最初の頃から今に至るまで(驚くのは未だに、ということだ)ほとんどの人は、驚くし、否定するのだけれど。
「まだ若い」ともよく言われるが、若いうちから死について考えるのは果たして意味がないのだろうか。
 たまたまその人が、若い頃はそんなことを考えていなかった、というだけではないだろうか。
 それに「まだ若い」と言われる人間というのは、その程度には年齢を重ねている、という意味でもある。
(赤ん坊に「まだ若いのに」なんていう人はいないのだから)

 僕の寿命はどんどん減っていく。
 とても安心する。
 雑多な自分の感情や、不可解な人々の価値観に、振り回されなくて済むようになるぶんだけ、僕の心は静寂に包まれる。

 寒い冬の夜の、あたたかい毛布のように。

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 あれから僕は、ナイフを使えるようになったし、魚も捌いた。
 それだけではない。
 有象無象、さまざまなものを殺して命を存えている。
 それ自体は、生きるということそのものだから、特にどうというものではない。
 殺したぶんは、大事に生きようとは思っている。

 従姉妹の幾人かは、結婚しなかったり、あるいは結婚しても子どもを作らなかったりしている。
 その理由を僕は知らない。
 尋ねるつもりもない。

 秋が来て、やがて冬が訪れる。
 春の陽射しに芽吹くものたちのことを、僕はいとおしく思う。
 そして同時に、冬の土の中で眠り続ける者たちを、そっとしておきたいと、そんなふうに思う。

 掘り起こされて、蒐集されて、分析されて、意味づけされるなんて、自分だったら耐えられないだろう。
 10歳の秋に不意に死について考えて、半年くらい口もきけないほど絶望した。
 それから10年近く、僕は、何かを残そうと躍起になった。
 何かを残したい。何かを留めたいと。それは本能のように。

 今は真逆だ。
 何も留めたくない。何も残したくない。
 亡骸を誰かの価値観で意味づけされるなんてまっぴら御免だ。
 留めたものを値踏みされるなど、屍体を陵辱するのはやめてくれといいたくもなる。

 土に眠る頃には、誰かですらなくなる。
 そういう静けさの中に眠っていたい。








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