また引っ越しを考えている。

 何の因果か分からないが(いや、じつのところ分かってはいる)、以前在籍していた会社の取引先に、勤務している。
 この街に来ると、どういうわけか僕は天下りみたいな仕事(詳細の説明はしたくない)ばかりになる。
(きっと僕が天使だからに違いない)
 しかし以前の転職の際、かなり離れた街に引っ越した(今回だって本当は京都に越す予定だった。この街に戻りたくなかった)ので、通勤はだいたい片道1時間以上かかる。苦痛である。

 しかも職場のあるこの街に介護対象者(伯父と伯母)がいる。
 よってこの街、もしくはその周辺に棲むのは、比較的合理的かつ妥当かつ適切であると判断できる。

 ただ正直なところ、市街地には棲みたくない。
 伯父伯母の家(完全な空き家になりつつある)は、いわゆる「閑静な住宅街」の中だけれど棲みたくない。
(一度追い出されているから、余計に棲む気にはなれない。二人が死んだら手放すだろう。近所づきあいもしたくないのが私の性分であるし)
 住宅街でも、明るくて、人の気配がすぐに感じられる場所は苦手だと気がついた。
 隣の家の人がまた何とはなしこちらの様子を覗っている(そういう気配が明らかである)。
 市街地のほうがまだましだが、旧来からある土着の戸建住宅はこれだから厭だとつくづく思った。

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 僕が思うに、深夜にカーテンを開け放ったままで、照明を点けていない部屋に差し込む微かな環境光でなんとか見渡せる程度、というのが望ましい。
 だから、たとえ街灯であろうと、煌々と照らされるのは不快なのである。
(もちろん、単に僕が光に過敏なだけであることは重々承知しているが)
 住宅街には街灯があり、部屋の窓が床面から天井までの場合、これらの光は僕には過剰になる。
 窓なんか最小限でいい。
(なぜか未だに「採光の良いこと」が住宅の利点として考えられがちな風潮にあることが僕には少々理解しがたい。正直、自然光は強すぎると思う)

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 そんなわけで物件を探している。

 しかし、今棲んでいる場所が相当にヘンな物件であるためなのか、当たり前の物件を見ても面白みを感じないようになってしまった。
 まぁ、ヘンといっても、そんなに異常な物件ではない。
 ただ、賃貸に出されるマンションの内、L字以上(まぁ、コの字やロの字なんて稀だとは思うが)にベランダが取られている場所は、どんなに多くても1フロアに4個室までしか数がない(コの字/ロの字となると、中央に吹き抜けのある建築物でもないかぎり、1フロアに1個室である)。

 たまたまそのベランダの造りと、面積当たりの賃料の安さが気に入って借りてはみたものの、旧来の構造物に対してリフォームされている部分と、自分のニーズとの乖離に悩むんでいるのも事実だ。
 なにせ異常なほどに風が強い地域(ベランダで風力発電できるんじゃないかと思うくらい)なので、サッシが複層になっていないのはつらいところだ。
(のちに、隙間風がすごいことも確認されている)
 それからとりあえず窓が多ければいいだろう、といった設計志向も、結局のところ僕には合わないのだと気づかされた。

 僕が望む条件は、
○窓や扉、梁状の出っ張り(床面から天井面まで)のない(のっぺりとした)壁面が最低でも各部屋1つは欲しい。
○メインの窓は東向きが良い。そしてそれ以外は必要ない。西側は不要だし、南側もない方がよい。
(優先順位的には東>北>南>西だろうか)
○天井から床面に達するのガラス戸(人間が出入り可能なサッシ戸)は居室全体で1つあれば充分。
○ベランダは燻製をしたり、葉巻を吸いながらカプチーノと読書をを楽しんだり、ぱやぱやしたり、ひとり焼き肉(まぁ、椅子は二つ用意してあるが)をしたりするに充分な広さがあればよい(現状満たされているこの条件は妥協せざるを得ない)。

 だいたいこんな感じである。

 RC造を今回は選んだが、上階にDVカポーが棲んでいたりすると、夜通し掃除機をかけられたり、週末に冷蔵庫が倒れたような轟音がして数時間後に警察が訪ねてきたり、夜中にふいに悲鳴が聞こえたりするのは(単層サッシのせいもあるが)避けられず、振動や音の軽減はあまりされなかった実態があるので「まぁ、できればRCのほうが無難だよね」くらいの認識に留まった。

 もっとも軽量鉄骨だと、どれだけ床材をクッションコンプレクス材に変えても、吸収しきれないものが発生する(人の情念であるとか、多い日の不安であるとか、きゃっと悲鳴を上げて転んだ眼鏡ガールを受け止めるときのフィジカル/メンタル面での衝撃であるとか)ので(特に下階から上階に抜けるという逆転現象が発生するケースもあるらしく )まぁ、そのあたりは考えようだろうか。

 予定では10年以内に(可能であれば)仕事を辞めて(少なくとも)隠居しようと目論んでいる。
 もともと人間関係が面倒な性質である。
 人当たりの良さには相応の評判があるが、要はそれだけ気を遣っているのではある。
 しかし一方で、
「態度が慇懃無礼」
「礼儀正しすぎて何を言っているか分からない」
「聞いたことのない丁寧語・専門用語が出てくる」
「専門用語の説明が長くて分かりにくい」
「省略した説明の内容がざっくりすぎて分からない」
 などのクレームが(およそ5%の頻度で)発生している。
 僕の人間関係にはつきもののクレームである。

 もちろん、
「態度が粗野」
「方言がひどくて何を言っているか分からない」
「意味のない専門用語を使う」
「専門用語の説明ができない」
 といった方面のクレームをいただくことはないので、反動なのだろうと理解してはいるけれど。

 万人を満足させるのはほんとうにむつかしいことだ。
 自分を満足させることはどうだろう。
 案外、まわりを気にしすぎて、自分を満足させることができなくなっている人もいるのではないかと僕は想像する。
 もしもそういう人がいたら、その人はちょっとしたビョーキではある。
 無論、ビョーキで悪いということではない。ただ自覚は持っていた方が健全でいられるだろう。



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