180710

 僕が使っているPCは、OSを問わず、だいたい誰も使えなくなるようだ。
 アプリケーションを開くまでは何とかなるが、IDやパスワードを正しく入力できない。
 日本語を入力して検索しようにも、できない。ショートカットキーが知っているものと全然違う。
 マウスの挙動は不審で、残像も見えない。
 大体の人が、ものすごく気持ち悪い思いをするらしく、僕に訪ねてくる。
「青猫さん、コンピュータが使えないのですが」

 僕からすると寝耳に水である。
 使えるし、使っていたし、使っている。
 そのつもりで席を外し(あるいは休暇を取り、あるいは退職し)たはずが、上記の通りの言われようなのである。
 特にWindowsは、一般的な会社にも浸透しているぶん「自分の思っている通りに使える」と思う人が多いようで始末が悪い。

 中にはあからさまに「壊した」とまで言う人が出る始末。
 僕としては、困らないようにとデスクトップに必ず手がかりを(「キーボード操作がうまくいかない場合は」などのフォルダにReadmeやらレジストリファイルなどを名前まで丁寧に付けたうえで)置いておくのだけれど、誰も気がつかないらしい。
 デスクトップの真ん中に、デフォルトではない色のフォルダを置いてあったりするのに、誰も読まないようだ。

 なにせキーボードの配列が違ったり、タスクバーの存在があらぬところから出てきたり、マウスポインタがワープしたり、ウィンドウのタイトルバーが小さすぎてコントロールできなかったりする。
 まぁ、よしんば(超絶死語)、キーボード配列が変わっていたら使えない、という言い分は分からないでもない。
 僕だって、レジストリのイカれたキーボード配列なんて使う気にはならない。
 Dvorakがどれだけマイナーな存在かも知っているし、レジストリを平気でいじってしまうことの申し訳なさを感じてもいる。
(だから対応策を用意しているわけで)

 でもそれ以外の、たとえばタスクバーの位置であるとか自動開閉は予測できていいと思うし、マウス速度だって自分の好みに調整する方法くらい知っていていいと思う。
 タイトルバーが小さすぎるのは申し訳ないと思うが、文句あるならいいモニタを用意しといてほしいと(ちょっぴり)思う。
 ちなみに僕は、タイトルバーの右上の3つのボタンを使わない。
 閉じるときはキーボードショートカットを使うし、最大化はタイトルバーをドラッグする。
 最小化なんて使う意味が分からない。
(すべて最小化してデスクトップを表示する場合はショートカットを使うが、そうでなければタスクバーからアクセスしたいウィンドウを指定するから、アクティブウィンドウを最小化する目的が想定できない)

 もちろんそれを使う、多用する、愛用している、という人がいるとは思う。
 GUIの基本理念は、すべての人に、わかりやすく、多様な機能を(たとえ重複しても)提供することにあると僕は思う。
 僕にとって無駄な機能が、すべての人に不要だなんて僕は思っていない。
 誰かにとって大事な機能かもしれないし、その機能の価値を(僕個人には無駄だとしても)僕は理解できる。

 ショートカットなんて言われても分からない、という人がいるのも当然だし、それを非難するつもりもない。
 コンピュータに対する無知は恥ずべきものではないし、あるいは知っていることが特段すごいことだとも思わない。
 最小化ボタンが役立たずだ、とは思っていないし、それを使う人が(コンピュータの操作が苦手な可能性も含めて)無能だと思っているわけではないし、同様にショートカットを多用したりキーボード配列を変更してしまう自分が有能だと勘違いしているわけではない。

 ただ個々人が、個々人の使いやすい環境を構築できるのがコンピュータのありようなのだ。
 自分に合わない環境だというただそれだけで「壊された」とか「使えなくされた」とか言われるとちょっと困る。
 普段使わない人に限って、そういう事を言う。

 もちろん、もちろん。

 キーボードの配列は(無意識的に強制的に選択の余地なく与えられていると皆さんも思わされている悪名高き)QWERTYだけ。
 タスクバーは画面下で固定表示。
 ウィンドウの外観はデフォルトのちょっとちゃらちゃらしたやつ。
 バックグラウンドは……まさか、草原?(分かる人は笑うところです)
 そういうデフォルトの環境に慣れ親しんでいる人がいるとしても、それはそれで結構なことだとは思うのだ。
 作業領域のこととか、そういうことを考えないで済むなら、それはそれで幸せなことなのだ。

 僕はウィンドウはクラシック表示に未だに変えてしまうし、バックグラウンドは真っ黒。
 タイトルバーは前述の通り、可能な限りの最小サイズ。
 モニタスリープも「画像オフ」で、スクリーンセーバなんて使わない。
 だって電源が入っているかどうかなんて、ちょっとマウスに触れたり、本体や周辺機器のインジケータを見れば分かるのだから。

 でも、そういう「余計な」使い方を好まない人や、自分の知らない外観に単純に嫌悪感を示す人もいて、まぁ、人種差別みたいなものだなぁ、なんて僕などは思ってしまうのだけれど。

 コンピュータを使う上での共通認識にこの「パーソナライズ」という意識が欠如しているように感じることは多い。
 なぜ使いやすくしないのか。

 そういう人たちをよく観察すると、だいたい、自分で考えず、何を工夫することもなく、誰か、あるいは何かに言われるままに物事を進めている。
 なるほど、お役所勤めには向いているようだけれど、なればなおさら、エンジニアである僕とはウマが合わなさそうだと感じた昨今である。




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