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//TimeLine:20180418
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TITLE:
眠りの森の底なしの沼。
SUBTITLE:
~ Marionette in the deep forest. ~
Written by Bluecat


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//[Body]
 どういうわけか分からないのだけれど、どうしようもないほどの睡魔に支配されて眠ってしまうことがある。
 おそらくそういう経験は誰にだってあるだろう。
 たとえばひどく疲れたときなどがそうだ。

 でも、僕の泥のような眠りは、肉体的な疲れとはまったくの無関係に僕を支配してしまうことがあって。

 たとえばむかし、父親が死んでひと月ほどたってからの半年以上を、僕はひたすら眠って過ごしたことがある。
 今思い起こせば、それはいわゆる鬱病の一種だったのかもしれない。
 僕は家からほとんど出ることなく、誰にも(妹にも恋人にもほとんど会うことなく)、備蓄のわずかな食料や洗剤を頼りに生活した。
 といっても食事は2、3日に一度食べれば充分だったし、シャワーも数日浴びないようになった。
 とうぜん掃除なんてしなかったし、畳の上に毛布一枚だけで(布団やベッドのマットレスを当時どうしていたのか、よく分からない)寝ていた。
 着替えもしなかった。
 ただただ混濁した意識と眠りが僕を支配した。
 喉もほとんど渇かなかったから、トイレに行くことも少なかった。
 昼も夜もなかったから、子どもの頃の出来事だって季節くらいは覚えているのに、あの当時のことは父親が死んだ梅雨のころを起点に算出する以外に方法がない。
 秋だったか、春だったか、冬だったか。

 あるときようやく起きた僕は、あまりに眠り続けたために栄養を失調しかけていて、立ち上がるのもやっとで慌てて口にした食べ物(なんだったかは記憶にない)のほとんどを消化できずに排出し、それからまた眠って、おかゆのような消化の良いものからリハビリをすることになった。
 歯が痩せて、虫歯の詰め物の金属が次々と外れた。
 それでもまだ、誰にも会いたくなかった。
 電話の音がするたび無視したそれは数十件の着信とメッセージが積み重なっていて、まるで冷蔵庫の奥の賞味期限の表示さえかすれた「謎の食品」のように、箸でつまんで捨てられるものなら捨てたかった。
 誰とも話したくなかった。
 誰にも触れてほしくなかった。
 自分の肌の感触でさえ、そこにあることが耐えられなかった。
 だからただただ自分を忘れるためだけに、僕は眠り続けた。そんな気がする。

 当時の僕の恋人は、特に何を言うことも問うこともなく、かいがいしく僕の世話をすることもなく、ただただ鬱蒼とした深い森のように散らかる部屋で眠りつづける僕を放置してくれた。
(おそらく彼女も忙しかったのだろうとは思う。たしか、そうだった気がする)
 メールもひと月に1、2回あった程度だったろうか。返事はほとんどしなかったし、たとえしたとしても数日は経過したあとだったと思う。

>>>

 あれから僕はどういうわけだかモテになって、人と会うことに何の抵抗もなくなって、本来的な引きこもりであることを誰かに打ち明けても嘘だと言われる始末である。

 でも。

 ときどきふと息をついたとき。

 いつもより長い眠りをとったとき。

 ひとりで冷たい夜空を見ているとき。

 暗闇の部屋でじっとうずくまるとき。

 あの、どうしようもない、呑み込まれるような底なしの無気力につながる糸がそこに見つかるときがある。

 現実だってひとつの糸で、その糸は「どこか」や「だれか」や「なにか」や「いつか」に繋がっていて、その糸が自分の指や身体に巻き付いているから、向こうが引っ張ったり自分が引っ張ったりすれば連動するものと皆は思っている。
 でもそれらの糸は簡単に切れる。
 切れないと思っている人はとても幸せな人だと僕は思う。
 他人が何の用だか知らないが電話やメールを送ってくることなんていくらでもある。
 でもそれは「こっち」の、つまりは「ここ」にいる僕の用ではなくて、「あちら」の「ここにいない」先方の、あるいは僕の用なのだ。
「ここ」にいる僕は、それらの糸が厭になったら、切ってしまえる。誰だってそうだろう。
 ただただその糸を大事だと思っているから大事にしているだけで。大事にしないといけないと思いこんでいるから大事にしているだけで。

 あるいはもしかしたら、失踪する人の気持ちというのは、そういうものなのではないかと僕は思う。
 日常であるとか、常識であるとか、一般であるとか、そうした表層の世界とそれらの点から無数に伸びた糸の数々が自分の身体の一点一点に縫い付けられて。
 何の気もなくその表層の「役割」をいつもどおりに演じることにおいては一切の障害にならないその無数の糸が自分を操ってくれて。
 実のところ「役割」に疑問を感じたときに、あるいは表層であるとか、自分を規定するポイントのピントが合わなくなったときに。
 ただの道路の白線以下の、なんの意味も持たないただの糸でしかないようにしか感じられなくなるのではないだろうか。

 あの点とこの点を結ぶ糸はだから。
 私がこの点に自分を規定しているときには機能するけれど。
 そもそも私はその点に果たしているのだろうか。
 それとも私はその点にいると思っているだけなのだろうか。
 その点にいることが、一体誰にとって価値のあることなのだろうか。
 私が私であることが、一体どれだけ意味を持っているのだろうか。

 とまあそんな感じに思えてくると、糸の意味が突然自分の中でぐらりと揺らいでしまって。

 もちろんたいていの人は、その糸を外すことができないのだけれど。
 あまりにも多くの糸が絡んでいるから、右の糸を外そうとすると左の糸が邪魔になってしまったりして。

 でも僕のように糸が少ないイキモノは。
 現実とおぼしき世界に繋がっている糸の拘束力が弱くて、得体の知れない暗闇につながる糸がそのぶんはっきりと見えるのかもしれない。
 その糸がどこに繋がっていても、あるいはどこに繋がっていなくてもまったく問題のないくらいに。
 なぜといって、その糸は「繋がらないこと」に繋がっているように僕には思える。
 すべての意味が瓦解する場所というのはそういうものではないのだろうか。

 こちらから糸をひっぱるのは、なんだかとても身勝手な気がして。
 向こうから糸をひっぱられて動くのは、なんだかとても面倒な気がして。
 自分の欲で誰かを動かすことも、誰かの欲で自分が動くことも、同じくらい、浅はかで、空しくて、身勝手で、カタチばかりのような気がして。
 だから糸をぶつぶつと切ってしまって、振り切ってしまって、どこか遠くに行ってしまったりするのではないだろうか。

 どこに行っても、結局自分がいる場所からは離れられないから。
 だから自分と自分自身を繋ぐ糸も切ってしまうのではないだろうか。

>>>

 いつだったか。

 恋人にひどく怒られていて、その最中に、僕は眠ってしまったことがある。

 多くの人がおそらくそうであるように、恋人はさらに怒った。

 僕は。
 そうなのだ僕は。

 普段あまりにも怒らないからよく分からないけれど、仮に僕が怒っている最中に恋人が寝てしまったら(ああ、疲れてしまったんだな)と思って眠らせるように思う。
 ところが怒れるガールたちは僕をたたき起こす。
 ほんとうに叩く場合もあるし、モノを投げたり、さらなる大声を僕にたたきつけたりすることもある。

 今でいうところの発達障害ぎみな僕は、こんな話はどうでもいいから眠ろう、と思って眠っているのではなくて。
 本当のところ、考えて、悩んで、共感しようとやっきになっているうちに思考がループするようになって(なぜなら自分には想像の域を出ないような感覚を感覚しなくてはならないからなのだが)、結果として何らかのアウトプット(たとえば返事であるとか)ができなくなったり、挙げ句の果てにはどうしようもない睡魔に支配されて眠ってしまったりするのではある。

 でも、そんなことはその時点の僕にはどうしても説明することができないし、冷静に考えて、そんな説明を聞いてもその時点の恋人が理解できるとも思えない。
 処理と条件がスタックを重ねてオーバフローして、僕は睡魔に打ち倒される。
 恋人は自分がないがしろにされたと思いこんで、僕を物理的に(あるいは精神的に)叩き起こす。
 でも僕は自分の糸を次々に切ってしまうことでしか自分を守れなくなっていて。
 だから眠ってしまう。
 こんな説明をいったい誰が理解できるというのだろうか。

 僕は僕の好きな人の怒りにおよそ完全な共感をしつつ、その怒りにまったく同調しないで自分を保ちたいと心底望んでいるにもかかわらず、そうある自信がないのである。本能的に。

>>>

 いつだったろう。

 だれだったろう。

 気が付いたら、その恋人は一緒に寝てくれていた気がする。

 彼女はそれから、あまり怒らなくなった(ような気がする)。

 僕としては、もっと怒ってもらって構わなかった。

 気に入らないときは、怒ったり、泣いたりしてもらえるほうが、僕は嬉しいと感じるタイプの人間みたいだ。

 おそらくそのほうが、分からないなりに、僕には分かるからだろう。

 でも彼女には、僕のような異常な(あるいは少なくとも偏向している)タイプの人間を見たことがなかったし、理解もできなかったし、想像もつかなかったのだろう。

 多分に、僕はあちこちがおかしいのではある。

 食欲はないし、怒りの感情が個人にぶつけられないし、攻撃的になることができない(強迫的に抑制されている)し、分からないこと(あるいは分かってはいけないこと)がループし始めると異常な睡魔に支配されて、しまいに貧血を起こしたりする。
 説明したって分かるものではないと思うから、もはや説明する気も起きなくて。
 だから触れない程度の距離まで人から離れているようにはしている。
 興味を持つことと理解できることは、多くの人にとって、違うことなのだから。

 もっとも僕にとっては、一般的な人の(つまりは偏向していない)パターンは基本的に理解できるはずなのだけれど。
 たぶん、強い怒りであるとか、悲しみであるとか、憎しみであるとかは。
 あまりに強い場合はトレースしてはいけない対象になっているのかもしれない。

 理由を僕は知っているのだけれど。
 それを解除する方法を知らない。
 解除できないことを不便だと思ったこともない。

 多くの人が自分に繋がっている糸を切らない理由は、単に「不便ではないから」なのではないだろうか。

 とにかく僕は。

 もっと怒ってもらってよかったし、そうしてほしかった。

 もっと泣いてもらってよかったし、そうしてほしかった。

 それは僕が失った感情の幾つかに繋がっていると思うから。

 いつも笑っていてくれなくてもよかった。

 いつも許してくれなくてもよかった。

 どこまでも愛そうとしてくれなくてよかった。

 それは僕の中に残った感情の幾つかだから。

 できることもできないことも。

 したいこともしたくないことも。

 もっと、ありのままでいてくれたら、もっとよかった。

 でも、僕のことを好きであるが故にそうできないその人のことを、それはそれで僕はたいそういとおしく思っている。

 もちろん今でも。

>>>

 僕はあまりにもたくさんの糸を切ってしまうから。

 そうしたちいさいことに繋がる糸を、たくさん彼女と結んでいたかった。

 現実との糸に意味が見えなくなりがちなら。

 現実に繋がっている彼女に、結びつくことができればよかった。

 そうすれば世界は味を持ち、温度を持ち、湿度を持ち、色を発し、音を発するだろうから。

 でもきっと僕は、まさかここでというタイミングで、その糸を自分から切った。

 日々は眠いばかりだ。








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