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//TimeLine:20170203
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TITLE:
鉄瓶と白湯の冬
SUBTITLE:
~ Winter hardware. ~
Written by Bluecat
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::お客さまに対する最高のサービスは、「自分がお客さまだったら」という気持ちになることから始まると、つねづね僕は思っているが、それはこんなひとときからも培われるのではないだろうか。
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白湯が好きなのである。
昨年、ちょっとした金物屋(おどろくなかれ、それは現代まれに見る商店、正真正銘の金物屋さんである)と親しくなった(僕はコンビニのパートさんにもすぐに覚えられてしまったりするタイプの人間である)ついでに、あるとき鉄瓶を買った。
いわゆる南部鉄器である。
ホームセンタなどで売っているやかんはせいぜい2、3千円だが、僕の買った鉄瓶はより1リットルほどの容量で(およそ)1万円だった。
けれども鉄瓶で沸かしたお湯は美味しいものだと聞いていた。
一方、行方の知れなくなったかつての師がかつて「安物の鉄器の材料なんて、スクラップになった自動車だかなんだか分からないんだから買うもんじゃない」と言っていたことが妙に耳に残っていて、だからちゃんとした鉄瓶が欲しかったのではある。
しかしながら実に、鉄瓶というのは「育てる」道具なのだった。
まるで(喫煙具の)パイプのようですらある。
人間に限っていうなら「完成品」が好みなのにもかかわらず、道具についてはこうした手間の掛かるものに魅せられてしまうのだろうか僕は。
パイプの場合はカーボンや香りがパイプ本体に蓄積される。
鉄瓶の場合は内壁にミネラル分が湯垢として蓄積される。
その課程を「育てる」というのであり、鉄瓶の場合は分厚く蓄積されたそれによって、いっそう錆びにくくなり、湯の味もまろやかになるというのである。
幸か不幸か、このマンションの水は(おそらく貯水タンクのせいで)やたらとミネラル分が高いように感じる。
塩素分はそれほどではないように思うものの、とにかくそのままでは雑味がひどくて美味しくないので、浄水器を取り付けている。
結果的にミネラル分も低下してしまうのが仇になったか、それよりなにより使い方を誤ったからか、二度ほど、内側に赤錆がひどく浮いてしまった。
幸い説明書に「赤錆が浮いたときに黒錆にするための手法」が書いてあったので、手間は掛かるもののそれを実践すれば、赤錆おそるるに足らず、ということも分かってきた。
ストーブ(現在エアコンを除いて3つある暖房器具の1つ)で数日かけてミネラル分が濃縮された湯を煮詰めてゆけば、簡単に湯垢の層を作ることができることも分かった。
(ミネラル分が濃縮された水は、しかし元が水道水のためか、美味しくないが)
白湯健康法みたいなお話は、ネット上にもあれこれ点在しているが、つまるところあたたかいものを身体に入れれば、当然体温は上昇するから代謝も良くなるというしごく自然のことを大げさに健康法ぶって吹聴しているだけだと僕は思っている。
そもそも東洋医学では、飲食物も含めて身体を冷やすな、というのが基本である。
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化学に詳しい人ならば、鉄が錆びるのは「錆びた方が安定するから」ということが容易に理解できるだろう。
すなわち、きちんと錆びていない鉄は、不安定なのである。
不安定な物質は、あるいは人がそうであるように、何かと結合することで安定する(あるいはしようとする)。
すなわち鉄瓶で湧かした水が美味しく感じられるのは、そうした「不安定な雑味をもたらす物質」が鉄と結合するからなのだろうという予測も可能である(詳しくは調べていないが)。
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僕は誰かに白湯や鉄瓶をオススメするつもりはまったくない。
鉄瓶は手が掛かる。喫煙具のパイプと同じくらい手間が掛かる。
でも、僕は白湯が好きだし、鉄瓶を買って良かったと思っている。
ストーブの上で、加湿器がわりにやかんと並べて使っているくらいである。
おかげで毎日、湯沸かしと白湯呑みがはかどっている。
白湯が好きな僕は、鉄瓶が好きである。
アルコールを飲んだ夜更け(ほぼ毎晩である)、床にもぐり込んだあとの暗闇で、ちびちびとすする白湯はもう、それはそれはおいしいものなのである。
ちなみに僕は、水の味(正確には水の美味しさ)の分からない人間は、どんなに偉そうなことを言っていても見下してしまう。
水には味がないなんていうのはもってのほか。
だってそれは、鈍感ということであって、鈍感な人間は、すなわちセンスがそれだけ鈍いのだから。
自分の身体感覚の鈍い人間が、いったい何を偉そうにおっしゃるのかと思う。
味が分からないというのは、目が悪いとか耳が悪いのと同じように、外界からの情報伝達が劣っているのだ。
(そして嗅覚と同じくらい、とても原始的で本能的な感覚である)
どんなにニュースを集めていても、どんなに人の噂に敏くても、どんなに万象を知ったように言っていても、肌で感じた言葉にはとうていかなわない。
だから、知ったようなことを言う人間と、身をもって知ったことを言う人間は、仮に同じことを言ってもまったく違って聞こえる。
まるでそれは、白湯と水道水のように、似て非なるものに、僕には感じられる。
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::僕は調理に携わらないホールの人間でも、自分の店のメニューの味は知っておくべきだと思う。注文を受けたとき、「この料理はこんな味で、こんな食感で……」とわかっていれば、料理に対する愛情も湧く。お客さまにたずねられれば、その料理の説明もできるだろうし、お客さまがどんな様子で食べているのか気にもなる。
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[出典]
~ List of Cite ~
文頭文末の引用は、
「パネトーネ ~ Panettone ~」
From「落合シェフの美味しすぎるイタリア料理」(p.192-193)
(著作:落合 務 / 発行:KKベストセラーズ)
によりました。
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