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//TimeLine:20160504

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TITLE:
ミルテの匵灯
SUBTITLE:
~ Lighthouse of MhzIlluteuzn. ~
Written by BlueCat 


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//[Body]
「はぁ? 馬鹿言ってんじゃねえよこんな時季に匵灯を作れた、どこの職工会の奴だぁよおめ。おめ、連れてぇこいよ御大自ら頭下げるのが普通じゃねえかぁよ。うちの若ぇ衆伝言ホルトぉみてに使いやがってよ」

 報告の途中で、のぢさんの怒声が飛ぶ。
 もっとも、のぢさんはふだんからのんびりとした人だから、その声はどことなく間延びして聞こえるし、そもそものぢさんが怒っているのは僕に対してではない。
 のぢさんは、そういう人なのだ。
 どちらかといえば、穏やかだし、のんびりしている人なのだけれど、のぢさん曰く「筋が通ってねぇ」と感じる類のことについてはいちいち怒り出すし、いちいちそれが的確なのだが、いかんせん訛りが強いし抑揚が独特なので、何かの呪歌でも詠唱しているかのように聞こえる。
 もっとも目の前で面と向かって言われているのでなければ、だけれど。

「なぁなぁなぁのぢさんよぉ、そらのぢさんの言うことがもっともだぁねよ。んだげどま、先様ぁが作ってくれて言ってるんだがらそら、作っでやっでんでもええんじゃねえんでんかい?」
 クラソスさんがのぢさんをたしなめる。

 クラソスさんは外来血統第三因襲属テ=ケルペ(だったかな?)衆群鹿貴系の出自なので、見慣れるまで(つまるところ外見にまったくそぐわない)クラソスさんの土地訛りは奇妙に映るかもしれない。
 ただ、クラソスさんの特徴はなによりその肩から腕、腰から脚にかけてを覆っている第四世代種強化人工移植筋群、通称「つげね肉」にあり、そのつげね肉のおかげでクラソスさんの身体は僕のような一般的な素体人にくらべて1.5倍ほども大きく、特に盛り上がった肩とそれを支える腰から脚にかけてのつるべ肉によって2倍以上の巨軀に感じられ、また一見穏やかに話すクラソスさんが怒り出したらそれこそ誰にも手がつけられないと聞く。
 ただ、俺がこの工廠にやってきてから8年の間、クラソスさんが本当に怒ったところを見たことは一度しかないし、そのときのクラソスさんは壁ひとつ穴を開けたりするようなことはしなかった。

「そらおめあれだぁ、おめさんはそういうんけんどもよ、レルペの風笙が始まっでぇまだ2軌しか経ってないんだぁよ。匵灯を作るのはそりゃおめさんと2人でやるんだがなむつかしいこんだでゃないげんどもよ、風笙が終わって8軌くらい待だなんだぁら、コンテルーテのほぷる達だって捕まりゃしねぇし、なんにょりソルテッサ反応剤が作れんだで、どのみちレルペの宦官どもの差し金なんだろげんど、やだらやっだで、やづらが直接だのみに来るなり、職工会の連中が材料持って頼みに来るなりが筋だでやぁ?」
のぢさんは興奮してきたのか、だんだん聞き取りづらい発声になってきた。

「それなら俺、行ってきますよ。向こうの宦官なり職工会の担当を連れて──」
「んだで、そんなにもの分がりがえいんだら、最初っがら来るに決まっとぅだに。それが来ねんだがぁ、初っばなから来る気もなければ、匵灯作れてのだってほれ、はっだりかもしれんがぁな」
 言いかけた俺の言葉の途中でのぢさんが、重ねるように言い放つ。

 まぁ確かに言われてみればそうだ。
 作って欲しいものがあるなら、最初から当人が来るべきだというのはもっともだし、匵灯なんてこの時軌に作ったこともないし作れる場所があるとも思えない。
 たまたまここなら、材料があれば作れなくはないが、そもそも匵灯って、そんなに必要になるものなんだろうか。

「じゃああれだ、のぢさんよぉ? そりあえずそっちはうっちゃっといてぇだ、仮に宦官が来たら『そりゃ使いのモンが聞き間違えたりしたのなら困りものだし、そもそもこんな時軌に作るにも材料がないで』たぁ説明するしかなかろぉや?」
 と、これはクラソスさん。
 話はこれでだいたい結論が出たと言わんばかりに、奥の工導から工具と薬瓶を持ってくる。

 のぢさんは少し納得のいかない様子だったけれど、しばらくするとけろりとした顔で、
「うんむ、まぁ、そうだやぁな!」
 と言って、にかっと笑うのであった。

 もっとものぢさんにしてみても、そもそも腹の虫が治まらないのはここにいる誰かのせいではないのだし、そんなことはのぢさんが一番よく分かっているのだろう。
 そんなわけで、その日は外津村から頼まれている旋転導管の仕上げやら、ペルティオウス高台砦街から請けているハリタ式信号灯制御盤の修理などをしているうちに終わった。

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 大きくて長い戦争は遠い昔に終わったし、神々の浸食などは伝説に残るばかりである現在、工廠とは名ばかりのこの工洞で、俺たちはさまざまな機械類を作ったり、直したり、改造したりしている。
 のぢさんはここの古くからの職工で、けれども職工会にも所属せず、公国や衆商街に工場を構えるわけでもなくこの場所を使い続けているのは、戦争のどさくさに紛れて当時の工長だかなんだかをモつヰ式プレッタにかけてやったからなのだと冗談めかして言っているが、のぢさんの穏やかで一本筋の通った姿をずっと見ている俺には、何かしらの事情があるにしても偉いさんを手に掛けたわけはないのだと思える。

 クラソスさんは大戦の頃につげね肉の移植をされたらしく、実際に今ではつげね肉を作れる場所などどこにもないはずだし、整備だってよほども大きな街都であっても、なかなか設備がないと聞く。
 持っているものもなく、使うものもなくなり、高い代償を強いられた技術など、神々の浸食と同じようにこの世界からは風化してなくなってしまうのだ。
 クラソスさんはそのようなわけで、随分むかしに整備のためにこの工洞にやってきて、どういうわけかそのままここの職工になってしまったらしい。
 大戦のことも含めて俺の生まれるずっとまえのことだから、詳しいことは分からない。
 2人とも、いつからここにいるのかは分からない。もっとも俺だって、いつから俺だったのか、覚えているわけではないのだ。

 いずれにしても、つげね肉の整備と調整に使われるセプティノス社製「オルト=ル・モードンmkXVII」の耐用年数はペヌグ=サ80軌以上前に切れているというから「モードンがダメになるか、俺がダメになるかの競争だわなぁ」とクラソスさんは笑う。

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 翌朝、工洞に着いてみると、さっそく中から間延びした怒声が聞こえてきた。
「んだでなおめさん方はわがってんだかわがってないんだか俺にはわがんねんだげんどもよぉ? 材料がなげればモノはでぎねしよぉ、ソルテッサやらそいねん棒みだいに宦官どもが出し惜しみしちゃ回収しちまう材料なんだぁこんの工洞にだっでぇ、ねえもんはねえんだぁ。だがん、作ってみゃっせ、はい承知だぁと言うのはそらぁ簡単だぁな? だでども材料もなしに作れるわけもながろんと言っとるっさぁ。だがん、それが無理なところなんだぁなぁ」
 話の様子からすると、やってきたのは職工会の誰かだろう。
 また匵灯の話だろうか。どうせなら職工会属の他の誰かを当たればいいのに。
 工洞の入り口を入ると、聞き慣れない男のぼそぼそと話す声が聞こえたが内容は上手く聞き取れなかった。もっともあまり気に留めるでもなく、そのまま手前にある自分の工導に向かう。
「へぇぇ、そら俺も初めて聞いたぁだなぁ」と、その声はクラソスさんだ。
 その声は奥にあるのぢさんの工導から聞こえるように感じた。
「したらなにか、その……ちゅう街に行けば、違う名前で、違う原料から作られで、だどもおんなじ……やら鉱材が手に入るちゅうことか」
 そしてまた、ぼそぼそと職工会の男の声が続いた。

 工導台の上に新しい書類やデータ媒体などないことを確認し、机の上の積測リオンのスイッチを入れてから、私物を窓際の棚に置く。
 それにしても、いやな会話の流れだと思った。
 こういった「使い物」はだいたい俺に回ってくる。
 もちろん、それが嫌なわけではないし、のぢさんやクラソスさんの役に立つのは誇らしいことだ。
 ただ、これまでの流れから考えると、その材料を使って匵灯を作るのだろう。
 不思議なのはやはり、匵灯をどうしてこの時期に作るかというただそれだけだ。そんな必要はどこにもないはずなのだから。
 突発的に壊れたのであれば、修理に持ってくればいいだけのことだ。そのほうがよほども安くつく。
 簡単な部品交換や修繕であれば、俺たちのうちの誰かが行けば、半日程度で片付くだろう。

 工導台の上の仕掛品を眺めて、どこまでの工程が済んだか思い出しながらさらに考える。
 修理ではなく新品の匵灯を作るとなれば、速くても半フロイ軌はかかるし、長ければ3ヴィルト軌、場合によっては半ペヌグ=サ軌かかることもあり得る。
 そもそも職工会の判断だけで、宦官からの依頼でなしに匵灯なんか作ってよいものなのだろうか。
 なんとなく、嫌な感じがした。

「おうい、津宇! ちょっとぉ、来でくれや!」
 のぢさんの声が響く。
 いやまさかなぁ、と思いつつ、仕掛かり品の確認を中断して、のぢさんの工導に向かう。
「あーい、今行くよぉー!」
 返事をしながら、いったいどんなことになるのかと、内心いぶかしい気持ちであることには変わりがなかった。





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