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//TimeLine:20160503

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TITLE:
レルペの肖像
SUBTITLE:
~ Statue of Relpeihzt. ~
Written by BlueCat


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//[Body]
 その漂穿柱の陰で、息を潜めていた。

 ラルソの棄径が危険な場所であることは子どもでも知っているし、ペセドガやアムザ扁虫がいることも分かっていたから、きちんと対策してきたつもりだった。
 祈祷師のまじないはきちんと作用している──その証に左の肩にこもった熱がときどきうずくのだけれど──し、今は暗くて正確には視認できないけれど、パッセル反応を利用して全身に刻んでもらった蔽覚シェルト譜は適切な時間に色と模様を変化させるはずだ。
 もちろん糜爛性の相変ガスを吐射するというラルソ擬属冑翼鹿であるとか、なめざりであるとか、伝説や噂の域を出ない生物がいるとはさすがに思っていないが。

 にもかかわらず、ここには何かがいて、それがあきらかな意思を持って何かを探していることが、ついさきほどの襲撃で分かった。
 大赤舌のように大きくうねるそれは、しかし、きゃけらきゃけらと大型甲殻扁虫そのもののような音を立てた。それも、捕食しようとその大きなあごを広げたときにだけだ。
 まずもって、音がしない。気配に気が付かなかったのはうかつだったけれど、それにしてもどんな方法で移動しているのかさえ分からなかった。

 地面は柔らかい粘土状の部分もあれば、石硝状に硬化している部分もある。濡れている部分も多いから、脚を使って移動する生物は、たいてい音を立てる。
 しかし赤舌だとしたら、そもそもあごなど持っていないし、今頃すでに呑み溶かされているだろう。
 ただ、こんな穴ぐらに赤舌が出ると聞いたことはないから、変異種でもない限りは違うだろう。

 間一髪であごの周囲に蠢く触腕をへし折れたことも、身をかわした後ろに漂穿岩があったことも、すぐに身を翻せる体勢にあったことも、ただの幸運でしかなかった。
 走りながら、あちこち突き出た尖石で傷を負ったし、このあたりに含まれている繊恵石質のわずかな光だけでは視認できなかった大きな石柱にぶつかったりもしたけれど(そして背嚢から、何かが墜ちた音がしたけれど)、なんとか逃げられたように思う。

 音はない。
 だから、こちらも音を立てることはできない。
 繊恵反射ではろくな視界はないものの、大きな影は動いていない。
 アムザ扁虫がときどき岩壁や天井を動いていて、繊恵光があやしく蠢いているように見えるから、慣れないうちは随分気分が悪かったし、不気味であることに変わりはないが、扁虫がこちらに気付いて襲ってくることはない。

 古くから言われるとおり、こういうときは長い時間が経過しているように感じるものだ。
 それにしても、これからどうすればいいだろう。
 ひとまず、周囲の地形はなんとなくだけれど把握できた。
 棄径のこのあたりは、とにかく漂穿岩柱が多いから、その場所と大きさを把握するだけでもずいぶん違う。
 繊恵光の遠近偏差や陰を利用して、だいたいの岩柱の位置と大きさや、天井の高さ、地面の窪みを把握するのだ。

 それから手探りで、静かに、背嚢を探る。
 ペスカデア聯木の蔦をごえごえの胆液でなめし、アゾダの獣脂に浸しては蒸散凝固させ、ハデアの樹根を焚いて燻してから、アゾダの革とごえごえの硬皮を縫い合わせたそれは、赤舌の酸にも耐え、大嚙付魚の牙も通さないはずなのに。

 しばらく探ると、しかし、そして確かに、胚嚢にはこぶし大の穴が開いていた。
 幸い、穴の位置はそれほど下の方ではないけれど、そのままにするわけにも行かない。
 身動きせず周囲を窺うと、アムザ扁虫がときどき立てるかたりくかたりくという微かな音しか気配はない。
 それでも明かりを点けるわけにはいかないので、背嚢をそっと外した。
 背後の漂穿岩は繊恵質を含んでいないので、少し離れた岩壁の淡い光でそれを確かめようとしたとき、視界の隅で繊恵光がおおきく遮られ、そしてそれは動いていた。

 左の方は比較的すぐに岩壁にぶつかるが、右の方は奥まっていて正確には分からなかった。
 その右手の隅にいると瞬時に判断したが、こちらの体勢がとにかく悪い。
 岩柱を背に、背嚢を両手で前に突きだそうとしている状態で、脚はすぐ立てる状態ではない。
 腕の動きを止めようとしたそこまでの数瞬で、陰が確実に大きく、つまりは近づいていると分かった。それも思ったより速い。

 背嚢を引き寄せ、脚を持ち上げつつ上体を倒して左前方に前転した。
 きゃけらぎ、という音を聞きながら(ああ、やっぱりあれか)と思った。
 前転の勢いで身体を立ち上がらせ、瞬間的な繊恵光偏差から周囲の地形を把握しつつ走り始める。
 後ろを振り返ったり、様子を確認している余裕はない。
 背嚢を抱えたまま、左手に迫った岩壁を蹴って右に方向転換したが、着地するまでのわずかな時間で、視認できていなかった岩柱に右肩をしたたかぶつけた。
 体勢を崩したのでそのまま身を丸めて前転する。きゃけきゃけらきゃけけらぎ、と気ちがいじみた音がして、そのとき明らかに、ぞるぞるという、振動のような音が混じっているのを聞いたが、距離や方向を確認している間はないだろう。

 ふたたび立ち上がって走り出す。
 背嚢の中の何かが脇腹に突き当たったらしく、痛みを発しているがそんなことはどうでもよい。
 穴が上になるように背嚢をたすき掛けにしながら走る。
 岩壁、岩柱、岩柱、窪み、岩柱、岩壁──。
 素早く視界を走査しながら、走る先の光に戸惑う。
 上下の対照な繊恵光が見えた。
 一瞬混乱しかけたが、水であると分かった。

 しかし「ただの」水だろうか。
 全力疾走ではないものの、不意を突かれた形なので、呼吸がすでに苦しい。
 あと数秒で足が水に触れる。
 このまま進むべきか、右手に地面を探すべきか。

 直前で踵を返して右手に進もうと考えていたとき、足が宙を踏んだ。
 そこは地面でも水でもなかった。

 落下していると気が付いたときにはすでにバランスを崩し、視界は上下が逆になっていた。
 やれやれここまでか、と思う。
 ここまでが自分の力であり、運だったのだ。

 背嚢の中に、繊恵光を反射するレルペの肖像が見え、それはいつものように穏やかな微笑みを浮かべていた。







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