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//FileName:Archive/Squared_real_and_dream
//TimeLine:2008121

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*淡いブルーの交差点
~ Squared real and dream. ~

Written by 工場長



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::子供が空を見上げて,「わぁ気持ち悪~い,蕁麻疹みたい」と言ったら、その自由な発想を讃えよう。
 そのピュアな感覚に大人は心を洗われるべきだ。
 知らず知らずのうちに感染している「大人病」にどうかご注意を。




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//[Body]

 今でこそ使うことはないが、私は、方眼紙が大好きだった。
 一般的な、水色の罫線の1mm単位のものは、A4サイズとA3サイズを持っていたし、3mm幅、5mm幅のルーズリーフのリーフレットも持っていた。
 たまたま、方眼紙が、あった。それが始めだろう。

 その、規則正しい配列に、機能美を、感じたのではないだろうか。
 方眼紙に強く傾倒していったのは、7歳の秋だった。
 直角や直線はもちろん、罫線の交点を使った対角線、直角に交わる2直線とそれぞれの任意の点を結ぶなめらかな曲線に至るまで、それらすべてが楽しかったし、できあがるものを美しいと感じた。
 もちろん、7歳の僕は「美しい」なんて語彙を持たなかったし、実際には「うつくしい」よりも「かっこいい」に近い、すごさを感じた。
 それはなんというか、同心円が7つ集まるとぴったり重なって、円周同士を結ぶと6角形になった瞬間を初めて見たときにも似た、感動だった。
 完璧なものが存在すると信じられた、その瞬間だったし、その完璧に向かって、シャープペンシルと消しゴムとものさしを駆使する、一種のクライミング体験であった。

 あるとき、宇宙船の、絵を描いた。
(今思えば、それだけで恥ずかしくなるような事実である)
 おそらく、テレビか本の影響だろう。
 三面図が、書きたくなったのだ。

 三面図。

 これまた7歳の僕には、圧倒的な驚嘆に満ちたものであった。
 メカというのは、なるほど、そうすることでなんともテクニカルに映るし、そもそも、ひとつのものをそうやって、複数の視点から同時に描くことが当時の僕には新鮮な驚きだったのだ。

 まだ当時の僕は「先端がとがっているモノがカッコイイ」とか「左右対称こそがカッコイイ」と思っていて、それを忠実に描いた。
 多くの男の子たちが自動車や電車、エクスカヴェイタやブルドーザに代表される採掘重機などに魅了される中で、僕がそこに到達しなかったのは、僕なりのメカに対する美学が「あんなのヘボい」と思っていたからに他ならない。

 今振り返って思えば、僕が設計の仕事に手を染めたこともあったのは、そうした「設計図なんかを描いてみたい」という思いがあったからなのかもしれない。

 もっとも、実際にやってみると「設計をする仕事」というのは「思った通りのモノを作る」仕事などではない(あたりまえだが)。
 コンセプトデザインを作るのでもない限りは、もっとシビアな現実を突きつけられる。
 時間や予算など、さまざまな制限があるし、そもそも誰かが作った形状に基づいて、機能を詰め込んでゆくだけの作業だったりする。
 それに、制限は、数値化できるものだけではない。
 たとえば上司のコンセプトが自分のコンセプトと違ってしまえば、自分の設計は通らない。
 他部署であるとか、関連会社であるとか、そういうところの絡みだってある。
 つまり、それこそが「設計という仕事」だともいえる。

 純粋に何かを発想し、それをカタチに変換する、という意味での設計は、おそらく個人でしかできないのではないだろうか。
(有名なプロダクトデザイナとかなら話は別だろうけれど、それでも、そこにしがらみや自身の心理的応力などのつまらない外力が働かないとは、思えない)

 こんなものがあればいいと思う。
 こんなカタチであればいいと思う。
 それは、時に滑稽な、絵空事。
 お絵かきのお遊戯ごとでしかないこともあるだろう。
 しかし、それだけで終わってしまうとも、思えない。

 たとえば一面にしか引き出しのない物入れは多いが、実際は二面に引き出しがあって、上面もフタが開いて、という方が便利なことだってある。
 そういうものが、あればいいと思う。
 その最初の発想さえもが、思いつく前に姿を消してしまいかねないような、そんな環境に自分の身を置かないようにできるかどうか、だろう。

 既存の物から選ぶのも楽しいけれど、そこに溺れることのないように自身をストイックな環境に置くことが、時には新しい発想を生むことにつながるのではないだろうか。
 もちろん、既存の物を多く知っているからこそ出てくる、新しい発想もあるわけだから、何が正しい、何がよい、という話ではない。
 ただ「こういうものが、あればいい」という、その貪欲さを、失わずにいたいと思う。

 今では方眼紙を使うことはないし、この先もおそらくないだろう。
 代わりに私はCGソフトを手にしている(当然、グリッドを愛用している)。
 ツールが変わったからといって、何が変わるわけではないし、大切な基本も変わらない。

 いつもぎらぎらと、飢えた目で、見ていたい。
 あれもちがう、これもちがう、こういうものが欲しいんだ、と。

 まっさらな方眼紙に、めったやたらに、手の動きの速度さえもがじれったくて仕方ないような、焦燥と愉悦と感動を感じたい。 

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::大人になれば,自分を制限しているのは基本的に自分だけである。
  もっとのびのびと自分に好きなことをさせてあげよう。
 大の男が着せ替え人形を買う。可愛いなと思ったら買う。
 どこに間違いがあるだろうか。
 それに顔をしかめる精神こそが,きっと何かに汚染されているのだろう。






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*出典
~ List of Cite ~


 引用は
「どうして1つ?」From『悠々おもちゃライフ』
(著作:森 博嗣 / 発行:小学館)
 によりました。





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*NEXUS
~ Junction Box ~


[Traffics]
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Category:ひなたぼっこ:工場長の設計室:青猫のひとりごと:青猫TOOLBOX





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