::生きる執着とか、そんなんじゃない。
自分が何なのか、忘れた奴から死んでゆくのさ。
まるで掃き溜めのようなもので、
人間というのは何も書かないうちに何も書けなくなる。
私にとっては、それがもっとも恐ろしい。
部屋が散らかってゆくようにして
塵が積もる。
ノイズが溜まる。
本来見えているはずの、綺麗なものたちが
曇る。
錆びる。
乱れる。
それが許せなくて、少しずつ、綺麗にしつづける。
出力とはそういうもの。
たとえば抑圧を受ける場合もそうだろう。
「これはいいことだ」とやりたくもないことを刷り込まれ、
「これはいけないことだ」とやりたいことを禁じられ、
そういう抑圧によって、一時的には、きれいなカタチができるだろう。
しかし、それはいつか必ず、応力で崩壊する。
本来、そのカタチになるべくモノが、そのカタチになるのである。
圧力によって作られるカタチというのは、いずれ無理でひずむ。
歪まないためには、余計な力を抜きつづけなくてはならない。
回しつづけないエンジンは、使い物にならなくなるのである。
それが、恐ろしい。
なぜかといえば、自分は、使いまわしもきかないし、買い換えることもできない。
きちんとメインテナンスしてやる以外に、方法がないのだ。
それでもたまに、メインテナンスを忘れると、塵が溜まる。
綺麗な出力が思い出せなくて、
塵を吐き出しながら、本来のカタチを、
自分の機能を思い出す。
夢のような茫漠
あるいは砂のように雑多な日常
誰も扉を開けないガレージ
眠りつづけたメカニズムは
自分の正体を忘れて
イグニションさえ届かない
錆びついたまま動かない
その本来の動きが機構を壊して
自分が誰だかも分からず
機能が何だか思い出せず
刷り込まれたオブジェのままで
朽ち果てる日を待つ
それが嫌だから
いつまでも自分を確認しないではいられない。
綺麗に保って
動きを確かめて
潤滑をよくして
何とかみ合わなくても結構
何に伝達しなくても結構
何を動かさなくても結構
何に組み込まれても結構
とにかく動いていたい。
まわり続けていたい。
自分が自分であることを、確認していたい。
途切れたメカニズムに記憶を吹き込んで
薄れた排気の匂いを呼び戻して
かすれた声を
泣くように。
笑うように。
呼ぶように。
叫ぶように。
汚れた外殻から、汚れを引き剥がして
自分の姿だけは、忘れないように
どんなカウルを纏っていても
どんな機構が与えられても
燃料がそこにある限り
オイルが中に巡る限り
回っていたい
動いていたい
熱を、
忘れないでいたい。
動けなくなる
その日まで
::煙を吐き出しながら、あいつは笑っていた。
笑いながら、しかし、気絶していた。
引用は
『屋根』(青猫工場 第6工場[※閉鎖])
によりました。
