■問題
たちまちに 君の姿を霧(きり)とざし
或(あ)る楽章を われは思ひき
『早春歌』 近藤芳美
(簡易訳)
君の姿は、すぐに霧に隠れてしまった。
それを見て私は、ある楽章を思った。
Q.
この歌に詠まれる作者の心情を答えなさい
A.
× 自分の前から彼女が消えていってしまうかもしれないという不安
○ 自分の恋愛が今後様々な展開を見せていくことになるだろうという予感
■解説
上は、ある高校の中間テストで出題されたものです。
多感な年頃のある生徒は、どうやら答えに納得いかない様子。
「彼女が消えてしまう不安」かもしれないじゃんと。
まあ、女子高生がこれを読めば、そう思うのがむしろ自然ですよね。
たちまちに 君の姿を霧とざし
もう少し一緒にいたかったのに、霧は君の姿をアッという間に隠してしまった。
その時、私は、ある運命を察したのである。
後に作中の女性と結婚した作者は、幾多の戦争を超え、激動の時代を駆け抜けることとなります。
これは、国語のテストの名を借りた歴史のテストであるということを、まずは理解しなければなりません。
■背景
まだ学生であった近藤は、アララギ派の宿泊歌会にて、中村年子(なかむらとしこ) と出会います。
淡い恋心を抱くも、国が戦争に向かおうという状況の中、直接的な愛の表現は、はばかられたのでしょう。
たちまちに 君の姿を霧とざし
或る楽章を われは思ひき
2人の運命に立ちはだかる世の不条理を秋の霧に喩え、幸運とも不運ともつかぬ未来を、楽章と詠んだのです。
近藤芳美は、生涯を通し反戦を世に唱え、闘う歌人で在り続けました。
■想像力
もし、自分が徴兵のある時代に生まれたら。
歌人と同じ覚悟で、人を愛せたでしょうか。
歌は感性で聞くものとしても、背景への理解はそれを妨げるものではありません。
知識は、想像力を奪いはしないのです。
近藤芳美 享年93歳
いつよりか 朝のひばりの鳴くことを
寝ねむとしつつ 妻は告げたり
(いつの頃からか
もう朝にひばりが鳴く季節になったのよと
妻は告げるのであった)
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