■別れ

穏やかで、聡明。

その子に初めて会った時、そう感じました。

幼い頃ににお父さんを亡くしたためか、お母さんの愛情はどこか、使命感にも似ており。


将来の夢はとても具体的で、人の死に関わるものでした。

よくそんな職業を知っているなと、感心したのを覚えています。

興味を持った理由などと、野暮なことは聞きません。



■夢

何かの目標のためには、しんどいことにも辛いことにも、耐えなければなりません。

私はそれを、応援する立場です。

ただ、一つだけ、こんな言葉を思い出すのです。



memento mori  (メメントモリ)





■絵画


memento mori
死を忘ることなかれ


美術界では割と有名な言葉で、こんな風に訳されます。

人はいつか死ぬのだから、富も享楽も虚しいといった、死生観を表す言葉として。


14世紀のペスト流行後、ヨーロッパでは、死をテーマにした絵画が多く描かれるようになります。

人々が、あまりに多くの死を目の当たりにしたからです。
Adriaen van Utrecht (アドリアン・ファン・ユトレヒト)1643年

最も多く描かれたモチーフは、骸骨です。

「死」はいつも、そこにあると。

Caravaggio(カラバジョ) "Canestro di frutta" 1599年

一見美味しそうな果物も、一部が傷んでいます。

露骨な表現を避けつつも、死を表現したものです。



■memento mori

上のように、中世ヨーロッパにおいて、"memento mori" は宗教的道徳感と結びつき、享楽的な生き方を戒めるものとして使われましたが、本来の意味は少々異なります。


"memento mori" はラテン語です。

この言葉の生まれはギリシャ・ローマ世界であり、その時代の空気を含んでいます。

古代ローマの詩人ホラティウスは、次の言葉を残しています。


Carpe diem, quam minimum credula postero 
明日のことはできるだけ信用せず、その日の花を摘め。

Nunc est bibendum, nunc pede libero pulsanda tellus.
今は飲むときだ。今は気ままに踊るときだ。


"memento mori"は、本来この文脈の中で使われた言葉です。

あえて大胆に訳すと、「今を生きよ」といったところでしょうか。



■今

子どもにとって勉強はいつも、この先のための"努力"として語られることが多いのではないでしょうか。

中学は高校のため、高校は大学のため、大学は社会人の準備として。

もちろん、その考えは間違っていないと思います。


一方で、瞬間を楽しむという考え方もあって良いのではと私は思います。

焦らずとも、目的は、やがて形を持って現れてくるはずです。

考えすぎず、イメージをあまり固く持ちすぎず、その瞬間の美しさに気付いてくれたらと願っています。






C.O.D. Club 〜また会いましょう〜

 
 

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