■効率

世の中には、「効率」という言葉があふれています。

コスパ、タイパ、海外旅行から受験競争にいたるまで、効率は一つの戦略の要として語られることが多いように思います。

教育の現場に立つ私からすると、これらの論調に反目することは、単なる天邪鬼(あまのじゃく)ではありません。


■依頼と効率

私への依頼のほとんどは、効率的に成績を上げてほしいというものです。

高いお金を払うわけですから、当然の要求です。

一方、生徒に楽しんでほしい、私も楽しみたいというのが本音でもあります。


■勉強と効率

勉強を教えていて最も楽しいのは、生徒が別解を思いつき、嬉しそうに話して聞かせてくれるときです。

1つの問題に対して複数の視点(parallax)を持つことは、効率の観点から見れば悪であり、快楽主義的観点からは醍醐味そのものです。

勉強を得意とする子は、部分的にこうした悪しき・・・、ただし魅惑的な感覚を必ず持っているものです。


■子どもと効率

長年、勉強の先生として経験を重ねて悟ったこと。

それは、遊びを好み夢中になって無駄なことをしつくすのが、そもそもの子どものあり方ということです。

「子ども」と「効率」は、実に相性が悪いのです。


■非効率

現実的には、大人になる過程において、効率は身につけておくべきマナーの1つかもしれません。

ただ、全ての物事を効率を軸に判断することは、生きる喜びを減らすことに繋がりかねません。

非効率、無駄、余白、遊び、教養、これらは全て視点の多さ、豊かさの証です。

最短ルートにしか興味のない旅人が、道端に咲く花の美しさに気づくことはないのです。


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