朝6時15分起床。よく眠れた。
曇天だが朝の空気はさわやかだ。
朝食は海苔・納豆・卵・焼き鮭・野菜の炊き合わせ・卵焼き・切り干し大根・ポテトサラダ・野菜サラダ・お新香・ごはん・味噌汁。朝から御飯3膳を頂く。
腹ごなしに朝の散歩。
なにかいろいろな神様が祀〔まつ〕ってある。左側はこの山の開祖といわれる役行者〔えんのぎょうじゃ〕。
中央の岩には「石鎚権現」と彫られている。
水車が見えるがおそらくかつての観光用で実用のものではないだろう。
西条市は石鎚山をはさんで久万高原町〔くまこうげんちょう〕と接しているがこのあたりから車では行けないらしい。
ここも役行者が祀られる建物。「石土山役行者」「石土山根本道場石中寺」などとあるので「石鎚山」の元々の表記は「石土山」だったのかもしれない。
この辺はこういう落石がふだんからあるようだ。
宿に戻り出発の支度を整えチェックアウト。こちらの宿は現金による現地決済である。
いざ石鎚山に出発。ロープウェイ乗場に向かう。9時4分。
こちらにも役行者のお堂。
役行者はこの山を開いた人らしい。「山を開く」というのがどういうことかよくはわからない。
この地出身の歌人の碑。
ロープウェイ乗場。山麓下谷駅とある。
こちらで切符を購入。大人片道1200円。往復だと2200円。日帰り登山も多いようだ。土産物も少し置いている。駅員は女性一人。営業は8時40分から17時まで20分に1便運行。
本体は意外にカラフル。
客は私一人。9時19分。出発進行。
到着。およそ8分の空中散歩。
こちらは駅員さん一人。
山頂成就駅。こちらの標高は1300m。西日本最高峰の石鎚山は標高1982m。これから700m程を登ることになる。
売店はこちらの売店は充実している。
ジオラマなんかもある。
いよいよ登山道へ。9時30分。
この先にはスキー場がありリフトもありまで少し先まで乗ることができる。四国にスキー場とは意外だが冬場はちゃんと積もるらしい。
私はもちろん登山道へ。だいぶ整備されて歩きやすい。
標高1000mを超えると植生が変わるのがわかる。
奥前神寺〔おくまえがみじ〕。四国八十八箇所霊場第64番札所の真言宗石鉄派総本山前神寺(所謂お遍路さんの巡る寺の一つ)の奥の院。9時40分。
この辺りは土の上に落ち葉が積もって足元が適度な弾力があり歩きやすい。
この辺りは地面が硬い岩肌である。
ここから成就社。9時55分。
成就社は石槌神社の4つの社殿の一つ。石槌神社は石槌山を神体山(神しずまります山)とし石鎚毘古命(いしづちひこのみこと)を祀る神社。山頂の頂上社・中腹(7合目)の成就社と土小屋遥拝殿・麓の本社の4つを合わせて石槌神社である。成就社の名は開山の祖である役行者(えんのぎょうじゃ=役小角〔えんのおづぬ〕)が石鎚山頂を目指して力尽きたところ斧を研ぐ白髪の老人に出会い「この斧を研いで針にする」との言葉に感銘して再び行を続け開山することができた。下山し山頂を見返し「吾が願い成就せり」と改めて石鎚山を拝したところが現在の成就社であることに由来する。因みにこの時の老人が石鎚大神(石鎚毘古命)であり現在では全国各地より諸願成就の宮として尊崇を集めるという。
石鎚山はそもそもそういう信仰の山であるということ。
この辺りは宿場町のように宿泊施設が立ち並ぶ。かつては登山客やお遍路さんで賑わったのだろうが今はひっそりしている。
社殿内を覗いてみる。
鬼の面のような絵は役行者を描いたものか。
登山道の入口となる門。その手前には今治西高校など高校の施設が並ぶ。登山部のものか。鰐稜〔がくりょう=石巻高校〕ではワンゲル(ワンダーフォーゲル=さすらう鳥、渡り鳥)部とか「山部〔やまぶ〕」といったが。
ここからが本格的な山道。10時8分。
山頂までおよそ2時間。
苔や茸。菌糸類が賑やかだ。
シロモジはクスノキの一種。
ところどころに鳥居があるのは山頂までたどり着けなかった者がここから山を遥拝できるようにするためとのこと。左の立札に「霊峰石鎚山 遥拝の鳥居」の文字があり賽銭箱もある。
出発してしばらくは下り坂が続く。道を間違えたのではないかと心配になる。
八丁。10時32分。
「八丁」は山頂への厳しい登りが始まる地点。所謂「胸突き八丁」のこと。修験道の修行で修験者たちがここから山頂に向かって一気に駆け上がる距離である八丁〔一丁は約109m→八丁=約870m〕に由来する。「禅定が森下」とも呼ばれる。「禅定」とは心を静めて一つの対象に集中し雑念を払う瞑想状態のことで霊山に登ること自体を「禅定(山岳禅定)」と呼ぶこともある。それを行う「森」の麓〔ふもと〕という意味で「禅定が森下」である。
この図でここまでが下り坂であったことが確認できた。
登山道整備のための資材であろう。
白っぽい樹皮はブナか。
きれいな葉っぱたち。
「試しの鎖」。山頂まであと半分。11時13分。
石鎚山には「鎖〔くさり〕」で登る場所が4箇所ある。もともと修験道の修行のためのもの。「試し」は「お試し」という軽い意味ではなく「試練」という意味で48m。ほぼ垂直の崖をこれで登る。 む、無理です。
私は鎖は登らず迂回路に回る。私は修験者ではないし私の目的はこの試練を乗り越えることではないからである。(登山装備で結構重い荷物を背負っているし。)
紫蘇の花。
廃墟らしき売店。小雨が降っていたしここで小休止。着ていた合羽を脱ぐ。11時32分。
最初「あめゆ」が何のことかわからなかったが英語看板のginger〔ジンジャー〕で「生姜湯」とわかる。
後から大学のサークル仲間らしき男性グループ5人ほどが入ってきて一休み。
若者グループを先に行かせ出発。11時48分。
石鎚山にはキリンソウの仲間で四国固有種のアキノキリンソウやヒメキリンソウが咲くそうだ。これがそれであろう。
鳥たちの声は聞こえなかった。
リンドウ。
夜明峠。「よあかしとうげ」と読む。登山道が十分整備されていなかった昔参拝者や登山者が夜明かしして朝を待った場所というのが名前の由来らしい。12時00分。
シダ植物の一種。
「一の鎖」。長さ33m。
急な登り坂で小雨に濡れた木の梯子状の足元は滑りやすい。
鳥居が見えたが頂上はまだ先である。
西条市側と久万高原町側の二つのルートの合流点。
ミソガワソウ。シソ科イヌハッカ属の多年草の一種でその名は木曽川源流の一つ味噌川付近に多かったことに由来。北海道から本州中部以北及び奈良県や四国の低山帯から高山帯に分布する。このあたりにはよく見かけた。
山頂に至るまで最後のトイレ。12時37分。
管理は愛媛県県民環境部環境局自然保護課による。
万一の時の避難小屋の役割も果たす。
ニの鎖。65m。
こういう立て札を見るたびに思うが実際落石があったとしてどうしたらよいのか。防ぎようがないような気がする。ヘルメットでもかぶっていれば被害は少ないかもしれない。
鉄製の桟道〔さんどう〕。谷側に手すりはない。
桟道とは切り立った崖や岩場などに木や鉄などで棚状の足場を組んで作られた道や橋のこと。
何の実であろうか。
なかなかハードな石段。
休める木のベンチ。
山肌にガスが立ち込めているので見通せないがけっこうな断崖のはずである。
登れ登れ。
お。プロペラ状のものが見える。
建物。
頂上山荘。山頂に着いたようだ。
先ほどの学生グループがカップ麺をすすっていた。
13時23分。頂上に到達。石鎚山は国定公園。標高1982m。
ガスが立ち込め見晴らしはないが清澄な大気と深遠な雰囲気で清々しい。
さてここからは天狗岳という文字通りの山頂に行けるはずだが。地図を見ると石鎚山の頂上付近は神社のある「弥山〔みせん…1974m〕」と真の最高峰の天狗岳〔1982m〕がある。その天狗岳へのルートが見当たらない。南面の断崖に鎖が垂れているがここは危険過ぎる。もしこれがルートだとしたら一人で行くことはできない。転落等の事故があった時に助からないし遭難騒ぎになる恐れがあるかだら。
そういうわけでまずは石鎚山登頂完了である。
振り向くと神社。石鎚神社の頂上社である。
イシヅチザクラは石鎚山系と赤石山系に群生する。キンキマメザクラとタカネザクラとの自然交雑種といわれる。(絶滅危惧種)
神社の横に回り込み写真を撮っていると下から登ってきたばかりの男性から声をかけられる。「いや~鎖を登ってきた。証拠の写真撮ってくれ~」とスマホを差し出す。30代ぐらいで白いシャツにリュックサックの軽装。快諾しついでに私も撮ってもらう。神社のこちら側は鎖で登ってきた時の到達点になっていたようだ。
一旦この男性とは別れるのだが山頂山荘に入って「あめ湯」(生姜湯)を飲んでいると缶ビール片手の男性と再度遭遇。ビールをおごると言われるが私は大腸にポリープができたので控えていると答えると残念そうにした。私が「実はこの先に天狗岳という本当の頂上があるようなのだが登らないか」と水を向けると「それは面白い」と即決。
山荘売店の主人に天狗岳へ行くルートを訪ねると「すぐそこ」というもののわれわれが要領を得ないので傍らで聞いていた神主さんが「じゃあ私が案内しますよ」というのでご好意に甘えることに。さて行ってみると先ほど私がまさかここじゃないだろうなと思ったその場所がそうであった。神主は「ここですよ」と事も無げに言う。断崖絶壁に鎖が一本垂れていて行きつく先は霧に包まれている。神主曰く「20mぐらい降りるとあとは一本道だから」。その言葉を真に受け私と男性はその鎖を降りていったのだ。
鎖を降りると一本道? 道か? 道というより左右を断崖に挟まれた稜線。
それでも男性はすたこらさっさと先に行ってしまう。
足元の岩場にはペンキのようなもので矢印がかかれている。これを伝って進めということか。
だんだんと周りに何もなくなってくる。足元も狭く両手両足で岩を掴みながら前進する。
この時思ったのが「ああこれがボルダリングというやつか」。ボルダリングというのはロッククライミングをスポーツ化したもので人工的な岩場に手足をかけ伝って登る競技だ。手足を引っかける先を確かめながら手足足先に神経を集中しがら登る。その点は同じだ。しかし同時思ったのは「あんなもんじゃない」。ボルダリングは手足が外れても命綱があるが本物の山登りでは一たび手足を滑らせれば即「死」だ。
ちょっとでも気を抜けば谷底に落ちるそんな状況。
慎重に慎重に先に進む。
なんとか山頂に辿り着く。記念撮影。14時21分。
山頂に少しスペースがあったので男性と座り込み休憩がてら四方山話〔よもやまばなし〕をした。男性は「マンノー」からやってきたという。「満濃池の満濃か」というと「あ、そうそう」。満濃池は香川にある。雨の少ない四国によくある灌漑用のため池である(日本最大)。こんなところで中学で習った地理の知識が役立った。男性はもともと左官屋さんをやっていて蔵を造る人間なのだが近年は建物が画一化しつまらないので仕事を辞め新潟の蔵造りの名人のところに通い修業をしてしているという。私は山陽から四国にかけて車窓に和風の切妻造りの屋根が多く伝統的な家の造りを守ろうという意識があるのではないかと感じたことや日本酒の世界ではホーローやステンレスのタンクではなく木桶で酒造りをする蔵がでてきていてそれは木桶を作る職人の伝統を引き継ぐだけでなく酒造りが自然の理法に適〔かな〕ったものになり酒の味に良い影響を与えているなどという話をした。古いものを生かすことは未来を拓くことにつながるということを私は言いたかったのだ。
そんな話を天狗岳の山頂で30分程もしただろうか。そろそろ戻ろうということで来た道を引き返した。「これ帰りの方が危ないな~」「霧で下が見えないから登れた。見えてたら無理だった」「飲んでなかったら登れなかった」などと互いに言い交しながら。
ここから鎖で登る。
戻ってきた。15時01分。
男性とはここで別れた。連れ合いを下に待たせていると言っていた。土小屋ルートで来たはずだから土小屋の駐車場に車で待機させていたのだろう。こんな出会いをしたのだからまたどこかで会うかもしれないねと言い互いに電話番号も交換しなかった。
今思えば男性は試したかったのだろう。なぜこの山に登りに来たのか。何かに挑戦することで自分を試し鍛えたかった。無謀さもあったがこの登山は男性にとって何かに向かうえで心に弾みをつけるものになるのかもしれない。そして私にとっても忘れられない思い出となった。
(文字数オーバーのため次の記事につづく。アップは2~3日後になると思います。)
付記
最近のお気に入り…テキサスに連れて行ったばかりに























































































































































































