鰐陵(石巻高校)同窓の坂本くんより国語の丹野征一先生が21日朝に亡くなったとの連絡を受けた。
通夜、火葬は済み、葬儀は本日午後1時より大街道の清月記にて行われたようである。
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丹野先生に私にとって2年生時の担任であり、3年間現代国語の先生であった。
丹野先生の授業についてはいくつか記憶に残っていることがある。
ひとつは修学旅行中に先生が創った俳句のことである。現国の授業中に旅行を振り返った時のことだったと思うが、たしか初句が「胡坐して」であった。「胡坐」(あぐら)という言葉を漢字で目にした最初の記憶である。
ひとつは「所謂」の読みである。
これの読みを皆に問うて、私は「しょせん」と答え、それに対して先生は「所詮」と板書で応じた。
ひとつは「阿Q正伝」のことである。
授業中、おそらく魯迅の「故郷」か何かを扱った時ではないかと思うが、この作品の話になって、先生が、
「読んだことある人~」
と聞き、私が手を挙げると、
「分かった?」
と訊かれ、私が、
「よく分からなかった」
と答えると、
「分かんなかった…。」
と、「まあ、そうだよなあ~」という感じで引き取られた。
「分からなかった」ことをはずかしく思う気持ちはなかったが、「分からなかった」ことをそれはそれで理解できると応じた先生の態度に、少しの安堵とともに、文学作品を視る際の或る何事かを伝えられたように思う。
中国の近現代史についてある程度の理解がないと何ゆえに狂人とも思える人物を主人公に描かねばならなかったのかはたしかに理解しがたい。
文学(の歴史)がそれを生み出した社会(の歴史)と分かちがたく結びついていることを明確に意識させられた最初の経験といってよい。
そして「チチウエー」である。
先生は、私の担任をされている頃、三人目のお子さんが生まれ、いずれも女の子さんであった(と記憶している)。お子さんたちには、ウチは貧乏だから中学を卒業したらみんな働くのだよというようなことを早くから教育(?)していたようなことをおっしゃっていた(ような気がする)。
それはともかく、お子さんたちに自らを「父上」と呼ばせていたので、帰宅すると幼子たちが「チチウエー」と言いながら駆け寄ってくると相好を崩して話していたのが記憶に残っている。
子煩悩で、少しお茶目な人。それが先生についての私のイメージである。
感謝とともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
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…亡くなったことはうれしいことではないが、先生に湿っぽい雰囲気は似合わない気がする。だからこんな歌を。幸せな家庭を築かれたであろう先生に捧ぐ。
Overjoyed - Stevie wonder - Lyrics
付記1
坂本くんによれば、今年度同窓会誌鰐陵51回生たよりにて、現在勤務している東松島市立大曲小学校で,野菜博士として地域活動、学校運営に協力していただいている阿部ひで太君(ラグビー部)について寄稿したとのこと。来年2月頃発行とのことです。
付記2
鰐陵同窓会のHPを覗いてみますと、卒業生のみならず在校生の活動状況も知ることができます。野球では来年の春の選抜21世紀枠推薦校になったことが伝えられている。
最終選考は来年1月。楽しみである。
※ 鰐陵同窓会HP