
8月のみそかに生田駅前の小さな食料品店でいちじくを見つけ買ってみた。
いちじくは熟すと赤茶っぽい色になるが、そうなる前は梅の実のように青々している。そうして強く圧すると樹液のような白い液を出す。
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大文字屋の庭にもいちじくの木があった。縁側から右手に池があり、その向こうに植わっていた。私が子どもの頃すでに2メートル以上、幹は曲がりくねっていて太さ15センチほど。樹齢はいくらぐらいだったか。
夏の終わりか秋口か、山の享さんがいちじく採りに来てくれた。あまりはっきり覚えていないが、おんちゃんや私や兄が登って実を採り集めた。30~40個だったか50~60個だったか、笊(ざる)が山盛りになった。
いちじくの実は熟すと先端から赤くひび割れ肌色と朱色の入り混じった果肉が官能的だが、食すると甘味酸味ともに淡く、少しの青臭さもあってあまり進まない。砂浜で深いと思って踏んだ足が思いの外浅く、そのギャップにとまどってしまうようにいちじくの味は浅い。
盛大に集めたものの生食では余ってしまうそれらをいつまにかキクちゃんは大量の砂糖で煮込みジャムにする。濃厚な甘味にはなるがしかしこれもややクセのある味であまり進まない。
そうやっているうちいつのまにか大量のいちじくは台所から姿を消すことになる。
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買ってきたいちじくはやはり味が浅かった。外観が濃い味のように見えるだけに拍子抜けする味である。そして同じく淡泊な味わいのあけびのようなさっぱりした感じがイチジクにはない。結局表皮を剥き、ざく切りにしヨーグルトを加えて食した。
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大文字屋の庭は私が子どもの頃にはすでにあった。そしてすでに荒れはじめてもいた。小学校入学前には池に金魚が泳いでいたし、亀も泳いでいた。キクちゃんがその亀を冬眠するからといって脱脂綿に包んでタンスにしまっていたりした。池の向こうにいちじくの木、石灯籠のようなものはさみネコがよくよじ登っていた松の木、その向こうに御明神さん、その向こうに土蔵があった。縁側から右に見えるこれらは思い出せるが、踏み石に仕切られた左側はあまり思い出せない。5ミリほどのおそらくは食べられない赤い実のなる低木が生えていたか。
おそらく祖父英雄の代にはできあがっていたであろう庭は私の目からは「荒れている」ように見えた。もっと整えればきれいなのにと子ども心に思った。一説では庭は荒れ放題なのが趣味がいいそうだが、仕事机の上を物でいっぱいにする憲ちゃんにそんな趣味があるとも思えず、たんに無頓着だったのだろうし、商売でそれどころではなかったのだろう。
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大文字屋の庭になぜいちじくが植えられることになったかはわからない。なぜ柿ではなかったのか、あるいは桃ではなかったのか。
でも考えてみれば私にはそれほど美味しいとは思えないいちじくの実が、いまだにくだもの屋の店先に並ぶのも不思議だ。
一般的には薬効、また加工して菓子に生かされ、海外では乾燥果物として利用されているようだが。
原産地はアラビアで六千年前のメソポタミアでの栽培も確認されているそうだ。聖書にも登場するこのくだものの風味には、彼の地の風土や歴史の味わいが秘められているのかもしれない。
大文字屋の庭にいちじくを植えた人も、もしかしたらその香りを嗅ぎ取っていたのかもしれない。
付記 最近つぶやいた曲
…もともとアート色のあるグループのポップに仕上がった曲。映像に気をとられますが、まず曲が良いと思います。外国人の目から見た現代日本人の日常生活としては、比較的実態から乖離していない映像だと思います。「清潔な盗賊」というネーミングもいい。今石巻のターワンがある建物の2階にあった「泥棒貴族」を思い出す。これはもとは映画の題名らしいが。
Clean Bandit - Rather Be ft. Jess Glynne [Official Video]
歌詞訳→およげ!対訳くん
