ウクライナの旅の最後に、キエフを観光しました🇺🇦
色々なものを目にしましたが、キエフ音楽院とマイダンが1番印象に残りました。
キエフ音楽院といえば、かの有名なホロヴィッツが在籍していた音楽院です!もうその情報だけで十分。入り口だけ入れたのですが、ものすごい歴史を感じて、まるでモーツァルトの住んでいた家に入った時のような感覚でした。
次にその隣にあるマイダン。マイダンはウクライナ語で広場という意味があります。
2013年にニュースになっていた場所。当時のウクライナ政府が、ロシアとの仲を深めようとして国民がデモを起こした場所です。国民が平和的なデモを続けていたにも関わらず、そこにウクライナ政府がそれを潰しにかかります。ウクライナ政府の軍隊と言われていますが、実際のところは不明です。親露派の武装組織、もしくはロシアから送られた武装組織かもしれません。なにせ、国民をスナイパーを用意して撃ち殺したのですから。。。。
マイダンの横には、坂があります。
そこにデモで亡くなった方の写真と、その時に国民が武器として使っていた当時の道路の石が積まれています。
その周辺の木にも写真が巻かれ、デモ直後にはそこに銃弾の跡があったそうです。
写真を前にした私は、人生で3回目、言葉を失いました。1回目は広島、2回目は沖縄、です。
亡くなった方は、私より若い人、教師、学生、本当に普通の人たちでした。
みんな正義感に溢れ、大切な人を守るため、国を守るため、見えないもっと大きなものを守るために、戦ったのだと感じ、写真を見ながら確かに生きていたことを目の当たりにし、言葉が出てきませんでした。
平和や戦争、武器が必要、いらないなどさまざまな言葉が飛び交いますが、そんな言葉、所詮言葉。綺麗事だと気付かされました。
今、台湾の問題も連日ニュースになっていますが、結局構図は同じで、政府VS国民。そして武器を持った警官に一瞬で殺される。せめて国民も火炎瓶など使うけど、それは少しの抵抗にすぎない。平和的なデモをしていても、なにかをきっかけに国民も反発してしまう。武装した警察を見れば護衛本能も働くだろう。けれど結果鎮圧のため誰かが犠牲になる。
言葉にすれば、なるほど、どうすればいいのかなと考えるけれど、
亡くなった人たちを前にして、とにかく命が終わったことの哀しみしか残らなかった。
もし私も当時マイダンにいたら、戦いに行っていたと思う。だって許せないから。
命を終わらせないために、それぞれが深く、いろんな視点から考えるべきだ。
ここで死者への祈りが捧げられる。
鐘の音さえも天気のいい日でさえも
哀しみが消えることはない。
成田瑞季 ピアノ弾き