娘がハイハイとつたい歩きをしていた頃だったから生後8〜9ヶ月ごろだったかな。

 

うちの嫁が日本人がやってる〇〇式右脳開発の教室情報をゲットしてきて興味を示し、俺には一言の相談もなく娘の右脳開発のために入園手続きをした。

 

娘を教室に入れた当の本人は当時医療事務員としてフルタイムで仕事をしていたので、結局、俺が娘を右脳開発教室に連れて行く羽目になった。

 

入園といっても週一の教室でうちの娘以外に幼児は一人もいなかった。

きっと開業まもなく知名度が低いのかもしれない。俺としては他のお母さん達と会うのも気恥ずかしいのでプライベートレッスンの方が好都合である。

 

 

幼児対象の教室なので女性の先生がいるのかと思いきや

先生は見た感じ60歳中半ぐらいの割とご高齢の男性だった。

 

両サイド白髪で真ん中ら辺はほとんど毛がなくアインシュタインを彷彿とさせていた。この先生は天才に違いないと思った。娘の右脳開発に期待が膨らんだ。

 

先生はいつもニコニコして話し方も声も優しく、幼い娘は先生にすぐに懐いた。

 

右脳開発プログラムは毎回、絵カードめくりから始まる。

 

果物や野菜、お菓子、乗り物などの絵を娘にどんどんと見せ、先生は声を出して絵を読み上げる。

 

りんご、みかん、だ、大根、にじん、に、にんじん、チョコレート、え、えっと、ポテトチップス、あ、間違った、、えっとえっとアイスクリーム、、あ、違う違う、キャ、キャ、キャンディ、、

 

先生はなぜかよく噛む、そして間違える、そして時々カードを落とすびっくり汗

 

あまりにも噛みまくるので娘の集中力が持たなくなり、娘は絵カードから目を背けていた。俺は先生に申し訳ない気持ちになり、せめて俺だけはその絵カードを見ながら頷いたりしていた。

 

ある日、先生は手作りのウサギの被り物を作ってきた。画用紙で作った長い耳がピンとたったうさぎの顔が輪にくっついてるやつだ。本来ならば他にも数人の幼児がいてみんなでその被り物を頭につけるのだろうが、何せ教室にはうちの娘しかいない。

 

なのに先生はそのうさぎちゃんを三つ持っていた。

 

先生はいつものようにニコニコと目を細め、優しい声で

 

今日はうさぎちゃんのダンスを踊りまーす。音譜

 

と言い、先ずは先生自らうさぎちゃんを頭に装着した。そして、娘の頭にも付けてくれた。娘は嫌がらず素直にうさぎちゃんを頭に付けていた。

そして、もう一つうさぎちゃんを先生は持っていた。

俺の顔を見ながらニコニコし近寄ってきた。俺の目を真っ直ぐに見て、

 

お父さんもうさぎちゃんを付けてもらいますか?

 

え?ぼ、僕もそれをつけるのですか?

 

正直、断りたかった。何が悲しくていい歳こいた中年男がうさぎちゃんを頭に付けなきゃならんのだ!と反抗心が湧いたが、、しかし、ご高齢の先生は娘と俺の為に夜なべして作ったであろううさぎちゃんを無碍に断るのも悪いと思い、、

 

あ、はい。ありがとうございます。

 

俺はうさぎちゃんを頭に装着した。

 

先生は満遍の笑顔で嬉しそうにして、いきなり、しかも、アカペラで聞いたことのないうさぎちゃんの歌を歌いはじめた。

 

ぴょ〜んとうさぎちゃ〜ん

ぴょ〜ん音譜ぴょん音譜ぴょん音譜ぴょん音譜

 

そして、”うさぎちゃ〜ん” に合わせて手のひらを頭の両サイドに上げ、うさぎの耳を真似することをしぐさだけで強要してきた。そして当然のようにぴょんぴょんぴょんっでうさぎのように跳ねなければならなかった。

 

俺は恥も外聞もなく必死でうさぎちゃんのダンスを踊った。

 

ふと娘を見ると、娘はうさぎちゃんダンスは早い段階で飽きてしまったらしく、遊び場で一人オモチャで遊んでいるではないか!ガーン

 

中年男とアインシュタイン風のご高齢の先生は、

うさぎちゃんの被り物を付け、うさちゃんダンスを踊っていたのだ、、二人だけで汗

 

 

あれから19年の月日が流れたが、果たしてうちの娘の右脳は開発されたのだろうか

 

うちのビッチ嫁は言う

 

あんたの右脳が開発したんじゃない?良かったじゃん!