後輩達が頑張っている姿には、頭が下がる思いです。

しかしながら、それは、資格試験に合格するためで、カウンセラーになりたいからではないのでしょうね。

何故か、資格試験が終わったら、殆どが練習にこないんですから…。

私、個人的には、そんな後輩にはカウンセラーになってほしくないですし、私は、カウンセリングを必死にしてるし、クライエントの居場所になりたく、必死ですし、そのために、貪欲に学ぼうとしてるし、勿論、後輩達に厳しく接して、時には、恨まれても本望と思ってやっています。

それを、言い方が伝わらないとか、心にぐさっとくるとか、すぐに泣くとか、おかしいやろと言いたいです。

伝えるのが、仕事なのかも知れません。しかし、自分の意志でこの養成講座を受けに来たんじゃないのと言いたいです。

色んな悩みを持って、必死でやっている人もいます。自分を知ってるからこそ、もがいている人もいます。なのに…。

なにか、遠い所を向いてる人が多いです。

目の前に、座ってるやろ。助けを必要とする人が、その人に人として、全身全霊をかけて、居場所になってやらんかいと言いたいし思ってます。

そうでない奴は、クライエントに失礼です。

やはり、行き着く所は、人間性心理学ですよ。試験の基準に人間性を評価する項目をいれないと我々の構想は達成されないと強く強く感じています。

この気持ちは、どこに持っていったら、いいのでしょう。

私も聖人君子じゃありません。大儀の為には、妥協します。

でも、妥協していい所と悪い所があると思います。

これでいいのかと迷ってます。

自分や家族が、貧困に耐えているのは、大儀のためです。

大儀のない方々と一緒にやっても大儀は、達成されるのか?

正に、私個人のターニングポイントを迎えたような気がする最近です。