ネットに繋がっていないと不安になる、という心理状態は、いまや各国共通の社会現象となっている。モバイル端末は、不安やネット依存の発生装置にもなる。
大量の玉石混交の情報が、砂嵐のように渦巻くIT社会を無傷で生きるためには、情報の真贋を見極める判断基準の確立や情報の判断スキルの習得等々が必要になるのだろうが、まだまだ現状に追いついていない。というより、情報(エントロピー)は増大し続けるという法則からいえば、永遠に追いつかないのかもしれない。
自分で思考し、判断し、決断し、行動し、自分の言動の結果に全責任をもつ‥‥といった自我を確立した人間であれば、そう簡単にネット情報に振り回されることはないだろう。しかしネット社会だからこそ、なかなか自分仕様の自分軸で生きている人は少ない。
ところで、インターネットは超絶便利なシステムではあるけれど、あまり向いていないものもある。
個人的な交流(コミュニケーション)である。
悩みの原因として圧倒的に多い「人間関係の悩み」も、SNSを媒介としたケースが新たに加わり、その占める割合が徐々に大きくなってきている。
インターネットというのはネガティブな虚言が増幅する装置でもある。
年齢を偽る。性別を偽る。職業を偽る。身分、経歴を偽る。写真を偽る。善人を装う。正義を装う。不安を煽る。憎悪を煽る。欲望を煽る。
そして偽ることに対する罪悪感が希薄になり、対面ではためらうようなことも容易にできてしまう。
発信する側となっても、本音や素の自分をそのままネット上に晒すのではなく、何かしら自分を演出したくなる。つい、かっこいい自分を演じたくなる。←ワタクシ
しかし、ネット上では不可能なこともある。
コミュニケーションによって信頼関係を築くこと。
生身の人と人との交流の過程で成り立たつ信頼関係は、ネット上での交流をいくら重ねても構築できない。これは断定してもいいように思う。
(もちろん、リアル交流なら必ず信頼関係を築ける、という意味ではない)
ここでは主にリアル交流によるメリットを挙げる。
リアル交流で得られるメリット------------------
1. 触覚・空気感を通じた深い感覚
空気感や肌感覚で人のぬくもりを感じる
⚫︎ 握手、ハグ、肩に触れるなどのスキンシップは、オキシトシン(絆ホルモン)を分泌し、安心感を生む。
⚫︎ 場の空気を共有することで、共感や安心感、不審感、違和感など言葉以上のものを感じ取れる。
⚫︎ 微細な表情変化、呼吸、間(ま)といった要素を感じ取れるため、より深い理解が生まれる。
⚫︎ 相手との相互作用による五感の刺激が脳の働きを活発にする。
⚫︎ 親しくなると、会話をしていない時間も一緒にいる安心感があり、沈黙の時間を心地よく共有できる。(ネットでは、沈黙が「返信がない=不安」につながりやすい。)
2. 予測不能な出来事による刺激と成長
ネットではアルゴリズムによって同じような情報ばかりが集まる。偶発的な出会いや意外性のある交流はリアルなシーンに生じる。
⚫︎ 偶然の出会いや出来事による刺激。
たまたま隣に座った人と意気投合する、意外な場所でばったり嫌いな知り合いに会う、など、「予測できないリアルな体験」が生じることで脳を刺激する。
⚫︎ リアルな対話の中で瞬時に思考を整理する力がつく。
直接の会話では、その場の流れに応じて即座に返答する必要があり、対話力や対応力が鍛えられる。
⚫︎ ネットでは時間をかけて考えた返信ができるため、この「即興の思考力」は磨かれにくい。
3. 本物の信頼関係の構築
リアルでは「一緒にいるだけで安心できる」関係が生まれる。
⚫︎ 長期的な関わりの中で互いに「偽りのない人間性」を知ることができ、その上で信頼関係を築いてゆける。
⚫︎ 実際に何度も会い、言葉や行動の一貫性を確認することで、「この人は信用できる」と判断できる。
⚫︎ 長時間一緒に過ごすことで同じ体験を共有し、それが信頼関係を深める。
⚫︎ リアルな関係では約束を守る・時間を共有する・トラブルに向き合う、といった責任感が求められ、そこに信頼が生まれる。
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リアルな交流には、実体感のないネット上に浮遊している状態から「生身の人間らしさ」を取り戻す力がある。オキシトシン(絆を深めるホルモン)やエンドルフィン(幸福感をもたらすホルモン)といった神経伝達物質が豊かに分泌され、それは心を落ち着かせ、安定させる。
人付き合いが苦手な方が、ネット上での交流に孤独を癒しているのも事実。それも大いに楽しみつつ、リアル交流も味わってほしい。
バスを前扉から降りる時、運転手さんに無言でちょっと頭を下げる、するといつもの「ありがとうございました」にほんの少し感情がこもっている。これもリアル交流。
勇気を出して、人に会おう!