黄色い選択

「あぁ降ってきたなぁ」

朝の優しい色の空が、午後になるとだんだん重くどんよりとしてきた。
パースの天気予報は外れることが多いが、雨マークが出ると必ず雨が降った。本当は昨夜から降るはずの雨がもっていたがとうとう降り始めた。

そんな雨の日も車を走らせる。

車が運転できなかった時にしてあげられなかったこと、行きたかったところを埋めるかのように。
雨風の日は特に行動範囲が限られたからだ。

今ならどこにでもいけるー!と子供たちを乗せて走る。

そんな運転が少し慣れてきた私だが、黄色信号がどうしても慣れない。

この距離で止まるべきか、進むべきか。急ブレーキをかけても危ないし、判断が難しい。感覚がイマイチまだつかめず、ちょっと先に青信号が見えるとドキドキする。

ブレーキをふむタイミングの判断が0コンマの世界で優柔不断の私には冷や汗ものである。

夕方になるとさらに雨脚が強まり、視界が悪い中、黄色信号との戦いを終えぐったりして帰ってきた。

子供達を寝かしつけ、この文章をカタチにしていく。“究極の”とタイピングしたら、候補に“選択”と“TKG”が出てきた。

「TKG!?」と思いこの黄色い信号のオチみたいでちょっと笑ってしまった。
週末は雨、というか嵐だった。
夏の見慣れた真っ青に澄み切った青空とは一変、広い空に広がる重く真っ黒な雨雲。雲や木々が強風で大きく揺れ動くのを見ていると’生‘を感じた。

雨は嫌いじゃない。
久しぶりの雨音が心落ち着かせてくれた。

オーストラリアの雨はザーッと一気に降って止んでを繰り返す。日本のようにシトシトずっと振り続けく雨の日はなかなかない。
引っ越してからはじめての本格的な雨だった。雨が降ったり止んだりを繰り返していた夜。雨どいの音がかなり大きく寝室に響き渡った。それはまるでドラムロールのようで溜まった雨が一気に流れ落ちていた。夜中じゅう定期的に聞こえるドラムロールは、ポタポタ木琴のように聞こえる雨音とは違い、雨降りましたよー!と全力でお知らせしてくれているようだった。

今夜は風が強い。
風の音が怖いと息子が言う。風が歌の練習しているんだよ🍃と言ってみる。耳をすませば自然が奏でる色々な音が聞こえる。音を楽しんでいるようで木曜日まで続く雨マークにちょっと長いなとあの秋晴れが恋しくなるのであった。
子供ができてから短時間でサクッと見られるYouTubeを見るようになった。自己啓発や学習の動画ではないものだとなにも考えないで見られる。おすすめ動画が出てきてまたそれを見る。そうやっているとあっという間に時間が過ぎた。疲れてなにも考えたくない時とかよく見ていた。

この前久しぶりになんとなく本を引っ張り出してきて読んだ。世界を旅する旅行記のような本だったけど、なんか久しぶりに読んだら読むスピードが落ちたような、理解するのに時間がかかったような、久しぶりの活字でちょっと疲れてしまった。

スマホやタブレットの登場で瞬時に情報が入ってくる時代。自由な時間がなくなってから、ミステリーやハッピーエンドではない本だと、世界に入り込んでしまった為憂鬱になったりするのが煩わしかったので、本から遠のいてしまったのもあった。

ドラマでも漫画でもいいからその世界に入ってストーリー展開や主人公の気持ちを考えたりするのものもいいかもしれない。

読解力、考える力、学習能力。新しい学びはそれまでの経験と化学反応を起こし新たな発想へと導く。今まさに子供たちが学んでいることは、私に必要なものなのかもしれない。

とりあえず本を読もう!