真っ白なページに文字を埋めていく。特に何が書きたいわけでもなく、書き進めていれば何か書けそうな気がして始めた。

今日の朝の散歩はいつもより長め。いつもの公園を散策した。遊具はまだ遊べないため、木の実を見つけたり、枝を持って歩いたり、時折聞こえる鳥のさえずりに耳を澄ませたりしていた。

そういえば今日の目覚めはとても幸せであった。芸能人と買い物をして、最後に買い物をしながらこっそり買っておいてくれたプレゼントを貰うというなんとも貪欲な夢だった。そのプレゼントは大量のアクセサリーだった。私はピアスも開いていないし、アクセサリー全般に興味がない。一時期可愛いと思って買い、たまーにつけていたときもあるが、何か体についているのが嫌なのか今はさっぱりである。それでも自分のために考えてくれてプレゼントをしてくれたことがとても幸せで夢かな?現実かな?と夢の中で思っていた。パッと目が覚めてああ、夢だったんだと現実に戻る。

私はプレゼントを贈るのが好き。何かあると何かあげたくなる。この心理状態は何なんだろうと調べたことがあるが、相手を支配したい気持ちがあると書いてあった。うーん、そういう部分ももしかしてあるのかもしれないがそういう感じではなくて、おばあちゃんの家や田舎の家に行った時、あれもこれ持っていきなさいともてなして貰う感じに近いような。自分のために時間を割いてくれたり考えてくれたりしたことに対して何かお返しがしたいような。それは物ではなく行動でも何かをすることで心が満たされる。

ありがとうと言われてやってよかったなと思う感じは槇原敬之の歌を思い出す。自分の「素敵なもの」は何だろう。芸能人からのプレゼントに潜在意識の中でもしかしてアクセサリーが欲しいのか⁉️と思うがやっぱりいらないと思ったり。なかなか面白い夢であった。

我が家のお風呂の時間は夕飯の前5時前くらいにしている。夕飯を食べる時パジャマを汚してしまう時があるが、ご飯を食べた後はすぐにお風呂に入りたくないのもあって、夕飯前と決めている。

今は子供達は習い事も中断しているので、学校が終わって家に帰ってからはレゴやら読書やらをしてあっという間に暗くなっていく。

「お風呂入るよー」と言っても直ぐに来ないこともある。私も子供の時はお風呂の時間があまり好きではなかった。せっかく遊んでいたりテレビを見ていても一旦中断しなくれはいけなくて、お風呂場まで行くのが遠く感じていた。

今の家のバスルームは、浴槽はあるものの、シャワーと別なので子供たちが入ると水浸しになるし、よほど寒い時にあたたまりたい時以外湯船には入らず、シャワーで済ませている。浴槽があれば、子供達もお風呂がてら遊べたり話したり、私も寝た後ゆっくりとバスタイムもいいかなと思うが、シャワーだけの時間はますますその時間をめんどくさくさせていた。

この前シャワーから出てきた次男が満遍の笑みで、「お風呂ってこんなに気持ちいいのになんで毎日そのこと忘れて入りたくなくなるんだろうねー?」とホカホカの体を拭きながら言っていた。

うんうん、その気持ちわかる。頭も体もスッキリして、視界がクリアになるような。ごちゃごちゃ考えていたことが吹っ飛んでやる気が出るような。たまに子供たちが機嫌が悪いとき、お風呂に入りたくなさすぎてぐずるときもシャワーを浴びれば落ち着く時がある。

こんなメリットばかりの時間を楽しみにしているわけではなく、毎日やらなくてはいけない作業みたいになっているのはなんでだろう。

シャワーの時間をもっともっと楽しみたいが、水不足のオーストラリアでは短時間で済ませるようにしている。秋も終わりに近づきだんだんと寒くなってきたこの頃。シャワーであたたまった後は鍋でもして、湯たんぽセットしてぬくぬく寝るのが冬のコース。

今日もシャワーの時間が終わり、外を見れば西の空があたたかい色に変わり始めていた。