上村辰彌という元禄時代の歌舞伎役者を最初に知ったのは男色大鑑です。
(でも武士の生き様、みたいなものを好んでたので男色大鑑の後半は前半に比べてそれ程読んではなかったのですケド

その後、西鶴の書簡というのをある本で見て(忘れました)、そこに書かれた一文に「???」となったのです。


『此ごろの俳諧の風情、気に入不申候ゆへ、やめ申候。
嘉太夫ぶしの上るりに、うき世をなぐさみ申候。以上。
尚々鑑くら新蔵芝居に能子共出中候。
人は何ともいへ、たつや能子にて候。以上。』

大坂の医者に宛てたものなのですが。



???


最後の一文、なんじゃ?


そう言えば、男色大鑑のたつやの出てくる話のサブタイトルも「たつや良い子」じゃなかったか?
他への熱量とちょっと違わないか??

……と思って興味を持ったのです。



そしたらやっぱり特別贔屓にしていたらしく。
ますます、どんな子だったのか。また、周りにはどんな人がいたのか、気になり出したのです。


なので「覚書」カテにはメモっておいた事など、残しておこうかと思います。
もちろん他のメモもあったりしますよ。