武道伝来記 巻五ノ四
『火燵も歩行四足(ありくよつあし)
〜鉢敲(はちたたき)は我國聲の事』
今宵の怪異は…
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大雪は軒より高く積もり、遠く国を隔てているが、目の前に白山、水辺は離れていてもソリを舟に漕ぎ通う。
「珍しいお出で、これはこれは。
この頃は雪景色に隣の家も見失って、市中の山居のようですな」
など言い交わす友、四、五人。
長い夜を語り合い、落し咄も言い尽くした頃。
「何と、化け物の出てくる百物語とやらを始めようか」
「これは一興」
行灯の明かり微かに、火燵も退かし、おのおの座り直して
「昔、空き屋敷に……」
と語り出す話は恐ろしく、目に見えぬ鬼も浮かんでくる。
話の進むうちに、隙間風に驚き、天井で騒ぐ鼠に雷が落ちたかと疑い、屋根を化け物めが歩くように聞こえ、
もはや九十七、八……と語り詰めた時、
各々顔色を変えて、五人一緒に鼻を付き合わせる程だった。
今や話は最後の一つになった時には、
目を合わせ手に汗を握り、首筋を何者かに掴まれるような心地であった。
その時、榑縁(くれえん)から爪の長い物が這い出る音がしたので、皆は肝を冷やした。
竦みながら、刀を取り回し声をかけたが、襖を開ける勇気もなく、唾きで穴を開け覗くと──
先ほど片付けた火燵が、縁より下に降りて霜枯れの菊畑に走り出ているではないか。
「誰か仕留めぬか!」
「先ずあなたが」
「いや、遠慮に及ばぬ」
無用な譲り合いをして埒があかない。
この家の主人は武術に優れていて、手槍を引っさげて駆け出し、火燵を追い詰め、突き止めた。
「しとめたり!」
と叫ぶ声に皆は力付いて、駆けつけた。
「お見事!これを殿のお耳に入れよう」
と褒めそやすが、主人は落ち着いて
「これは人々がなかなか信じられぬ事であるから、どなたにも証拠状を書いて頂きたい」
「心得たり」
『天正三年十一月。
友枝為右衛門重之、化生の者を仕留むる所、実証明白なり。
花崎波右衛門、笠井和平、常盤滝右衛門、戸島与四左衛門』
連判を添えてから
「いざ、正体を見せたまえ」
と火燵布団を捲れば、この家の飼い犬であった。
人々は興ざめして、大笑いして帰って行った。
ところがその後、この事が世間に広まった。
「この頃さる方が、犬を突き止めたと言って証拠状を作り、これを口実に御加増を願おうとしたそうだ。
人の首を取る刀を辞めて、犬を斬るならナマクラ物でよいだろう」
と名指しせんばかりに噂した。
「何とやら、余計なところに為右衛門が武芸自慢をして笑い者になり、我々までも面目を失った。
この言い訳は立たない」
例の夜、同座した与四左衛門が波右衛門と悔やむところに、為右衛門も来て
「拙者一人の不面目な事であるのに。
して、それは誰が批判しておられるのか」
と尋ねた。
そこへ、篠村三九郎という男がふと通りかかり、何の気もなく話しかけた。
「皆はこの頃の噂を聞いておりますか」
「それは何のことだ?」
「犬を突き止めた証拠状の事ですよ」
と三九郎は調子に乗って話し出した。
為右衛門は
「これはちょうど良いところにお出ましなされた。
その臆病者とは拙者であるが、この件について武士の一分の立たないお方もここにおる。
その申し訳に、どなたでもこの噂をされた方に果し合いすべきと思っていた所へ、貴方がお出ましになられた。
貴方にこの話を伝えた者もいるだろうが、問い詰めたところで、とても仰らないだろう。
とにかく貴方も迷惑だろうが、私の相手は貴方にする」
と言い掛けられ、三九郎も引くに引けず。
「ここは御城内。当番を終え帰り次第」と
二言ぐずぐず言わず、仕方なく約束を交わした。
その日の夕暮れ、中橋にて出合い、目釘竹の飛ぶほど戦う事となった。
連判した四人も「ここは逃れられぬ」と駆けつけ、三九郎方にも助太刀があり、両方合わせて三十二人が斬り合った。
討たれた者十五人、為右衛門は三九郎を討ったが数多の傷を負い、また与四左衛門、滝右衛門は斬られ、和平、波右衛門、為右衛門の三人はその場より立ち退いた。
その後───
三九郎の子、三八は十二歳であったが、喧嘩の時、大病を患っていた。
この事を今知らされて、自らお暇を御前に願い出たところ
「潔し」
と三九郎の甥・芝村湖助を後見に仰せつけられた。
二人は翌年の春に出立し、北陸道を残らず訪ねながら京に上った。
京に宿を取り、敵を探し歩いたが、ついに巡り合う事が出来なかった。
ここに三ヶ月留まり、旅から旅への仮寝、つらい夜毎に、空也上人の流れを汲む鉢叩き(鉢を叩き念仏を唱える)のあわれな声がする。
『生死無常の理を、聞けどおどろく人もなし──』
三八は亡き父を思い出し、眠れずにその声を聞いていた。
『それにしても、この鉢叩きの家系は山城の者と決まっているのに、今宵の二人連れは訛りのあるのは不思議だ』
湖助が気をつけて、施し物をやるついでに顔を見ると、和平と波右衛門であった。
まずこの二人を捕らえた。
「さては敵だ」
三八が刀を抜こうとするのを、「しばし」と湖助が留めた。
「貴方方は本当の敵ではないのだから、討つ必要はない。
為右衛門は何処に隠れておるのか。もしこれを教えないのならば、お二人は逃さぬ」
その湖助の勢いに、二人は気後れして
「侍は互いに助け合うものだ。
我々もあの者のせいで、流浪の身となった。
何を隠すものはない。
為右衛門は今は西の京、戸川という医者の元に身を隠している。
用心してはいるが、夜は糧を求める為『太平記』を素読みしており、今宵も出掛けるだろう」
これを聞いて三八と湖助は、一条戻橋にて、為右衛門に声を掛け、討ち果たした。
和平、波右衛門の二人は見逃して、帰国した。
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前半の百物語の場面は、『…大人だよね??』と思いながら読んでました。(幽霊とか一切信じない私です)
そしてワンコがどうなったのか気になりますし、
死んじゃったの?
ちょっとすっきりしない話ですね。
口軽く噂をした三九郎の方が頂けないように思えるのですが、その子・三八くんの敵討は成就します。
仲良かったのに、「流浪の身になったのはアイツのせいだ」とか言う二人もなんなのだ

そういう人が生き延びてるところに、何かメッセージでもあるのでしょうかね?
ところで『湖助』ってなんか良いですな

勘も良く分別もあり、三八くんを励まして旅に付き合う従兄弟のお兄ちゃん。名前の響きもなんか良い…

勝手に好青年を妄想しております



ともかく、巻五はこれにて終わりです。