武道伝来記 巻五ノ二
『吟味は奥嶋の袴
〜意気地を書置にしる事』
これも好きな話だなぁ

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その昔、誰が最初に船で乗りつけたのだろうか。
壱岐の島、鄙にも花あり。
花の様に美しい糸鹿梅之助には舟改(職業)の村芝与十郎という言い交わした兄分がいた。
与十郎は身分は低いが、船頭、舵取り達から尊敬されていた。
しかし、以前は筑前の筋目も劣らない家柄だったものを、と与十郎が常に悔やむのは、梅之助の父親が国の奉行職だからである。
恋の習いとして、身分の低い自分が兄分というのは恨めしく、世間も良くは思わないだろう。
されど、この道においては隔てなく、かたじけなく嬉しい事に、一命を投げ打って年月(の契り)を重ねていた。
ある時、国守の若殿が梅之助を見初めて、召し出そうとしきりに仰せられた。
父親は有難く思い、梅之助に心得るべきだと言うが、
梅之助は興味なく返事をして、その夜も与十郎と語り合ったが、この事は話さなかった。
もし召し出され、若殿のお側近くにお仕えする事になり、与十郎との義理を欠く事になるのは恨めしく残念だ。
梅之助は決心して、翌日より病気と言って部屋に篭った。
父親はこれに困り、様々と看病させたが、なんの効果もなく、また若殿に息子の病気を申し上げると、若殿は顔色を変えて座を立ってしまわれた。
若殿は近習の戸倉新六に「梅之助はまだ回復しないのか」と相談された。
新六は前々から梅之助に執心しており、文など遣わしたが、返事に本人がやった。
「ねんごろの兄分がいます」
「言い出したからには、こちらも引き下がれぬ」
そう申す新六に梅之助が
「それほどのお気持ちは忘れません」
と言うので、新六も絆されそのままになっていた。
その後、梅之助が村芝与十郎を伴い、入江に小舟を浮かべ魚釣りなどしている様子に、新六は気になった。
また、月の夜に波都(なみいち・座頭の名前)に三味線を弾かせ、与十郎と夜が更けるまで語りあっていた。
波都が帰った後はどうなったのか…。
新六は気に病んで、人にも話していた。
これは、いよいよ村芝与十郎とのねんごろに間違いはない。
それとなく恨みを持ち、折を見て尋ねようと思っていたところ、この度の機会を幸いに、新六は若殿にこれを申し上げた。
「この度の梅之助の病気も仮病に違いありません。
とにかく与十郎が生きているうちは、たとえ大殿の御意であっても、ご奉公致すつもりはないようです」
と恨みある下心からつぶさに申し上げた。
「ならば手立てを持って与十郎を成敗するしかない。
しかしながら(舟改は)大殿の管轄下の者であるから、一旦、貰い受けてから……」
と家老を通じて与十郎を呼び出し、召し抱えた。
与十郎は有難く、また直に若殿にお目見えして、御加増、および女中部屋の下横目役を仰せつかった。
首尾よく、世間体も良く面目をほどこして、与十郎は家へ帰って行った。
その後、鈴の間の番に登城した。
田上磯右衛門、柏義左衛門、そして与十郎。
三人のうち、交代で二人が眠り一人が寝ずの番をする。
そもそもこの役目を与十郎に仰せつけたのは
何か無作法でもして、それを理由に成敗するしようと企んだからである。
しかしこの男、何でも律儀に勤め、落ち度もなく、古参の者より優って奉公し少しも見劣りもしない。
そこで新六は若殿の気持ちを察して(忖度
して)、女中頭を勤める叔母の野沢に企み事を頼んだ。
して)、女中頭を勤める叔母の野沢に企み事を頼んだ。ある当番の日の夜半過ぎ。
与十郎が袴を脱ぎ便所へ行った隙に、野沢は密かにその袴を盗んだ。
与十郎が戻ってみると袴がない。
不思議に思ったが仕方がない。
夜中、これを思案したが、袴の行方は分からない。
合番の者におかしな事を尋ねて訝しがられても…と夜が明けても言わなかった。
番から下る時、田上磯右衛門に
「お点前の袴は?」
と問われ、与十郎は
「昨夜より見当たらないが、騒いで調べる事もない。面倒ではあるが新しく拵えるだけです」
と言う。
もう一人の当番、柏義左衛門がこれを聞いて
「袴をこしらえるのは自分勝手にすればよい事。
しかしここは城内の番所、そこに盗人が来るはずない。しかし、ただ無くしたと言っても済むことではない」
なかなか納得せず、とやかく言っていると、女中頭の野沢が現れて呼び止めた。
「昨夜の当番の衆、一人も帰ってはならぬ。
仔細は大目付殿がおいでなさってから、詮議いたす」
「そら見たことか」
「これは紛いなき不思議な事だ」
どうなる事かと気遣っていると、直ぐに桜の間に呼び出された。
三人に野沢が文書を持って問う。
「昨夜九つ過ぎ、南の女中部屋に怪しい男の影が見えたと、西の奥屋より報告があった。
今朝、庭の忍び返しに奥嶋のかた色の袴が掛かっておった。
外から来るはずはない。
まず当番の方々に確認する。いずれも袴に問題はないか」
磯右衛門がまかり出た。
「合い詰の与十郎ですが、夜中から袴が無くなったのです」
与十郎も言う。
「まさしくこれは、狐、狸の仕業。
ご了見を持って御詮議を頼みつかまつる。
拙者がもし、不義の心あって女中部屋に忍び込んだのであれば、袴を落として来るはずありません。
拙者、一分を持って、露ほども覚えのない事です」
「ならば、なぜ無くなった時に直ぐに探さなかったのか、磯右衛門に咎められるまで隠していた、この言い訳、いかにしても晴れませぬぞ。
ただ騒ぐ事でもないとして探さなかったのならば
、公儀に対してけしからぬ態度、その方の落ち度じゃ」
そして野沢は立ち様に
「南部屋に不義の相手がいるのであろう。これを究明せねば」と言い捨て出て行った。
これを若殿に申し上げれば、かねてよりの企みが上手くいったとお喜びになり、村芝与十郎は弁解も出来ず即座に縛り首になり、葉末の露と消えてしまったのである。
直ぐに若殿は梅之助に「今直ぐ登城すべし。もし病中と言うならば、乗り物にて迎えに行かせよう」と、歩行(かち)、駕籠かき数十人、御医者・坂田玄春、また御使者には御物(寵愛の小姓)・甲斐品之丞を遣わした。
父親はこれをこの上ない幸せと、早々に梅之助を送り出した。
さて。
梅之助が御前に出ると、若殿はこれまでのご不満を数々言われたが、
「これも聞けば憎くはない。
与十郎の事は不義の罪により今朝、成敗致した。
この上は、もはや気がかりな事はないだろう。
余に奉公するがよい」
と仰せられる途中から、梅之助はハッと思い当たったが、顔には出さずに
「これは身に覚えのない事です。
与十郎と私は、さらさらそのような関係ではございません。
そのような事は、お側の佞人でもいらっしゃって、ありもしない讒言を申し上げたのでしょう」
梅之助の言葉に、新六がまかり出た。
「何と、お側の佞人とは誰の事だ。
其方と与十郎がねんごろだという事は国中に知れ渡ってる事によって、それがしは申し上げたのだ。
生若輩の口から出過ぎた失言、一つには御前をも憚らぬ申し分、それこそ佞人というのだ」
顔色を変えて口論するのを、若殿は宥め、
「それはともかく、梅之助が余の近習として勤めればよろしい。
今後、互いに遺恨のないように」
と奥に入られてしまった。
梅之助は直ぐに屋敷に帰った。
さては是非もない次第になってしまった。
新六の企みを与十郎は露ほども知らされないまま、訳もなく殺されてしまったのだ…。
悲しみに涙にくれながら、文を丁寧に書き置いた。
そして、その日の夕暮れに出掛けて行き、新六の帰りを待ち伏せた。
夕闇の中、新六の紋の提灯が近づいて来る。
「これ新六」
梅之助は声を掛け、抜き合わせ、新六を一太刀の下に斬り伏せた。
若党二人も逃さず切り倒し、他の槍持、小者は追い返した。
「今はこれまで」
新六の死骸に腰を掛け、梅之助は心静かに切腹し自ら首を落としたのだった。
この太刀音に近所の者が駆けつけた時には、両人とも事切れていた。
そこに一通の書簡があった。
『およそこの一道に於いては、身分の高い賤しきに隔てはなく、例えば一天の王子も草露の牧笛を鳴らし給いて、恋心をお晴らしになさったとか。
言わんや、その下々の者が言うのも愚かではあるが、
この恋に捨てる命は風塵より軽く、屍を刻まれようとも、一たび交わした侍の一言こそ重く。
ことみだりに忠臣の者を無実の科と偽り殺害した。
たとえ生き永らえ、人皮畜生の世界で契りを絶やすくらいならば、邪魔の関(困難)を踏み破り、永き黄泉への旅枕、重ねる衾はこれぞ。
鴛鴦の劔をもって、愛おしい兄分の敵を討ち、浮世の夢を覚ますものなり』
見た者は感涙の雨を降らせた。
盛りの梅の、落花の名残を惜しまぬ人なく、
今に語り伝えて、聞くことさえ心打たれ哀れである。
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お城から帰ってその日のうちに、新六を討ち、迷う事なく与十郎の後を追い掛けた梅之助

潔すぎるよ、君。
梅之助の書き置きが素敵すぎる
(原文の方が更にカッコいいので、是非何処かで見てくだされ)
(原文の方が更にカッコいいので、是非何処かで見てくだされ)与十郎さんも世間体とか身分とか(よい意味で)大事にする人だったようで、企みとは知らず出世を喜んでいたと思います。
なんとも切ない
