武道伝来記 巻五ノ一

『枕に残る薬違ひ
        〜法師むかしに帰る月代の事』


医者vs医者!!……からの〜敵討ち。

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後柏原院の頃、大和の武家より都の公家方へ嫁入りした姫がおられた。
御年十五の春を過ぎ、秋を重ね、月に明かし、花に暮らして、歌道ひとしおに心を寄せ、琵琶、琴を遊ばされていらっしゃった。

殿(夫)は、酒婬が元で次第にやつれ、長い事御冠を召さず、お御髪は乱れ、殿振り(男振り)も変わってしまわれた。
そして無情の風の誘うままに、眠るように山の土となられてしまった。

姫の御愁嘆は周りから見るも痛ましかった。


世の習わしで、姫は仕方なく故郷(大和の信貴)に帰られたが、
「なんと悲しい身だろうか」とお心も乱れ、先立たれた殿の為にと、尼になり法華寺に入られた。

そしていつの頃からか病を召され、お美しいお顔は青ざめ胸は痛み口の中はささくれて、日々頼りない状態になった。
大殿の嘆きは深く、家中の者たちは神に祈り、姫のご助命を願うのだった。


お抱えの医師も手を尽くしたが効果は無かった。

出頭家老の坪岡蔵人が町医者の原川玄芳を連れて来て、遠慮もなくご病室に入り、姫の脈を取らせた。

坪岡蔵人は日頃の玄芳を贔屓しており
「玄芳に処方箋を書かせ、薬を調合させよう」と言う。
愚かな玄芳は硯をならして処方を認めた。

『これは陰虚火動(過度の房事で精力が落ちる事)の症状である。
古の聖賢は火(情欲)を指して諸病の源とした。
清純であれば、病は生じないものである。
〜〜(略)〜〜
従って、人参、黄耆等の強壮の薬は厳しく禁じるところである。速やかに滋陰降火の薬を投与しないならば、命を救うことは難しい』



一方、国家老の森尾兵庫は、姫のご病状を悲しみ、京から来た浪人医者の横川周益を連れて来た。
周益も姫の脈を取り、その後処方箋を書き、差し上げた。

『私が愚案するに───
脈が一定していないのは活力の虚弱であり、陰虚火動の症状ではない。
虚に属し気力の衰える、虚労の病である。
〜〜(略)〜〜
ゆえに、気力を補う薬を主とし、心臓を安定させ滋養・消化を助ける薬を加えれば、諸症状はおのずから良くなるであろう』




お抱えの医師たちは、両方の処方箋を吟味した。

周益の処方箋の方が理にかなっていた為、いずれもこれに賛同したが、
坪岡蔵人が強く玄芳を支持したので、誰も反論出来ず、玄芳の処方箋に決まった。

その薬を二、三日差し上げたところ、姫は以ての外にお顔色は変わられ、日毎おやつれになり、七日過ぎの明け方にご死去なさってしまった。

殿を始め、下々の者までの嘆き悲しみは止むことは無かった。



定め難きは人の身の上───

『この度は玄芳の薬違いで、治る見込みのあるお命を亡くされた。』

誰が言うともなく世間に噂が広がり、やがて大殿のお耳まで届いた。
大殿は「玄芳を所払いにせよ」と仰せられた。


玄芳はただちに妻子を連れ立ち退いたが、坪岡蔵人はこれに腹を立てた。

「この土地に医師が住むのがご法度ならば、横川周益も追放せよ」

殿の御意も受けずに、家来を遣わして周益とその家族を無理に追放した。
周益は、殿の仰せならば仕方がないと、信貴を立ち退いて身を隠した。

この事を森尾兵庫が聞きつけた。
周益を呼び戻し厳しく吟味すれば、坪岡蔵人の悪事であると露見した。

そうと知った坪岡蔵人は自分の非はさておき、森尾兵庫を待ち伏せし、顔を合わせると斬って掛かった。
森尾兵庫は老人であったが、気性は激しく、初太刀を肩に受けながらも抜き打ちに蔵人を斬り伏せた。
とどめを刺そうというところへ、弟の坪岡虎七が駆けつけ、兵庫の脇腹を槍で貫いた。

兵庫は槍の入首を切り落とし、いまだ戦う気力はあったが、深手に弱り刀を投げつけた。
その刀は虎七を越え、その後ろの若党の命を奪った。
これを見て兵庫は打ち笑って、切腹してしまった。

遅れて虎七が兵庫の首を打ち、この場を立ち退いた。



兵庫の屋敷では大騒ぎになり、虎七の行方を詮議したが山越えの道は沢山あるので分からず、

兵庫の後を継ぐ者は、十八の時に世を悲観する事情にて出家し、今は清蔵主(せいぞうす)と呼ばれて禅学の修行をしている。

またその弟・宮松はまだ七歳。無念ながらこの子の成長を待つしか無かった。


しかし清蔵主がこれを伝え聞き、故郷に戻ってきた。
「御勘当を御許しを」と母の前で黒衣を脱ぎ還俗して名を暫男とし、頭巾、編笠で顔を隠し、密かに屋敷を出て行った。

「我この度の大願は、敵を手の下に討たせ給え」
暫男は当地の毘沙門天に参詣し、それから大和を巡礼して虎七の在り処を探し回った。


あるところで、寺の使いと見える男が仏具の他に干鮭を抱えているのを見かけた。
暫男が「これは生臭い寺だな」とおかしく眺めていると、後から色っぽい女が追いかけてくる。

「さても山道は初めてで苦労します。でも旦那に会えるのが嬉しければこそ〜〜」

女は汗だくになり、脱ぎかけた姿を見ると、振袖の上に脇塞ぎの着物、なんとも怪しい者である。

見る程に田舎めいた風情もなく、髪の結い方は信貴の城下に流行るふき鬢である。

不思議に思い、なお気をつけて見ていれば、荷物に弓の二掛け、これは尚更合点がいかない。


暫男は男を呼び止めた。
「お前は寺の使いの者と見えるが、それには不似合いな女連れ。更に仏具に武道具とは、これはただ事ではない。
それがしは、この様な事を見つけ出しす国の役人であるぞ。正直に申せ」(←嘘)

暫男の脅しに、男は困惑し、
「女は住職の大黒(妻)ではありません。
信貴のお侍、坪岡虎七殿のお妾です。
虎七殿がお屋敷に書状を遣わして、密かにお連れして参るのです」

暫男はこれを聞き澄まし、この者たちより先に虎七の隠れ家へ駆け込んだ。

虎七の命運尽きたり。
暫男はうたた寝をしていた虎七に声をかけ目を覚まさせて名乗り上げ、願い通りに斬り伏せた。
その首を故郷の母にお目にかけた。


そして「これまで」とまた昔の法衣を掛け、出家の身となったという。



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私が見ている『武道伝来記』は岩波文庫版なのですが、
この話の処方箋の部分が、漢文(レ点返り点有)が混じっていて、何言ってんのかサッパリなのですよ。(超ニガテ
で、図書館まで行って、小学館版を見て来たのです。(こちらは現代語訳もついてる)

そしたら!
漢文の部分も書き下し文になっておりました
ま、それでもやたら長いので大部分を省略させて貰いましたけど

ちなみに岩波版はセリフの『』とかも付いてないので、何処まで会話なのか判断できず、今までテキトーにやって来ましたが、違ってたらスイマセン

でも文庫なので持ち歩きに重宝してます


面白い事にこの二冊、解釈の違いというか、注釈にも違いがあったりします。